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生き切る、人生いちどきり

2016-02-15 16:39:01 | 物語
「人生いちどきり」


少し前、縁あってある初老の男性のお宅を、たびたび訪問していました。

がんを患い、その苦痛を緩和するケアを受けながら、
残りの時間を自宅で家族とともに過ごすことを選ばれた方でした。

さてこの方、なかなか口が悪くて、

「おう坊主、まだ来たのが!

俺を早(はえ)ぐくたばらせてよって魂胆だな!」

と来るので、私も負けずに、

「私もまだまだ修行が足りねぇなぁ。
お父さん、なかなか成仏しねぇもん」

と言い返せば、ニカッと笑い、

「もっと頑張れ!」

と言ってくれる、気持ちのサッパリした方でした。

ある日、奥様と3人の時に生まれ変わりが話題となり、私は何気なく尋ねてみました。

「お父さんは生まれ変わるとしたら、何になりでぇの?」

お父さんは、急に黙って、いつになく真剣な口調で語りました。

「生まれ変わっても俺がいい。

この病気のない、俺になりでぇ」

自宅でのケアを始めた時から、良くなる見込みがない事は、お父さんも覚悟をしていました。

それでもなお、心の奥底から渇望し続ける痛々しいほどに、まっすぐな願い、…。

息が詰まるほどの緊張と沈黙の中、

張り裂けそうな気持ちに耐えながら、
奥さまが、つとめて笑顔で切り返します。

「そしたら、また私と一緒に、ならねっけ ねぇんだよ。

いいの?」

ニヤッと笑ってお父さん、

「ああ、んだなぁ。

それでもいいや。

病気さえなげれば、それでいい」


私は、何も言えませんでした。

ほどなくしてお父さんの容体は急変し、
もうその笑顔を見ることも、皮肉を言い合うことも叶わなくなりました。


人の人生は二度と繰り返さないから、

「やり直しの効かない一度きりの人生を、悔いなく生きてください」

なんて言えません。

そんなの無理です。

原因がわかっていても納得できない理不尽で不条理な運命。

悔やんでも悔やみきれない取り返しのつかない出来事。

逆に、思いがけぬ幸運に恵まれたり、努力が実り喜びに溢れたり、…。

一度きりの人生を、人は受け入れざるを得ない。

大切なことは、その一度きりの人生をどう生き抜くか。

がんを患うことも、奥様と一緒になることも、
そのままでお父さんも人生。

その人を、お父さんは最期まで懸命に生き抜いた。


(「法っとするおはなし」高橋悦堂さんより)


生き切るって、こんな感じでしょうか。

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