
4月11日、英国インディペンデント紙は英国のイングランドのカンブリアにあるセラフィールド再処理施設(Sellafield site:以下「セラフィールド」という)で格納されている約60億ポンド(約8,280億円)に上る世界最大量のプルトニウム廃棄物(plutonium waste)の振り分け計画について、日本の電力会社の放射能問題の慎重さにより脅かされている旨の記事を載せた。
すなわち、日本の福島原発の原子炉のメルトダウン(炉心の冷却ができない状態によって原子炉の核燃料体が異常に高温となり、炉心の燃料棒や制御棒等の内容物が溶融、損傷する現象。炉心溶融とも言われる)直前の状態が続く中で日本の電力会社が神経質になっていること等から英国政府自身のプルトニウム問題の解決が重要と見て英国の再処理燃料の国際取引の凍結を計画しているという内容である。
換言すると英国政府が日本の市場に合致すべく開発した英国の成長産業となるプルトニウム備蓄センターのウラン・プルトニウム混合酸化物燃料(以下「モック燃料」)(mixed oxide(Mox) nuclear fuel)(note1)の転換戦略は、日本がセラフィールドに背を向けることを理由として強く懸念することになったというものである。
原子力発電そのものに対する強い反対運動が高まるドイツやわが国の推移に強い関心を寄せるフランス、さらに自国の原発の安全性に関する議論が高まっているEU各国の姿勢とは異なる問題として英国の再処理燃料問題を本ブログで取り上げることとした。
さらにわが国の原子力エネルギー政策上重要な点は、2010年5月13日わが国の電力10社は英国で回収されるプルトニウムの将来のMOX燃料加工に関する全体的な枠組みの合意について」を締結したにもかかわらず、約半年後の2010年12月6日、中部電力は「浜岡原子力発電所4号機におけるプルサーマル計画の延期について」を公表した点である。
筆者自身今回の福島第一原発のメルトダウン直前問題がなければ重要視しなかったであろう重要な問題であり、改めて経緯を整理することとした。
なお、わが国でもセラフィールド再処理施設の放射能汚染問題は以前から関係者が警告を出して論じていることから見てもこのような記事にもかかわらず英国内での原子力発電の安全性の議論が高まることは疑う余地はない。
1.記事の内容(抄訳)
(1)英国政府やSMPの取組み
モックス燃料の製造目的とするセラフィールドと日本との契約により、英国のプルトニウム備蓄政策の一環として数10億ポンド規模で政治的・経済的に支援したカンブリアの第2番目の同燃料の加工工場が期待されていた。
しかしながら、日本の各電力会社はセラフィールドに対し、フランスで製造したモックス燃料の英国の船舶による出荷を無期延期する旨を伝えてきた。
東京電力が運用する打撃を受けた原発の影響を受けていない中部電力の浜岡原発は英国のセラフィールドのモックス燃料工場(SMP)の第一号の提供先であり、この無期延期は重要な意味を持つ。
また、中部電力およびその他日本の9社の電力会社はSMPを悩ませる長期の製造問題がゆえに日本の市場向けに準備した今後10年から20年にわたる再処理燃料を引取らないことになろう。すなわち、SMPは英国の納税者の莫大な負担で今後10年以上にわたり年間1,000トン以上のモックス燃料を製造するように設計されてきたのである。
この英国政府の政策は民間によるプルトニウムの備蓄政策であるセラフィールドの核廃棄物再処理によるビジネスへの大打撃となるであろう。
政府大臣、関係省庁の官吏、核問題のアドバイザーは核廃棄物「リサイクル・プルトニウム」を原子炉内で燃焼させることは最も安全かつ廉価である個人的に信じている。
5月には英国政府のモック燃料加工に関する第2工場に関する経費等諮問の期限が来るが、当初約30億ポンド(約4,320億円)と低く見積もっていたが、実際は約60億ポンド(約8,640億円)近い金額になると断言している。
2002年に稼動を開始したセラフィールドのモックス燃料工場の維持費は、これまで13億ポンド以上かかり、年間製造量は12トンが見込まれていたにもかかわらず、この9年間で製造した実際のモックス燃料は計13.8トンである。
ロンドンにある米国大使館からリークされた公電(cable)では、セラフィールドのモック燃料施設は年間維持費が9,000万ポンド(約130億円)かかる英国政府の厄介物(white elephant)として、個人的にいうと英国の産業史上で最も恥ずべき失敗事例であると記している。
しかし、英国の各担当大臣は数年以内に109トンに達する英国が保有するプルトニウムを処理するため、さらに大きい再処理工場を作るよう国民に圧力をかけるべきことに同意している。
Sir. David King元英国政府主席科学顧問(note2)から独立した王立協会の科学者はこの新しいモックス燃料工場に代替できる実行可能な計画はないと信じている。しかし、核専門家は既存のセラフィールドモック燃料加工工場が2005年にNDA(Nuclear Decommissioning Authority)から引き継いだ予算の重大な浪費であると明言した。彼らはNDAは政府が別の燃料工場について提案することが企業広報活動上の大災害となりうる点を除いて工場を閉鎖したがっていると述べている。(note3)
2011年1月、福島原発事故の発生前の時期に政務次官であるジョナソン・マーランド(Jonathan Marland)は議会上院(House of Lords)においてセラフィールドの新工場は世界最大のMOX工場となるとともにその建設のついて今年の後半に決定すると明言している。マーランド次官は現在のMOX工場はその目的に十分合致しておらず、そのことがフランスの原発会社である「アレヴァ(Areva)」が南フランスのメルキュールに自社の第2番目のMOX工場を建設、運用したがっている理由である点を認めた。
政府はプルトニウム備蓄に関する諮問活動を完了していないが、長期にわたるプルトニウムの保存と廃棄費用が第2MOX加工工場の建設以上に費用を要することを認めている。
(2)インディペンデント紙のMOX燃料に関する“Q&A”解説
Q:英国の核燃料再利用計画はなぜこのようなことになったのか、また英国はプルトニウムの山(British’s plutonium Mountain)とはいかなる意味か?
A:それはカンブリアのセラフィールドに格納された特殊なドラム缶に詰め込まれたプルトニウム酸化物粉の状態の放射性プルトニウムの備蓄をいう。また、より遠くて少量が北スコットランドのドーンレイで高速増殖炉用(fast-reactor programme)に格納されている。
Q:なぜプルトニウムの備蓄量がそのように多いのか?
A:それは軍事用ではなく民間のプルトニウムである。民間の商業ベースに乗り得なかったもので、そのほとんどが1960年代に決定された高速増殖炉で使用するため使用済核燃料からプルトニウムを抽出する目的で集められた。現在、外国で所有されている28トンとあわせ現在英国の民間プルトニウム備蓄量は84トンに達している。既存の原子炉の再処理がいったん完了すると、その備蓄総量は109トンになる。
Q:我々は何かを行わなければならないのか?
A:プルトニウムは同位元素にもよるが何千年もの間放射能のままで存在する。
放射能の専門家は備蓄状態で何も行わないことは選択肢ではない、すなわち現在の保管方法は10数年後には結局危険になる。つまり、プルトニウムは将来いつかの時点で最終処分としてセメントやガラス・ブロックで長期備蓄するか原子炉で使用するMOX燃料の中に組み入れるなどなんらかのより安全な方法を取る必要がある。
Q:プルトニウムをMOX燃料にかえることは安全な対策といえるのか?
A:体内に取り込まれルことを考えると重大な健康上のリスクを引き起こす、すなわちDNA細胞を損傷しがんを引き起こすので皮膚を通過したアルファー粒子(alpha particles)(note4)を放つ。また、核兵器や汚い爆弾(dirty bombs)(note5)に使用されるもので身体にとって危険なものである。
プルトニウムを原子炉内で照射しMOX燃料に変換することでより放射能化が進みその取扱は難しくなると信じている、すなわち、安全性を問題視する反対者は製造されたMOX燃料棒の搬送中のリスクやプルトニウム酸化物でさえ搬送時の事故やテロ攻撃により重大な安全性リスクを負うと指摘している。
Q:原子炉内でのMOX燃料は扱いやすい燃料といえるか?
A:英国においていくつかの原子炉がMOX燃料を使用しているが全体原子力エネルギー発電の30%以下である。残りは従来型の酸化ウランである。MOX燃料の支持者は英国で新設する新世代の原子炉ではMOX燃料を使用することで結果的に英国のプルトニウム備蓄量を減らせると主張する。
しかしながら、新しい原子炉においてウランのみ燃焼型が認可されるとしてもMOX燃料が従来のウラン燃料より高価であることには変わりはない。
2.わが国電力会社の英国で回収されるプルトニウムの将来のモックス燃料加工に関する全体的な枠組みの合意に至る経緯と入荷延期をめぐる原子力エネルギー政策の不安定性
取りまとめの時間不足と専門知識不足等ではあるが、簡単に問題点のみを以下まとめて見た。政府を始めメディアや国民の関心が福島第一原発のみに注がれる中、監視の強化が重要な問題である。
(1) 2009年12月の記事の抜粋(2009年12月7日、日経BP net「九電、プルサーマル発電を開始」)
プルサーマル発電がいよいよ動きだした。わが国初のプルサーマルは、九州電力玄海原子力発電所3号機で実施される。九州電力はフランスのアレバ社に再処理を委託し製造したMOX燃料(ウラン・プルトニウム混合酸化物燃料)を、10月中旬に玄海3号機に装荷、11月5日から試運転発電を開始し、13日に最大出力(118万KW)に達した。国の最終検査を経て12月2日、わが国初の営業運転が開始された。当初の予定より10年以上遅れて、国が推進する核燃料サイクルが、やっと新しい段階に入った。」
(2) 2009年11月4日、「九電玄海原発、国内初のプルサーマル実施目前にMOX燃料装荷に『待った』」解説
◆今年5月、仏国でMOX燃料(プルトニウム入り核燃料モックス。以下MOX)に加工された日本生まれのプルトニウムが、浜岡、伊方、玄海の3原発に搬入され、わが国初のプルサーマル開始は目前に迫っていました。
10年前、関西電力MOX製造元の英国MOX燃料工場における不正を発端に、プルサーマル計画は頓挫していました。99年-00年に東電福島第一・柏崎刈羽原発に搬入された海外製造のMOXは、装荷されることなく今なおサイト内に保管され、関電高浜原発(福井県)では、搬入済みの不正MOXが送り返される事態も生じています。
そんなわけで、先頭を走る4基の原発が次々と離脱する中で、5番手だった玄海原発がトップに躍り出てしまったのです。
◆しかし初装荷予定日を目前にした10月1日、奇跡のようなことが起こりました。
3日早朝からMOX燃料装荷開始との九州電力の発表に、装荷中止を求める44万署名の請願を審議中の佐賀県議会が反発、請願採択を求めて詰め掛けた市民はついに最大会派の自民党県議団をも動かします。
同日午前11時開会予定の本会議を前に、議員運営委員会は装荷ストップを決議、知事に「3日のMOX装荷スケジュールは白紙に戻すよう」九電に伝えることを申し入れたのです。装荷スケジュールの白紙撤回です。(以下略)」
(3)2010年5月13日、わが国電力10社は、以下のとおり合意内容を公表した。
「海外再処理委託により回収されるプルトニウムについては、海外においてMOX燃料に加工し、プルサーマルで利用することを基本方針とし、この方針に基づき、電力10社は、英国で回収されるプルトニウム全量を英国にてMOX燃料に加工できるよう、英国原子力廃止措置機関(NDA)と協議してきた。このたび、NDA(Nuclear Decommissioning Authority(英国エネルギー・気候変動省(DECC)傘下の外郭団体)が英国セラフィールドに所有するMOX燃料加工工場(SMP)における将来のMOX燃料加工に関する全体的な枠組みについて合意した。
本合意では、SMPにおける将来のMOX燃料加工について、経済性確保のための生産能力向上方策やそれに伴う費用負担、MOX燃料加工を進める上での原則等をNDAとの間で取り決めている。(以下略)」
(4) 2010年12月6日、中部電力「浜岡原子力発電所4号機におけるプルサーマル計画の延期について」
「当社は、本日、浜岡原子力発電所4号機(沸騰水型、定格電気出力113.7万キロワット)において、今年度(2010年度)から実施する予定であったプルサーマル計画を延期することを決定し、現在実施中の定期検査におけるMOX燃料の装荷を見送ることとしましたので、お知らせします。(以下略)」
(5)わが国のMOX燃料政策の見通しの甘さと発電施設の安全対策の不安定さ
筆者なりに問題点と思われる点を整理しておく。
①原子力エネルギー政策の基本政策が2転3転している。これは個々の電力会社の判断に委ねるような問題ではない。
②政府および各電力会社による情報の公開性が欠如している。具体例で示す。
経済産業省の資源エネルギー庁のHP を見ておく。
最も基本的な「個別施策情報」の中で「原子力政策の状況」および「放射性廃棄物」のサイトを読んでも内外で問題となっている安全性問題について具体的な解説や対応策について取組みが見られない。
(note1) 「MOX(モックス)燃料」とは混合酸化物燃料の略称であり、使用済み燃料中に含まれるプルトニウムを再処理により取り出し、プルトニウム酸化物(PuO2)とウラン酸化物(UO2)とを混ぜたものを言う。(J-GLOBAL「科学技術用語」より引用)
(note2) 黒川 清 政策研究大学院大学教授は自身のブログで英国の「科学顧問(Chief Science Advisor)」について変革の情報を紹介している。
(note3) 英国では、原子力遺産と称される公的部門における過去の原子力債務に関して、それらを管理する機関である原子力廃止措置機関(NDA)が2005年4月1日から活動を開始するとともに、NDAの管理対象となる英国核燃料公社(BNFL)および英国原子力公社(UKAEA)の原子力施設については、廃止措置開始までの操業及び廃止措置に対する責任がNDAに移管されている。この移管により、BNFLが2004年に原子力施設の所有、管理、操業のための子会社として設立した英国原子力グループ(BNG)社は、NDAとの契約の下、NDAの管理対象施設の契約操業者となった(2005年6月10日「英国におけるバックエンド事業の最近の動向 -NDAとBNFLを巡る動き」から抜粋)
なお、BNFLは英国核燃料会社で、英国の原子力産業で中心的な役割を担う100%英国政府出資の持株会社である。
(note4) アルファ粒子は不安定核のアルファ崩壊にともなって放出される。電離作用が強いので透過力は小さく、紙や数センチの空気層で止められる。しかし、その電離作用の強さのため、アルファ線を出す物質を体内に取り込んだ場合の内部被曝には十分注意しなければならない。(Wikipedia から引用)
(note5)汚い爆弾(dirty bomb )とは、核汚染(放射性物質による汚染)を引き起こす爆弾のことである。こと放射性廃棄物などの放射性物質を撒き散らすものでは、核爆弾のように核反応で爆発するのではなく、火薬などで爆発させ核物質を拡散させる。(Wikipediaから引用 )
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