可もナシズム、不可もナシズム

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2005年のメディア論

2005-04-07 16:46:42 | ヒロ†の主張、たわごと、思い込み
 この頃、よく思うのが、「テレビって、このままじゃいかんのじゃないの?」ってこと。
 かつてテレビっ子だったおいらが、気がついたら、ほとんどテレビを見なくなってしまっているのだ。

 僕が物心をついてから今まで、娯楽、あるいはメディアの中心にはテレビがいた。
 映画、新聞、雑誌、本、マンガ、ネット...。メディアはいろいろあるけど、やはり中心は、テレビだと思うし、実際、市場規模が一番大きいのはテレビだ。
 過去メディアの主役は映画・ラジオ⇒テレビと変わってきているし、今後だって変わることもあるかもしれない。
 でも、まだ、当面のところは、主役はテレビのままだろう。

 その”当面”に向けて、思うことを、二つほど。


 まず、報道の話。
 最近思うのが、テレビのニュースってつまらないし、必要性を感じない。

 おいら、比較的”世の動向”ってヤツに興味がある方だと思う。だから、新聞とかネットのニュースってのは結構見ているのだけど、テレビのニュースは、ほとんど見ることがない。
 理由を考えると、「過剰演出に嫌気がさす」とか、「キャスターが嫌い(News 23のことね)」ってのもあるんだけど、それ以前に、今、テレビって、ニュースに最も向かないメディアになっている気がする。

 速報性・網羅性って意味では、ネットに敵わないし、詳細性では新聞に敵わない。ライブで動く映像を見せるという魅力が辛うじて残ってはいるけど、それもネットに取って代わられるのは、時間の問題。

 そもそも、今時、誰もが興味を持つ「国民的ニュース」なんて、そうたくさんは無いわけで、トップニュースだけを数本チョイスして放送するっていうスタイルは、時代遅れになってきている。
 少なくとも、おいらが見たいニュースは、いつも、”報道ステーション”では、取り上げてくれない。

 結論として、「画像付き情報を垂れ流す」というのが、テレビの”ニュース”であるならば、今は、もう必要ない。
 それしかできないのなら、テレビは、”ニュース”ってのをやめてもいいと思う。
 そろそろ、「テレビだからこそできるニュース」の新たな形を模索して欲しい。
 おいらが思うには、網羅性で、ネット、新聞に劣るのであれば、テレビに必要なものは”視点”だと思う。

 ネットにしろ、新聞にしろ、雑誌にしろ、自分が興味を持つ記事を自力で探し出さないといけないプル型のメディアだ。
 だが、テレビは、違う。自分の視野に入らない情報を強制的に送り込んでくれるプッシュ型のメディアだ。ボーっとしていれば気づかないことを気づかせてくれる可能性があるメディアなのだ。

 長期の取材に基づいた、新たな視点。
 独自の見解をもつ、アンカーマンのあるいは偏った視点。

 そういうものを報道番組の中心にもってこないと、あっという間にそっぽを向かれると思う。

 もう一つは、バラエティー化路線。
 「報道ステーション」なんか、もっとふざけて笑いをとりに言ってもいいと思うのだが、どうなのだろうか?




 次に、ドラマの話。
 ハードディスクレコーダーが、ドラマの見方を変える日がすぐそばまで来ている。
 ぼちぼち、家庭にハードディスクレコーダーが普及し始めている。
 価格も下がってきているし、搭載されているディスクの容量もどんどん大型化してきている。
 今、そこそこ大きなハードディスクを積んだレコーダーなら、1クール(3ヶ月)の全てのドラマを録画することが出来る。

「見るか見ないかわからないけど、とりあえず新ドラマを録画しておこう」

 といった、軽い気持ちの録画が可能になってきている。
 これが、当たり前になると、ドラマの見方は変わる。

 ドラマの基本的な視聴スタイルは、第1話から見続け、つまらなくなったら脱落するというものだ。だから、よほど話題になったドラマで無い限り、第1話から段々と視聴率が下がってくる。
 このスタイルに対応するため、ドラマのストーリーは途中からでも類推できるような、ありきたりのものが好まれ、下手すれば、第1話と最終回さえ見ればことが足りるように出来ている。

 だが、ハードディスクレコーダーが普及し、「とりあえず録画」が当たり前になれば、視聴者はドラマを遡ってみることが出来るようになる。
 途中の1話を見て「なんか、気になったから、第1話から見てみる」ということが可能になったのだ。

 この変化を見逃して、いつまでも中身の無いドラマを作っていたら、淘汰されてしまうと、おいらは思う。
 「もう1度、1話から見直したい!」と、思えるほど複雑かつ巧妙な伏線を張り巡らせたドラマなんかを、そろそろ誰か作っても良い頃なのではないだろうか?


 なんにしろ、没落というのは早い。
 国民的娯楽だったはずの野球すら、あっという間にそっぽを向かれたのだ。
 「ネットと放送の融合」のような技術論ではなく、コンテンツそのもののあり方を問い直し、もうしばらくの間、「おもしろいテレビ」で、ありつづけて欲しいと思う。
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