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言葉のプレパラート

2016-09-25 19:53:45 | 物語
❄️❄️言葉🍀のプレパラート❄️❄️


雪の結晶のプレパラートを作っているおじいさんがいた。

そのおじいさんのもとに、サングラスに黒いコートの女が現れる。

おじいさんは、公園でアイスキャンディーを販売していた。

「あなた、プレパラートを作ってるんですってね」

女は、おじさんにオレンジ色のアイスキャンディーを頼むと、こっそりそういった。

おじいさんは聞こえないふりをした。

なぜなら、この国ではプレパラートを作る事は禁止されていたから。

見えないものを見えるようにするという行為は禁止されているのだ。

見えないものは見えなくていいのだ。

「あなた、雪の結晶を作って、冷蔵庫に保存しているって調べはついているのよ」

アイスキャンディーを舐めながら、サングラスの女は言った。

「お願いがあるの」

おじいさんは首を横に振るとアイスキャンディーの屋台を引っ張り、東の方へ歩きはじめた。

サングラスの女は、アイスキャンディーを舐めながら、

おじいさんとおじさんがひく屋台の後ろを、ハイヒールをカツカツいわせてついていく。

おじいさんの家は郊外の、人があまり寄りつかない、黒い森の中にあった。

森の中の小道をしばらく行くと、大きな樹にぶちあたった。

その幹の下の方には動物の寝ぐらのような小さな穴があり、

のぞき込むと、そのから下へはしごが続いているのがわかる。

おじいさんは屋台をそこに置き、アイスキャンディのバケツだけを持ち、器用にそのはしごを下りてていった。

ハイヒールの女は、そこでハイヒールを脱ぐと、これまたするするとはしごを下りていった。


地下につくと、かなり広かった。

真っ暗な中の洞穴なのに天上には銀白色の蛍光灯がいくつも整然と並んでついていて眩しい。

奥には銀色の業務用の冷蔵庫が並んでいる。

テーブルもよく厨房で見かけるような業務用のそれだった。

おじいさんは、丸い銀色の小さな椅子に腰掛けるとようやく女に言った。

「で、どの雪の結晶が見たいの?」

女は首を振り、雪の結晶が見たい訳ではありませんと言った。

おじいさんは、ひとつため息を吐くと、そうでしょうね、と言った。

「言葉のプレパラートを、作って欲しいんです」

おじいさんは椅子から転げ落ちそうになるぐらい驚いて女に言った。

「ど、どこでそれを?」

だって、見えないものを見えるようにするのが禁じられているこの国で、

ことばのプレパラートなんて見つかったら死刑だからだ。

いちばんこの国が、見えなくしておきたいもの、ことば。

「人違いじゃないかな?」

おじいさんが恐れ戦(おのの)いた様子でそっぽを向いた。

いろいろ調べましたから、と女は言って、

胸ポケットからおじいさんに辿りつくまでのおびただしい人間の名前の羅列を見せた。

おじさんは黙って棚からタバコの缶を出すと、タバコの葉を白くて薄いペーパーにのっけて、くるくると巻き始めた。

職人の手。

太いゴツゴツとした、真実を守る手。

おじいさんが再び口を開くまでしばらくの間があった。

女はそれをじっと待った。

「言葉のプレパラートはなかなか難しくて、成功するかわかりませんよ」

観念したのか、おじさんは低い声で目線を落としたまま言った。

「迷惑は承知の上です。どうかお願いです。

どうしても私、あの人のことばのプレパラートを覗かなくてはいけないんです」

女はじっとしていられない様子でおじいさんの周りをウロウロ歩きまわり、時に立ち止まって涙をこぼした。

そして、その訳を話し始めた。

おじいさんは、ぷかぷかと、タバコをふかしていた。

「あの人、ごめんね、て言って亡くなったんです。ごめんね、だなんて… .。

わからない。どうしてあの人、謝ったんでしょ。

何があったんでしょう…。

わからない。

私は幸せだったのに、何に対して謝ったんでしょう」

女は、また立ち止まって涙をこぼした。

おじさんは白いハンカチを女に手渡しながら言った。

「それは、先に逝って君を1人にしてごめんねという意味じゃないのかな」

すると、女もうなずいて私もそう思いました、と言った。

「でも違うんです。それは生前何度も言われていました。

彼の病気が発覚してからというもの、彼は私の顔を見るたびに謝るのです。

それについては、やめてほしいと言いましたして解決済みなのです。

亡くなる頃には先に逝くことに関して彼は何の罪悪感もなかったはずです」

「そうだろうか?」

「仮に罪悪感があったとしても、先に逝くことに対しての "ごめんね" なら何度も聞いていましたからわかります。

それとは全く違う "ごめんね" だったのです」

女は裸足だった。

銀色の床に足裏をぺたりとくっつけて、立っている。

そして女のペディキュアは、口紅と同じ種類の赤い色だった。

おじいさんは、ふうむと口ひげを指でなぞりながら言った。

「何か、隠しごとでもあるのかな?」

「…」

女は黙って頭を垂れ、自分の足の指を見た。

「わかりました、作りましょう」

おじさんは腹をくくったのかそう言うと立ち上がり、プレパラートを作る準備を始めた。

女はおじいさんが指し示したベージュの布張りのソファーに腰を下ろした。

おじさんがスイッチを押すとそのソファーはかすかに揺れ始め、すぐに女は眠りに落ちた。

おじさんは女を横に寝かせた。

死んだように女は眠り続ける。

どのぐらいの時間が経っただろう。

禁断のことばのプレパラートを完成させたときには、数日と数時間が経過していた。

おじさんはソファーのスイッチをオフにした。

ソファーはかすかな振動を止め、それと同時に女のまぶたはゆっくりと開いた。

「ああ、私、寝ていた?」

「そうね」

「どのぐらい寝ていたのですか?」

「数日と数時間だよ」

「え?」

驚く女におじいうさんは言った。

「そのソファーは眠りを誘発し持続させるソファーなんだ」

「これもあなたが開発されたんですか」

「そうです」

女は何か聞きたそうにした。

それを見て、おじいさんは頷いて言った。

「ええ、ええ、できましたよ。
ちゃんと出来ました」

「そうですか。ありがとうございます」

女が嬉しそうに、緊張気味にお礼を言うと、

おじいさんは冷蔵庫のほうに歩いて行き、冷蔵庫の重いドアをあけた。

そこに最後の仕上げをしていたことばのプレパラートがあった。

発泡スチロールのケースに入った真っ白に凍り付いたプレパラートを持ってきて、

おじいさんは、静かに黒い実験台の上の顕微鏡にセットした。

「どうぞ」

そう言うと、おじさんはそっと隣の部屋に消えた。

女は部屋に1人になり、

亡き夫の残した "ごめんね" のプレパラートを覗くために、

おずおずと顕微鏡の前まで進んだ。

ひとつ深い息を吸い込んで女は腰を屈め、顔をそっと覗き穴に近づけていった。

女の目がその穴に重なると、夫の懐かしい、ごめんねの文字が光っている。

「ああ、確かに、あの人のごめんねだわ…」

そう女はつぶやき、右手と左手で、拡大レバーを手前に回していく。

20倍、30倍、40倍…と、ごめんねが、細胞レベルまで拡大されていく。

60倍まで拡大した時、

ごめんねの細胞分裂が始まり、ごめんねはぐるぐると回り始め増大し、

思わず目をつむるような強い光を発散すると、四方に飛び散った。

「あ」

女が思わずつむった目を再び開いたとき、

そこには七色に輝く、ありがとうの文字があった。

「ありがとう…?」

女が驚いて、そのことばを声に出したとき、

その七色のありがとうは、くるくると回りながら、分裂をはじめ、

そして、ありがとうの万華鏡の華になった。

それからも回り続け、

ありがとうは無数になり、分裂を続けている。

増えて広がり華のように輝く、

亡き夫の残した、無数の、数えきれない、ありがとう。

ごめんねの正体。

真実の思い。

女も同様に、ありがとうの涙を流し、

さっきまでおじいさんが座っていた銀色の丸い椅子で、

顔を覆って泣いた。


(「思いを伝えるということ」大宮エリーさんより)


いい物語ですよね。(^_^)

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