JEWEL BOX KDC!!

軽井沢学園を応援する会 会報 ストリートパズル17号より

昨年末に 紹介した、軽井沢学園の主任さんのたかねっちさんのコラムです。
長いですが最後まで読んで欲しいなと思います。
さく市でさらっと「あったんだよ~」といってたたかねっちですが
こんなに深い思い出があったとは・・・。
スタッフさんの一生懸命な活動にただただ頭が下がるばかりです。
今年も、この子達に幸せで穏やかな一年が来るといいなーと思います(^^)

‐園の庭をはきながら‐
13年目のタイムカプセル
たかねっち☆

 先月10月5日(土)・6日(日)の2日間「ぞっこん!さく市」というイベントが開催されました。これは毎年佐久市で開かれる佐久商工会議所主催による産業見本市なのですが、駒場公園の広大な敷地の中で様々な出店や催し物が行われ、今年も数万人規模の人出で賑わいました。
今回、この「ぞっこん!さく市」では、有難いことに佐久市内の若手美容師さんたちが来場者の髪をカットして、その売上金を全額軽井沢学園へ寄付して下さったり、ダンス&ファッションショーの中で、こどものお話しをする機会を頂いたため、私もこのイベントには全期間参加させてもらいました。
応援する会発足以来、講演会にも招かれるようになり人前で話す機会が増えた私ですが、やはり大勢の前で話すのはとても緊張します。話し終えた後、私は緊張から解放され会場内の自販機で缶コーヒーを買っていると、背後から「高根先生ですか?」と尋ねる声がありました。振り向くとそこには30代半ばと思われる男性の姿が。見覚えのない顔でしたが、私は「はい、高根です!先生ではありませんが」と笑いながら答えました。その男性は赤ちゃんを抱っこしながら「拓です。もしかして忘れてますか?」ニコニコとしています。
『えーーーーっ!うそっ!!ホントに拓なの???』
私はびっくりして周囲もはばからず声を上げてしまいました。頭の先からつま先まで、私の記憶の中にある“あの拓”とは全くの別人となっていたからです。

“あの拓”とは、佐藤拓馬(仮名)といって、中学高校時代私が担当したこどもです。拓馬は4人兄弟の次男で、経済的な理由によって兄弟揃って18年位前に軽井沢学園にやって来たのですが、拓馬が小学生の頃、両親の離婚を機に3人は父親に引き取られ遠くの児童養護施設へ、拓馬だけは母親が引き取り、高校2年の秋までここで過ごしました。
私は、拓馬とはそれ以来ずっと会っておらず、風の便りで地元を離れ県外で暮らしているということは聞いていましたが詳しいことは全くわかりませんでした。しかし、この突然の再会によってあの頃の記憶が次々と蘇ります。

私は昔から男子中高生ばかりを担当してきたのですが、拓馬も中学入学を機に私が担当することになりました。もう一つ言うと、今とは違い昔は非行や触法などによって入所するこどももいたのですが、このいわゆる“不良たち”を担当するのも何故か私でした。決して私に指導力があったわけではありません。男職員が2人しかいなかった時代に、私が国士舘大学卒という理由なのか“不良は高根が受け持つ”ということが暗黙の了解となっていたのです。しかし、飲酒、喫煙、窃盗など、警察のお世話になるようなこどもたちと関わってきた私が、非行問題を語るとするならば、後にも先にも拓馬がいたあの時代が一番大変だっだように思います。

拓馬は中学時代野球部に所属し部活に明け暮れる毎日でしたが、3年生の引退頃から少しずつ変わり始めました。眉毛の形や服装、耳にはピアス。外見だけではありません。若い保育士に対しての言葉づかいや年下児童への威圧行為。学校でも教師への反抗や授業妨害によって学校からの呼び出しもしばしばありました。しかし、元々能力の高いこどもでしたので、高校へは難なく合格したものの、入学後は問題行動が更にエスカレートしていきます。
例えば、ある日、私が出勤してみると、拓馬の部屋の机の上には山のようなたばこの吸い殻やビールの空き缶、押し入れの中からはワインボトルや日本酒の一升瓶まで出てきたこともありました。夜な夜な近所の不良たちが窓から侵入して宴会が行われていたのです。年配の方はご存知かと思いますが、昔「積み木くずし」というTVドラマがありましたが、まさにあんな状態でした。職員は一体何をしていたんだと思われるかもしれませんが、その当時も今と変わらず若い女性保育士ばかりでしたので、特に私の不在時などは、やりたい放題でどうにもならなかったのです。

その当時私は毎日が本当に憂欝でした。出勤すれば必ず何かあるからです。喫煙やバイクの二人乗りで補導され、出席停止処分も複数回。高校からは自主退学を求められ、その都度学校まで謝りに行きました。今思えば若さ故に出来たことですが、拓馬の耳を強く引っ張って学校まで連れて行き、二人で土下座して退学取り消しを頼み込んだこともありました。幸い、退学させることで拓馬が裏社会へ足を踏み入れてしまうのではないかと危惧した心ある先生が、何とか高校は続けさせるべきと訴えてくれ、退学こそ免れましたが、しかし、そんな周囲の想いをよそに拓馬はついには暴走族へ入ってしまいます。高校2年の春でした。
毎晩のように園を抜け出しては、朝になると戻ってくる。そんな毎日が繰り返され、爆音を轟かせながら何台ものバイクが学園の敷地内に入って来ることもありました。
この頃になると、もはや私の制止も効かなくなっていました。そして、私はたまりかねて警察へ通報しました。自分の担当児童であるにも関わらず。・・・「もう無理だ、奴はどうにもならない」そう思い始めた頃、彼に変化が起こります。
ある日の朝、拓馬は足を引きずりながら帰って来ました。頭は丸坊主で、顔は腫れて出血もしています。私はひどく動揺しながらも理由を尋ねましたが拓馬は一切語ろうとしませんでした。
その日を境に拓馬が深夜抜け出すことは無くなりました。しかし、何度聞いてもあの日何があったのかは教えてはもらえませんでした。これは私の勝手な想像ですが、暴走族を抜ける際に仲間から暴行を受けたのではないか。だとしたら、固く口止めされていたのか、または口に出すこともできない程の恐ろしい目に遭ったのだろう。でも、本当のことは今もわかりません。

その年の秋、拓馬は母のもとに引き取られていきました。退所の理由は、母親がこれ以上施設に迷惑かけられないと考えたことと、何よりも拓馬自身が周囲の関係を断ち切って母のもとで生活を立て直したいと強く望んだからです。その後、母親の話しによると、拓馬はアルバイトで母を助けながら高校を卒業したそうです。私はその話しを聞いた時、拓は本当に偉いと思いました。暴走族を抜けたことも、生活を立て直そうと決めたことも全て拓馬自身で考え、乗り越えてきたことであり、結局自分は何もできなかったのです。

・・・あれから13年後。
『えーーーーっ!うそっ!!ホントに拓なの???』
ぞっこんさく市会場での再会の場面、私は彼が名乗るまで本当に拓だと気づきませんでした。無理もありません。荒れていた当時の鋭い目つきは消え、幼い頃の優しいまなざしを取り戻しつつも生活臭さのにじみ出た、良く言えば温厚な青年。悪く言えば20代後半にしてメタボリックな肥満体。そして、一児の父。彼は、卒業後ずっと県外で暮らしていたが、昨年仕事を辞めて地元に帰って来たと言います。今は、某大手企業の営業をしながら、奥さんと8ヶ月になる長男と3人で暮らしているそうです。私は拓馬と連絡先を交わして今度飲みにでも行こうと約束しました。

拓馬との再会から数日後、私は宿直の晩、書庫に入って佐藤拓馬のケース記録を引っ張り出しました。ケース記録とは、ここで暮らすこどもの支援計画や成長の様子などを担当職員が日々記したファイルのことをいいます。拓馬のケース記録は、彼の退所以降一度も開いたことはありませんでしたが13年ぶりの再開により私は、当時の自分が拓馬の問題行動に対しどのように考え、立ち向かっていったのか知りたくなったのです。そして、おそるおそるファイルを開いてみると・・・・・未熟です。あまりにも未熟な内容でした。自分の無力さを、そして専門性の無さを棚に上げて拓馬のせいにしています。彼の表面的な部分(問題行動)ばかりを責め、その裏側にあるもの、心の叫びを見ようともしなかった。さらには愚痴めいた文章までありました。職員を指導する立場となった昨今、ダメダメな自分が恥ずかしくなり「あ~見なきゃよかった」そう思ってパラパラとページをめくっていると、目に飛び込んできたのはひとつの文章、ある日の日誌でした。
「兄弟3人がお父さんに付いていったのに、どうして拓だけはお母さんに付いていったの?」という私の質問に対し拓馬は答えました。「だって、全員お父さんに付いて行ったらお母さんがひとりになってかわいそうでしょ」と。・・・当時を回想しながら目を細めました。

13年目のタイムカプセル。施設で働く職員にとっては、ケース記録はタイムカプセルのようなものです。単に懐かしむだけではなく、当時のこどもとの関わり、養育に対する知識や心得。問題解決のための“ひきだし”の数。そして、こどもと共に成長している自分。そんなことを振り返りながら今の養育に生かせる大事なツールです。児童養護施設で働く者にとっては、このファイルの積み重ねこそが技術の蓄積、いわゆるノウハウなのです。昔、拓馬にしてあげられなかったことも、今の自分だったら彼の優しい内面に着目しながら、もう少しましな支援が出来たかもしれません。

終わりに、昭和の初め、戦災孤児施設から始まって現在まで725人のこどもたちが軽井沢学園で暮らしてきました。入所理由、入所期間はそれぞれですが、725人のこどもと担当職員の“生きた証”でもあるケース記録は、長い年月を経て今も軽井沢学園の薄暗い書庫の中に眠っています。
おわり
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