夜明けのダイナー(仮題)

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SS:Lipstick(前編)

2011年07月30日 19時47分07秒 | ハルヒSS:長編



 あたしは何時だって全力を尽くすわ! 
 

 
 高校二年・一月、気付けば三学期。 あたし達SOS団は放課後、何時もの様に文芸部室に集まっていた。
 有希は窓辺で読書、キョンと古泉君はボードゲーム。 そして、みくるちゃんはメイド服でお茶を配り……
 良いのかしら、受験シーズンなのに。 もう何処かの大学の推薦でも受かったのかしら? 聞いてみよっと。 
 「ねぇ、みくるちゃん!」
 「…………」
 返事が無い。 あれ? さっきまで居た筈なのに。 やかんの水が無くなって汲みに行ったのかしら。 有希に聞いてみよう。
 「ねぇ、有希」
 「…………」
 えっ? 有希も居なくなってる!? 椅子のずれる音もドアの音もしなかったのに。 仕方無いわね。 
 「キョン、古泉君……」
 「…………」
 

 ……う、嘘。 誰も居ない!? あたしを置いて、みんな何処に行ったの? 
 誰も居ない部屋。 たった独り残されて、戸惑い……それよりも正直
  


怖かった
  


 「ねぇ、みんな何処に行ったの!? キョン! 古泉君! 有希! みくるちゃん! 誰か返事してよ!!」
  



 独りは嫌!


  
 ひとりはいや!
  


 ヒトリハイヤ!!

 



 
ガバっ 
 「……はぁ……はぁ……はぁ」
 あれ? 何処よ此処は。 と周囲を見渡せば
 「あたしの、部屋!?」
 見慣れた暗がりの景色を眺めた後、枕もとの時計を見ると午前二時半を回っていた。
 「夢かぁ」
 ほっとして乱れてしまった布団を直す。 
 しっかし嫌な夢だったわ。 大体、急に皆が消えるなんて悪い冗談よね。
 「……はははっ」
 さて、もう一度寝ようと目蓋を閉じる。 でも、眠れなかった。
 「ずっと五人じゃ、居られないのよね」
 改めて考えさせられた現実。
 そう、あと三ヶ月。 ううん、実際に卒業式は三月初めに行われるから、あと二ヶ月を切っていた。
 「みくるちゃん、居なくなっちゃうのかぁ」
 SOS団を立ち上げて、もうすぐ二年。 この五人で居るのが当たり前だと思ってた。 まるで、永遠に続くかの様に。
 「でも、永遠って無いのよね」
 時間だけが無駄に流れ、気がつくと太陽が昇り始めていた。



 
 「ふぁ~あ」
 欠伸一発。 思考が停止しそうな位とても眠い頭の中、何時もより早く家を出て凍てつく冬晴れの空の下、独り通学路を行く。
 「…………」
 坂の途中、ふと後ろを振り返る。 
 遠くに港が見え、海を行き交う船。 そして今日も変わらない街並をぼんやりと眺めて立ち止まってる、そんなあたしの横を北高生が一人、また一人と通り過ぎて行く。 すると
 「おはよ、涼宮さん♪」
 ポン、と軽く肩を叩かれ、我に返る。
 「あ、おはよ。 涼子」
 「どうしたの? ボ~っとして」
 「う、ううん。 何でも無いわ」
 「悪い夢でも見た?」
 「え!?」
 「それより、行きましょ!」
 二人で、再び歩き始める。
 「涼子、早いね」
 「生徒会の仕事があるから」
 「そっかぁ、会長だもんね」
 「予餞会、どうしよっかな~って」
 「卒業生を送る会、か」
 「そう。 出し物とか決まらなくて」
 「ふ~ん。 何か手伝える事があったら言ってね!」
 「ありがと、涼宮さん♪」
 下駄箱の前で涼子と別れ、教室に向かう。




 HR(ホームルーム)五分前
 
 「おっす、ハルヒ」
 「おはよ、キョン」
 やっと来たわね。
 「ん、どうした? 元気無いな」
 「……別に」
 「そうか」
 キョンは机の横に鞄を掛け、そのまま前を向いて椅子に座る。
 見慣れたこの背中。 もしクラス替えがあったら、これも見れなくなってしまう……なんて嫌な想像してしまった。
 「みくるちゃん、もうすぐ卒業よね」
 「そうだな、あと二ヶ月切ったか」
 あたしは机にうつ伏せて、キョンの話を聞く。
 「なぁ、ハルヒ」
 「何よ」
 「朝比奈さん卒業記念で、何かやるのか?」
 「ううん。 ん!?」
 キョンの言葉に反応して、伏せてた頭を勢い良く上げる。
 「ど、どうしたハルヒ!?」
 「そうよ、忘れてたわ!」
 「な、何をだ?」
 「イベントよ!!」
 「はぁ?」
 ちょっと何で、やれやれって顔をしてるのよ、キョン。 言い出したのはあんたでしょ?
 「何をしたら良いかしら」
 机の中からペンとノートを取り出して、何か書こうかと思った瞬間
 「起立!」
 タイミング悪く岡部が来た。 
 そんな風に出鼻をくじかれた感じを引きずった午前中は、授業も手につかず、ずっと上の空だった。



 昼休み、学食でうどん定食を食べた後、早めに教室へ戻る。 キョンは未だ谷口・国木田と弁当を食べてるのが見えた。
 「どうしたの? 涼宮さん」
 「あ、阪中さん」
 「今朝からずっと元気無いのね」
 「ううん、何でも無いの。 気にしないで」
 「何かお悩みかしら?」
 「ちょ、ちょっと涼子まで……本当に何も無いから。 それより涼子、予餞会の出し物、決まった?」
 「朝の会議で、生徒会メンバーと有志でミュージカルでもしようかなぁ。 って意見が出たけど」
 「ふ~ん」
 じゃあ副会長の古泉君も参加するって訳ね。
 「文化祭と同じ様にバンド演奏するのは?」
 「それも良いわね」
 「あ、私ピアノ出来るのね!」
 そう言えば阪中さんの家ってグランド・ピアノがあったし、お嬢様の嗜みで習ってても変じゃ無いわよね。
 「涼子も参加する?」
 「わたしは良いわよ♪」
 「文化祭の時は、キョンがドラムで古泉君がベースだったけど……」
 「キョン君と古泉君に踊って貰うのね!」
 「えっ!?」
 な、何を言い出すの? 阪中さん。
 
 「キョン君も古泉君も人気あるから、下手なアイドルグループなんかに負けないのね。 きっと盛り上がるのね!」
 そ、そうなの? 古泉君はともかく、キョンに人気ってあるのかしら。
 「確かに、無効票だったけど前回の生徒会選挙。 キョン君の獲得票、凄かったものね」
 
 そう言えば今、涼子が言った通り。 前回の生徒会選挙でキョンは四百票集めてた。
 でも『渾名は無効』って言って、結局落選したけど――
 
 「よう、お前等。 何やってるんだ?」
 あ、キョンが戻って来た。
 「予餞会の出し物よ。 生徒会でミュージカルやるのは決まったけど、他に出し物無いかなって。 そう思ったから」
 「文化祭でSOS団でバンドしたじゃない」
 「おう。 あの時は大変だったな」
 「同じ事しても面白くないから、キョン君、踊るのね!」
 さ、阪中さん。 ノリノリよね!? アイドル好きなのかしら。
 「んなっ、何を言ってるんだ。 阪中!」
 「あら、良いじゃない♪」
 「朝倉まで、何を言い出すんだ。 おいハルヒ、何とか言って止めろよ」
 
 そうよね、あたし達は『SOS団』よね。 世界を盛り上げる為には先ず、学校を盛り上げないと!
 
 「決めたっ!!」
 「うおっ。 ハルヒ、どうした?」
 「キョン、踊りなさい!」
 「はぁ!?」
 口あんぐりのキョン。 すると、この一連のやりとりを見ていたのか
 「おい、どうしたキョン」
 「何か面白い事でもあったの?」
 谷口と国木田が来た。
 「キョン君、予餞会で踊るのね!」
 「おい、阪中。 勝手に決めるな」
 「へぇ~っ。 キョンがステージの上で踊るのか。 中学の頃からじゃあ想像出来なかったね」
 「だから国木田……」
 「頑張れよキョン! せいぜい応援してやっから」
 「谷口、お前も踊れ」
 「道連れか? やなこった」 
 道連れ、ねぇ
 「あ!」
 「ん、どうした? ハルヒ」
 「キョンと古泉君、二人だけで踊るのも淋しいわね。 谷口、国木田。 あんた達も参加しなさい!!」
 「げえっ。 マジか、涼宮!?」
 「踊れるかなぁ、僕。 うん、足を引っ張らない様に頑張るよ」
 「やれやれ」
 キョン、谷口。 二人とも国木田の前向きさを見習いなさい!
 


 その日の放課後、何時もの部室に相変わらずの光景。 やっぱ落ち着くわね……ってノンビリしてる場合じゃ無いわ。 あと二ヶ月弱、色々と決めないと。 あ、でも、みくるちゃんは巻き込めないわよね。 
 卒業生が出し物に参加するって変だし。 あ、そうだ!
 
 「みんな、聞いて!」
 「ん、どうしたハルヒ?」
 「みくるちゃんが、もうすぐ卒業します。 そこで、みくるちゃんには受験勉強に専念して貰いたいと思います」
 「確かにそうですね、涼宮さん」
 「でしょ? 古泉君。 だから――」
 深呼吸ひとつ、そして
 
 「SOS団は、本日をもって休止します!!」
 
 「はぁ? マジか、ハルヒ」
 「え、本当ですか? 涼宮さん」
 「…………」
 「ふぇ。 す、涼宮さん。 そこまでしなくても……」
 「良いのよ、みくるちゃん。 受験、頑張りなさい!」
 「で、でも」
 「わ・か・っ・た・わ・ね?」
 「は、はぃ」
 う~ん、怯える姿も可愛いわね、みくるちゃん。 思わず抱きしめたくなるわ! なんて物思いに耽ってる場合じゃ無いわね。
 でも取り合えずオッケーよね。 これで、みくるちゃんに知られず色々と準備が出来るから。 イベントにはサプライズが必要だもんね、やっぱり。
 


 
 翌日、放課後、文芸部室にて
 「みんな、揃ってるわね?」
 あたしの他にキョン、古泉君、有希、涼子、阪中さん、谷口、国木田と集まってもらい
 「え~、おっほん。 今から予餞会の出し物について、会議を行います」
 ホワイト・ボードを全員に向けて
 「まず、今まで決定してるのは次の二点です」 
 と、あたしはホワイト・ボードにペンを走らせる。
 


 ・女性陣によるバンド演奏
 ・男性陣によるダンス
 

 
 キャップを嵌め、ペンを戻し
 「これについて意見はあるかしら?」
 と、全員に同意を求める。 するとキョンがひと呼吸の間を置いて発言した。
 「おい、ハルヒ」
 「何よ?」
 「ダンスは良いが、一体何を踊るんだ?」
 「はいっ!」
 「はい、阪中さん」
 「参考になるDVDを持って来たのね」
 阪中さんの持ってたDVDのパッケージを見ると、『嵐』・『Kinki Kids』・『SMAP』などなど
 「これって、阪中さん」
 「うん、ジャニーズなのね!」
 「ジャニーズ好きなの?」
 「カウントダウンは毎年、行ってるのね!!」
 「なぁ、阪中」
 「何? キョン君」
 「ジャニーズと俺達って……」
 「関係無い事は無い」
 「な、長門!?」
 「そう言えば涼宮さん・長門さん・朝比奈さんの三人でガムのCM出てたわね♪」
 忘れてたわ、そんな事あったわね。 スレ住人の半分以上は忘れてるわよ、そんなメタなネタは多分……え? そんな事は無い!? まぁ良いわ。
 「それじゃ、その中から三曲を決めましょう」
 
 部室のパソコンでDVDを再生し、選んだのは
 
 『A・RA・SHI』(嵐)
 『硝子の少年』(Kinki Kids)
 『夜空ノムコウ』(SMAP) の三曲。
 
 「明日からはダンスの練習は此処で、バンド練習は有希の家でやるから。 それでは、解散!!」
 

 
 次の日の登校途中
 「おっはよ~ハルにゃん!」
 「おはようございますぅ、涼宮さん」
 「あ、おはよう鶴屋さん、みくるちゃん」
 みくるちゃんと鶴屋さんに出会った。
 「ハルにゃん、一つ聞いても良いっかなぁ?」
 「何ですか」
 と答えると不意に鶴屋さんは耳元に顔を近づけて小声で囁いた。
 「お姉さんに何か隠してないかい?」
 「ふぇ!?」
 「みくるにも内緒で、何をおっぱじめるのかなって気になったのさっ」
 流石は名誉顧問、全てはお見通しって訳ね。 でも全てをバラす訳には行かないから
 「秘密です」
 「ふぅ~ん。 そうかい、そうかい」
 とても納得したとは思えないけど
 「んじゃ楽しみにしとくよっ! ほいさ、みくる行くよん!!」
 「え? ちょ、ちょっと鶴屋さん……」
 行ってしまった。 
 改めて思う、やっぱり卒業されると淋しくなるわね。


 
 今日もHR直前にキョンは教室にやって来た。
 「おはよう、ハルヒ」
 「あれ、谷口と国木田と一緒に来たの?」
 「正確に言うと古泉も、だが」
 「もしかして、朝から練習してたの?」
 「まぁな。 出来る事は、やった方が良いかな、って」
「ふ~ん」
 キョンにしては良い心がけじゃない。 あたし達も負けられないわね!


 
 放課後。 早速、有希の家へ涼子と阪中さんを交えて向かう。 機材の内、ギター・ベース・ドラムセットは文化祭で使った物を有希の家に置いたまま。 だったけど
 「キーボードが無いわね」
 「私の家のグランド・ピアノは流石に持って来れないのね」
 「あ、わたしの家にキーボード。 あるわよ?」
 「涼子の家にあるの!?」
 「じゃあ持って来るから、先に長門さんの部屋に行ってて♪」
 有希のマンションのエレベーターに乗り、あたしと涼子は五階で降りた
 「キーボード運ぶの、手伝うわ!」
 「ありがとう涼宮さん。 助かるわ」
 
 有希の部屋は防音対策が万全みたいで、文化祭の時のバンド練習でも使ってた。 今回も此処で練習する事になったけど
 「有希がギターで、阪中さんがキーボード。 残るドラムスとベース、どうする? 涼子」
 「わたしは、どっちでも良いわよ」
 「う~ん、ドラムは自信無いわね。 あたしがベースで良い?」
 「うん。 じゃあドラムは任せて♪」
 「そう言えば生徒会の出し物って?」
 「ミュージカルの事? 『オズの魔法使い』をやるの」
 「朝倉さんは、どんな役をやるのね?」
 「わたし? ドロシーよ。 ちなみに古泉君は案山子の役ね」
 「面白そうなのね!」
 「でも、練習って何時やるの?」
 「放課後は大体、毎日ね。 だからバンド練習に参加出来るのは週末だけなの。 ゴメンね」
 「『二足の草鞋』か。 無理させちゃって、こっちこそゴメンね」
 

 そんな感じでパート分けも済み、早速練習に入る。 
 有希は相変わらずのギター・テクニック。 一体、何時練習してるのかしら!?
 阪中さんも普段からピアノを練習してるだけあって、指の動きもスムーズ。 
 涼子のドラムも力強さよりもリズム重視で……「どっちでも」って言ってたからベースも弾けるって事よね? 本当に何でも出来るのね。
 おっと、あたしも練習、練習!
 
 

 文化祭の時はギター弾いてて、今回ベースを弾くなんて思って無かったから初めは少し戸惑った。
 でも、練習を始めて約一ヶ月、少しは形になったかな? って自分で言うのも何だけど、そう思った。
 そうよ、何でも全力でやれば出来るのよ!!
 
 




――けれど、皆が全て、そんな考えを持ってる訳じゃないのよね。 
 それを痛い程に思い知らされる出来事が発生するなんて、この時のあたしには、想像が出来なかった……
 


 

  (中編へ続く)


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