NHK連続テレビ小説「おちょやん」。父親に捨てられて奉公先で育ち、その後、役者になって感動と笑いを人々に与える女優を描いた。ドラマではもう亡くなってしまったが、娘から稼ぎをむしり取るトータス松本さんが演じた父親「てるお」の、救い所のない悪父ぶりに、いらつきを覚えたり、場面場面に泣き笑いしながら拝見してきた。
今週は、日本が太平洋戦争に突入し、終戦に近い関東空襲、大阪空襲までを描いた。空襲に奉公先だったお茶屋「岡安」が巻き込まれた。たぶん女将も、主人も避難していない。いったい来週はどんな展開を迎えるのだろう。
さて、敗戦が近づいた頃、それまで召集される事が無かった「岡安」の娘「みつえ」の夫「福助」に召集令状が届いた。若い頃からトランペットとジャズに親しみ、戦争が始まっても慰問を断ってきた。その理由は「軍歌は嫌い」だった。一方、福助の母「菊」は、戦局が悪化する中で岡安を閉じるという女将「シズ」に、「ジャズはだめになったけれど、おかげさまで軍歌のレコードが売れている」と自嘲気味に話す。
出征する福いたトランペットを思いっきり演奏させてあげたいと、休みの日の劇場に引き入れた。曲目はたぶん「埴生の宿」、ジャズ調にアレンジしたものだった。演奏を披露した福助は出征していく。
軍歌の演奏を嫌がった福助は、戦場に命を捧げることを強制する当時の軍のあり方に嫌悪感を持っていたのだろう。命を捧げろと兵士を鼓舞する軍歌演奏は、耐えがたいものだったのだろう。福助の出生前のジャズの演奏は、彼の生の証だったのだろう。
一方、商売を守るため、生きるために軍歌のレコードに頼った福助の生家。菊の自嘲気味なセリフは、時流に乗らざるを得なかった家業へのあきらめや悔いのようなものを感じた。
ここらの場面には、作者の戦争への批判的視点、庶民を戦争に動員するためにも文化も生活のあり方も利用する軍国主義への怒りのようなものが込められているように感じる。
軍歌は前作の「エール」でも登場した。福島県出身の小関裕而さんをモデルにしたドラマだが、彼は実際に数多くの軍歌を作曲している。「勝ってくるぞと
勇ましく~」で始まる「露営の歌」や、ドラマで彼に悔恨の念を吹き出させるきっかけになった「若鷲の歌(予科練の歌)」など、その数は多い。
彼をモデルとした作曲家・小山裕一が軍歌を書き続けたその背景には、彼の作曲は〝人を励ます〟ことに主眼があったからとドラマは描いた。彼は軍歌の作曲には何のためらいも持っていなかった。一方、彼のこの姿勢は、軍歌を作ることに懐疑的な人々との間に溝を作るきっかけになった。しかし、慰問に訪れた戦場での恩師や部下達の戦闘と戦死に触れた体験や、軍歌に励まされ予科練に入隊した娘の恋人の戦死の報に触れ、無批判に作曲を続けてきた自分に良心の呵責を覚え作曲をできなくなってしまった。軍歌をめぐるエピソードをドラマはこのように描いた。
このドラマで、小山裕一の軍歌の作曲が象徴したものは、一億玉砕火の玉と戦争に総動員され、協力していった人々が、その結果引き起こされていた悲劇に恐れおののいたことだったのだろう。戦争という国家の指導者の意思と人々の命が破壊される戦場と現実との対比。エールでは国家の指導者の意思としての戦争に対する考えは十分に伝わらなかった感がある。しかし、その意思に手を貸して、人を戦場に、死に追いやった自分への悔恨の念・深刻な良心の呵責は感じた。
良心の呵責が立ち直った彼は、戦前と全く変わっていなかった。結局、戦争の破壊から立ち直ろうとする人々を励ますための曲を描き始める。それはそれで良いのだが、社会のあり方や国家のあり方に関してはノータッチの人生を送ることになったと思われるのだ。
そういう観点から見ると、エールがどのような戦争観を持っていたのかは非常に分かりにくい面があった。しかし、「おちょやん」は軍歌に嫌悪感を露骨に示す。それが福助の音楽慰問に対する姿勢、「軍歌は嫌い」という言葉に表れていたのではないだろうか。
エールとおちょやんでは、登場人物の軍歌に対する立ち位置は違う。それがドラマの描き方にも違いもたらした。無批判に軍歌を作っていた設定のエールでは、戦争がもたらした罪悪をどう描くかは特に難しかっただろう。それが、戦争に対する批判の質を変えた。
しかし、結果的にもたらさた悲劇への批判(エール)、悲劇を押しつけたものへの批判(おちょやん)、ステージは違うものの、それぞれが戦争はだめと訴えたことに違いはないだろう。
そんなことを思った今週のおちょやんだった。
今週は、日本が太平洋戦争に突入し、終戦に近い関東空襲、大阪空襲までを描いた。空襲に奉公先だったお茶屋「岡安」が巻き込まれた。たぶん女将も、主人も避難していない。いったい来週はどんな展開を迎えるのだろう。
さて、敗戦が近づいた頃、それまで召集される事が無かった「岡安」の娘「みつえ」の夫「福助」に召集令状が届いた。若い頃からトランペットとジャズに親しみ、戦争が始まっても慰問を断ってきた。その理由は「軍歌は嫌い」だった。一方、福助の母「菊」は、戦局が悪化する中で岡安を閉じるという女将「シズ」に、「ジャズはだめになったけれど、おかげさまで軍歌のレコードが売れている」と自嘲気味に話す。
出征する福いたトランペットを思いっきり演奏させてあげたいと、休みの日の劇場に引き入れた。曲目はたぶん「埴生の宿」、ジャズ調にアレンジしたものだった。演奏を披露した福助は出征していく。
軍歌の演奏を嫌がった福助は、戦場に命を捧げることを強制する当時の軍のあり方に嫌悪感を持っていたのだろう。命を捧げろと兵士を鼓舞する軍歌演奏は、耐えがたいものだったのだろう。福助の出生前のジャズの演奏は、彼の生の証だったのだろう。
一方、商売を守るため、生きるために軍歌のレコードに頼った福助の生家。菊の自嘲気味なセリフは、時流に乗らざるを得なかった家業へのあきらめや悔いのようなものを感じた。
ここらの場面には、作者の戦争への批判的視点、庶民を戦争に動員するためにも文化も生活のあり方も利用する軍国主義への怒りのようなものが込められているように感じる。
軍歌は前作の「エール」でも登場した。福島県出身の小関裕而さんをモデルにしたドラマだが、彼は実際に数多くの軍歌を作曲している。「勝ってくるぞと
勇ましく~」で始まる「露営の歌」や、ドラマで彼に悔恨の念を吹き出させるきっかけになった「若鷲の歌(予科練の歌)」など、その数は多い。
彼をモデルとした作曲家・小山裕一が軍歌を書き続けたその背景には、彼の作曲は〝人を励ます〟ことに主眼があったからとドラマは描いた。彼は軍歌の作曲には何のためらいも持っていなかった。一方、彼のこの姿勢は、軍歌を作ることに懐疑的な人々との間に溝を作るきっかけになった。しかし、慰問に訪れた戦場での恩師や部下達の戦闘と戦死に触れた体験や、軍歌に励まされ予科練に入隊した娘の恋人の戦死の報に触れ、無批判に作曲を続けてきた自分に良心の呵責を覚え作曲をできなくなってしまった。軍歌をめぐるエピソードをドラマはこのように描いた。
このドラマで、小山裕一の軍歌の作曲が象徴したものは、一億玉砕火の玉と戦争に総動員され、協力していった人々が、その結果引き起こされていた悲劇に恐れおののいたことだったのだろう。戦争という国家の指導者の意思と人々の命が破壊される戦場と現実との対比。エールでは国家の指導者の意思としての戦争に対する考えは十分に伝わらなかった感がある。しかし、その意思に手を貸して、人を戦場に、死に追いやった自分への悔恨の念・深刻な良心の呵責は感じた。
良心の呵責が立ち直った彼は、戦前と全く変わっていなかった。結局、戦争の破壊から立ち直ろうとする人々を励ますための曲を描き始める。それはそれで良いのだが、社会のあり方や国家のあり方に関してはノータッチの人生を送ることになったと思われるのだ。
そういう観点から見ると、エールがどのような戦争観を持っていたのかは非常に分かりにくい面があった。しかし、「おちょやん」は軍歌に嫌悪感を露骨に示す。それが福助の音楽慰問に対する姿勢、「軍歌は嫌い」という言葉に表れていたのではないだろうか。
エールとおちょやんでは、登場人物の軍歌に対する立ち位置は違う。それがドラマの描き方にも違いもたらした。無批判に軍歌を作っていた設定のエールでは、戦争がもたらした罪悪をどう描くかは特に難しかっただろう。それが、戦争に対する批判の質を変えた。
しかし、結果的にもたらさた悲劇への批判(エール)、悲劇を押しつけたものへの批判(おちょやん)、ステージは違うものの、それぞれが戦争はだめと訴えたことに違いはないだろう。
そんなことを思った今週のおちょやんだった。
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