JEWEL BOX KDC!!

ストリートパズル(軽井沢学園を応援する会会報)第10号より

‐園の庭をはきながら‐
育ち直し
-マユ戻っておいで-
たかねっち☆

 太平洋戦争終結の折、多くのこども達が空襲などで親を失い孤児として路頭に迷っていました。そのようなこどもたちを保護して軽井沢の地に集め、育て始めたことが軽井沢学園の起こりです。雨風をしのぎ、粗末な食事を提供しながらも日本の未来である幼い命をつなぐことが開園当初の価値観であったのに対し、およそ70年の時が経った今、時代は大きく変わり児童養護施設にも新たな価値観が生まれました。それは「家庭的養護の推進」です。
 家庭的養護とは、一般家庭のような家族単位(少人数)で行う養育のことで、簡単に言うと、施設を小さくする(グループホーム化)ということです。こどもにとってそれが良いに決まっている。そんな時代の流れに乗って、私たち軽井沢学園でも数年前に一軒のグループホームを建てることにしました。これが現在の小規模グループケア棟「ほほえみ」です。
 「ほほえみ」では、6人のこどもが暮らしており、3人の職員が交代でこどものお世話をしていますが、軽井沢学園本体施設(以下、本園という)とほほえみとでは、その暮らしぶりも大きく違います。例えば、本園では保健所の指導もあり厨房への出入りは施錠によって厳しく制限されているのに対し、ほほえみにはリビングと向き合った対面式キッチンがあって自由に出入りできます。食材も本園では業者のトラックから搬入されますが、ほほえみでは、夕方こどもと一緒にスーパーまで買い物に行きます。入浴もきっちり時間で区切られている本園に対し、ほほえみでは自由な時間に入ることが出来ます。その他にも挙げればきりがありません。
しかし、その中でも私が思う一番の違いは、こどもと大人の距離感です。狭い空間の中で、特定のこどもと大人がじっくり向き合うことができること。これこそが、こどもの育ちにとって大切なことであると思っています。前置きがとても長くなってしまいましたが、今回は、そんな小さな施設で暮らすこどもと大人のお話です。

「うぜえ、マジうぜえ、もうこんな学園脱走してやる!!」そう言ってマユ(仮名)は本園の長い廊下の壁やドアを足でドンドンと蹴りながら闊歩(かっぽ)します。何が気に入らない訳でもなく、これが13歳思春期真っ只中のマユの日課でした。語尾に「死ねっ」を付けることが口癖で、施設職員やクラス担任に対し、決して本音で話すことなく、いつも強がっては小さなこども達に威圧的な態度で接する彼女は、こども達から恐れられていました。過去に多くの思春期のこどもを見てきた私ですが、その中でもマユは、対応困難な部類に入るこどもであり、5年以上経った今だから打ち明けますが、トラブルを避けるため、なるべく自分からは近寄らないようにしていたことも事実です。
幼い頃からここで暮らしているマユには両親がいませんでした。頼れる身内のいないマユにとってはこの学園が唯一の家であり、この学園から社会へ巣立っていく宿命にありました。そんな中で「ほほえみ」開所の話が持ち上がります。開所にあたり50人のこどもの内6人がほほえみへ引っ越すことになるのですが、大勢のこどもが希望する中でマユはそのメンバーに選ばれました。選定に当たっては、マユの生活態度や素行の悪さから、大人の目の少ないほほえみでは心配という反対意見も出ましたが、近い将来自立するために彼女にとって必要との判断により優先的に選ばれました。
 そして、ほほえみ開所と同時にマユの新生活が始まりました。選定時の予想どおりマユは悪態暴言の数々、まさにやりたい放題です。しかもマユを担当していたのは、就職して2年目の新人保育士「北ちゃん」です。マユの粗暴ぶりに新人では手に負えず、開所間もなくしてほほえみが崩壊してしまわないか。予想を超える事態に「しまった、判断を誤ったかっ!」と、当時の私は不安が尽きませんでした。
 しかし、そんな乱暴なマユに対し、北ちゃんは逃げるどころか、そのおっとりとした性格で彼女を受け止め、包み込んでしまったのです。そして3か月もしないうちにマユの暴言は少しずつ収まり始めました。
 そして、マユに異変が起こります。
 今まで悪態つきながらも毎日登校できていたマユが突如「気持ち悪い」「お腹痛い」そう言っては学校を休むようになったのです。マユ中学2年の夏でした。受診してもただの風邪だと言われ、血液検査も異常なしでした。初めのうちは「ヤツめ、怠け癖が付いたかな」などと軽く考えていた私たちですが、秋頃には全く学校に行けなくなりました。ここで初めて不登校という現実に直面したのです。
 この時、私たちは一つの決断を迫られました。無理やり学校へ行かせるのか、それとも不登校を容認するのか...とかく施設では登校渋りのこどもを無理やり学校へ行かせようとします。何故ならば、施設は集団生活であるため、一人の不登校を認めてしまうことにより、他の子も次々と学校へ行かなくなる“不登校の連鎖”が起こることを恐れているからです。そして、何より18歳までしか施設にいられない条件の元、不登校や引きこもりのこどもを気長に見守ることが出来ない現実も、不登校を簡単に認められない理由の一つでした。

 そんな議論の中で、マユをとことん受容していきたい。本園では出来ないことも、ほほえみだったら出来るはず。そんなプライドと使命感によって、マユの不登校に付き合う覚悟を決めたのは、北ちゃんはじめ現場の保育士たちでした。
マユの不登校を施設全体で容認することに決めた私たちは、「今日は学校に行かないの?」などとプレッシャーを掛けることを一切やめ「マユは当分学校へは行きません」と学校にも宣言しました。マユと北ちゃんの掃除や洗濯、食事作りの日々が始まりました。
しばらくすると再びマユに異変が起こります。
夜になると「北ちゃん一緒に寝よ」と言っては添い寝をせがむようになったのです。また、勤務が終わって帰ろうとすると、北ちゃんの裾を引っ張り「お願いだから帰らないで」と言って涙ぐみ、更にはトイレにまで付いてくる始末です。まるで、新しく弟妹ができ、お母さんを独占できない淋しさから“赤ちゃん返り”するこどもと一緒でした。そんな報告を受け、去年までの「うぜえ、死ね」と言ってはトゲトゲしく悪態をついていたマユからはおよそ想像もつかない事態に、私たちは困惑しました。
マユに「退行」が始まったのです。
私たちは再び選択に迫られました。果たしてこのまま退行を許して良いものだろうか、このまま受容し続けることで、自立間近のマユが自立とは逆の方向へと向かってしまわないだろうかと・・・

『三つ子の魂百まで』という言葉があります。これは、幼いころの性格は、年をとっても変わらないという意味のことわざですが、それを鵜呑みにして「3歳までに大切なことを身につけさせなければ全てが手遅れになってしまう!」などと、脅迫観念にも似た感情に襲われ、3歳までに3歳までに...と、しつけや教育にやっきになっている人も多いと思います。
しかし、3歳までにいちばん大切なことは、こどもに安心感を与え、自分はこの世の中に、生まれてきて良かったんだ、周りは自分を大切にしてくれるんだ、という基本的信頼感、自己肯定感を育むことだと思います。では、幼児期そのような機会に乏しかったこども達は、もう手遅れなのでしょうか。人を信用できない、自分はダメな人間なのだと思い続けてこれから先も生きていくしかないのでしょうか。


「大丈夫、マユは絶対に元の世界に戻ってくるから。そう、きっと・・・」

そう信じて北ちゃんやほほえみ職員はマユの退行の行方を辛抱強く見守り、そして受容し続けました。その結果、マユの退行はさらに加速し「あれやって、これやって」と何でもせがむようになりました。食事中も「食べさせて」と口を開けて待っているような甘えぶりです。高校受験を控えた中学3年の2学期初頭でした。

幼い頃に適切な愛情を受けることが出来なかったマユは、ほほえみという安心できる環境と、何よりも信頼できる大人との出逢いによって、幼い頃の大事な忘れ物に気付きました。彼女の退行は、その忘れ物を取り戻し、自らの力で『育ち直る』ための旅立ちでもありました。

そして、ある日突然「アタシ高校に行くね」と言い出しました。戻ってきてくれたのです。

その後のマユは変わりました。2年間学校へ行っていなかったため全日制高校への進学こそ諦めましたが、働きながら通信制高校へ通って早く社会自立がしたい。そんな前向きな展望を持ちながら彼女は高校へと進学し、毎日アルバイトに励みながら自立資金を貯め、そして無事就職も決まってこの学園を巣立っていきました。

退所間際の彼女は、メイクやファッションに関心の高いどこにでもいそうな普通のお姉さんとなっていました。私はそんな彼女を冷やかします。「マユも成長したなあ~、中学ん時は学園の壁蹴りながら、うぜえしか言ってなかったもんな~」彼女は照れ臭そうに答えます。「まあね、そんなバカな時代もあったよね」

マユは私たちに教えてくれました。急ぐ必要はない。やり直しのきかない人生なんてない。気付いた時からいつでも修整できるし、育ち直せるってこと忘れないで欲しいと。

軽井沢学園開園から70年近くたった今、時代は目まぐるしく変わり、価値観も大きく変わりました。しかし、70年経っても変わらない価値観があります。それは、

こどもは日本の未来であるということ


「ただいまっ!」

「あっ、おかえりマユ!!」

おわり
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