チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ

人生の半分を過去に生きることがクラシック音楽好きのサダメなんでしょうか?

斎藤秀雄、小澤征爾を語る

2014-01-25 23:58:17 | 日記

いま日経新聞『私の履歴書』で連載中の小澤征爾、今日(1月25日)は「斎藤先生逝く」でしたね。

「先生が僕らに教え込んだのは音楽をやる気持ちそのものだ。作曲家の意図を一音一音の中からつかみだし、現実の音にする。そのために命だって賭ける。音楽家にとって最後、一番大事なことを生涯かけて教えたのだ。」

反対に斎藤秀雄(1902-1974)が小澤征爾のことを書いたものを探したら、『音楽現代』(芸術現代社)の1974年4月号に「斎藤秀雄 指揮と小沢を語る」というインタビュー記事がありました。一部抜粋します。

-指揮については一対一で指導なさったと聞いていますが、その様子をお話しください。

斎藤 あの頃はみんな個人教授だったわけですよ。そして初めはピアノを使ってやるわけです。ピアニストが弾いてくれて、その横で指揮をするんです。それである程度まで上達すると今度は実際にオーケストラを使って練習するんです。そこで指導することといったら、まあやっぱり足りないところを注意するぐらいですね。良い面というのはほおっておいても自然に伸びていくからね。

-その頃から小沢さんの個性とか才能とかの片鱗は現れていたんでしょうか?

斎藤 最初からはわからないですね。大体が教育する段階ではわかんないもんなんです。そうだなあ、小沢は他の奴より有能にやったことは事実ですよ。だけど、音楽というのは習ったものを自分のものにして、それから自分のものを出す時に、消化率がどのくらい良いかということが問題ですよね。(中略)相撲取りやレスラーだって同じものを食べているんだけども......消化力が違うわけですよね。それが今度音楽家の場合を考えてみると、音楽的なセンスと結び付いてそれが発達するわけでしょう。だから小沢は、卒業してからの進歩の度合というのが凄いですね。

-小沢さんがボストンの常任になった時はどんな感想を持たれましたか。

斎藤 それはなんかジャーナリズムが騒いでいるようだけれども、そんなことはこれから始終起こり得ることで、ボストンだってクーセヴィツキーがロシア人でしょう。ストコフスキーだってロシア人、ミュンシュだってドイツ系フランス人、米国系なんてのもあまりいないし、イギリスなんてのもサージェントぐらいなものでしょう。だから日本人の小沢が常任になったってちっともおかしくはないですよ。当然なことですよ。初めてだったから騒ぐのだなと思うだけの話ですよ。

-今もし小沢さんに助言することがあるとすれば何でしょうか。

斎藤 なんといってもあれ位になると助言なんかいらないんじゃないかな。彼は自分で今まで切り拓いてきたし、これからも自分で切り拓いていくだけなんだから。実力は凄いですね。まあ人間的にも随分成長したし、かつてのN響事件の時はまだ青臭かったし、思い上がっているようなところも感じられたが、近頃それが全然感じられないし、だからあまり言うことはないですよ。


... インタビューが実際いつ行われたかは明記されていませんが、出版時期からすると亡くなる直前でしょうか。

人間の器の大きさを感じさせます。やっぱり「先生」ですね!



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