シューマッハカレッジ留学記

英国トトネスにあるシューマッハカレッジ。その在りし日々とイギリスのオーガニックな暮らしを記録した留学記です。

3.トトネスのオーガニックライフ

2022-12-18 | 3.トトネスのオーガニックライフ




学校の寮から街のマンションへ

 大学院生活も1ヶ月がすぎ、イギリスの習慣に慣れ始めたころ、仕事の都合で一緒に渡英できなかった妻がようやく来ることとなった.大学の寮は一人用の個室しかないことから、さっそくトトネスの街に世帯向けの貸し物件を探しに行くこととなった。
 最近は日本でも外国人ビジネスマン向けに家具付きの貸マンションがあるが、イギリスでは「ファニッシュド」といわれる家具からタオルなどの備品まで揃っていて、着るものさえ持っていけばすぐに生活できる貸アパートが多い。とても便利なシステムではある。しかしその代わりに、契約時にはフォーク一本、布巾一枚まで記載された何枚もの備品リストが渡され、部屋を出るときにはその数や汚れ具合まで詳細にチェックされる。

 イギリスの不動産屋さんも日本の不動産屋と同じように、店の前に写真入のいろいろな物件の札がかかっている。だが、トトネスの街はどちらかというと、リゾート的な傾向も強い場所なので、実は賃貸物件というのがなかなかないのだ。街の目抜き通りであるハイストリートの何軒かの不動産屋さんに聞いてみたが、にべもなく「賃貸はないね」とのことだった。
 今日はもうあきらめようと引き返し始めたとき、ふと目の前に一軒の不動産屋があった。外から見ると中の事務所には誰もいない。だが、これを最後と思い、お店の中に入っていった。
 「ハロー」と声をかけると、奥からめがねをかけた男の方が出てきた。

 私の事情を話したところ、その男の人は、
 「もしかしたら、大屋さんがOKしてくれるかもしれないから電話をかけてあげようと」言って、すぐに受話器をとった。
 「シューマッハカレッジの大学院に学びに来ている、ジャパニーズ・ジェントルマンが部屋を探しているのですが・・・」

 彼は受話器を置くと、大丈夫そうだから、すぐにここに行きなさいと、住所と大家さんの名前を書いた紙を渡してくれた。

 後でこの不動産屋のご主人との繋がりがわかって驚いた。なんと先にご紹介したJさんの友人で、かつ、妻がのちにお世話になったHさんの日本語教室仲間だったのだ。さらに、部屋を貸してくれた大家さんは、その娘さんが、この地域では知られたヒーリングダンスの先生で、ダーティントンやシューマッハカレッジのようなオルターナティブな世界に関心の深い方だったのだ。だから、見知らぬ私のような日本人にも、快く素敵な部屋を貸してくれたのだと思う。本当に感謝である。

 運良く空いていたマンションの一室は、まさに理想的な物件だった。トトネスを流れるダート川沿いの公園、ブティック、アンティックショップ、カフェなどに囲まれた一角にあり、トトネスでもひときわ目を引くチャペル風の洒落た建物であった。「ファニッシュド」の部屋は、バス・トイレ、台所、洗濯機まできれいに完備された、学生夫婦が生活するには勿体無いくらいの申し分のないものであった。



代替医療の薬まで揃う、充実の自然食品店

 すぐに私達のトトネスの街での生活が始まった。部屋から歩いて百メートルほどのところに「グリーンライフ」というトトネスで一番大きな自然食品店があった。ベジタリアンやオーガニック食品を求める人の多いトトネスにおいて、この店はいつもお客さんで賑わっていた。嬉しかったことには、日本の基本的な食材のほとんどがここで手に入った。しかも全て無農薬有機食品である。醤油、みりん、酢、味噌、昆布、わかめ、干ししいたけ、蕎麦、うどん、玄米などはもちろん、豆腐、玄米せんべい、あられ、各種インスタントラーメン、わさびまで売っている。イギリスの片田舎にもかかわらず、日本にいた時よりも容易にオーガニックの日本の食材が手に入るのには驚いた。
 グリーンライフでは、ホメオパシー、アユールベーダ、漢方といった代替医療の薬も豊富に売っていて、一方の壁一面がそういった薬の棚になっている。ホメオパシーはヴェレーダ社製の30~40種類のレメディー(薬)が一通り取り揃えられており、1瓶あたり300円から500円程度で売られている。店の中には、どのレメディーを選べば良いのかを調べられるパンフレットや本、また、症状からレメディーを検索できるパソコンが設置されていたりと、普通の人でもごく日常的にレメディーを選び、服用できるようになっている。また、店員のなかにもある程度の処方ができる人もいて、お客さんの相談に応じている光景もよく目にした。

伝統の知恵”フンザアンズ”

 西洋のベジタリアン料理では様々な豆を使うことが多い。そのせいか自然食品店で売っている豆の種類もとても豊富である。また、ドライフルーツ、ハーブティーなどの種類も多い。これらの多くは日本では手に入らず、今では残念に思うものも多いが、中でもドライフルーツの一種の「フンザアンズ」は最も記憶に残る食材の一つである。
 私がフンザアンズを初めて食べたのは、先月号にも登場したフランスでマクロビオティックの普及につとめたWさんのお宅に食事に呼ばれた時のことであった。乾燥したフンザアンズを少量の水とともに火にかけると、程なく柔らかくなり自然な甘いシロップが染み出してくる。これを豆乳クリームとともに頂くだけの極めてシンプルなデザートである。しかし、その味わいはと言うと、そのアンズができるまでに授かった様々な自然の恵みが、一気に口の中で再現されるかのように豊かで深い味わいであった。

長老の知恵が、化学肥料を禁止に

 フンザアンズとはパキスタンの最北端にある、険しい山に囲まれたフンザ渓谷の特産物である。フンザは、高度に自然と調和した社会をもち、殆ど病気らしい病気も見られないほど秩序だった生活様式をしていたことで世界的に知られる地域である。フンザの生活、文化については日本でもかつて本になって紹介されたことがあることから、ご存知の方も多いかもしれない。かつてフンザに滞在したイギリス人医師の報告によると、フンザでは菜食が中心であり、お祭りの時にヤギの肉を少し食べるだけなのだそうである。山の斜面を利用した畑では、農薬や化学肥料を使うことなく、伝統的な農法に沿って野菜、穀物、そしてアンズを主に作っている。アンズは夏場によく乾燥させ、長く厳しい冬場の貴重な保存食となっている。
 かつてフンザでも化学肥料や農薬のセールスマンから、農作物が良く出来るようになるからと化学肥料と農薬を進められ、使った時期があったらしい。しかし、村の長老達はすぐにそれらが生態系を壊すことに気づき、すぐに使用を止めたという記録がある。また、フンザでは乳幼児の死亡率が低く、兄弟姉妹の年齢差を広く取ることによって、上の子供の世話によって妊娠や乳幼児の世話に支障が出ないようにしているらしい。このようにフンザでは、長い年月の間に、現地の自然環境に最も適した生活様式を確立し、健康で、自然と極めて調和した社会を維持しているのである。フンザアンズは、美味しいだけでなく、それを生産しているフンザ自体も、私達にとって学ぶことは多そうである。

大手スーパーより地元の有機野菜が安い!

 トトネスで無農薬有機野菜を買うにはいくつもの手段がある。最も手っ取り早いのはグリーンライフをはじめとする3軒の自然食品店の店頭で買うことである。また、野菜の種類の選択はできないものの最も新鮮で旬の良い野菜が入手できるのはボックススキームといわれる無農薬有機野菜の宅配サービスを利用することであった。生産農家が近いことからトトネス郊外で朝とれた野菜が、夕方には食卓に上がる。他にも、農家が何軒か集まって共同で設立した販売組織があり、そこでも購入希望者に対して宅配をしてくれた。また週に一度ではあるが、トトネスの街の広場で開かれる市でも、もちろん無農薬有機野菜が販売されている。


ダート川からトトネスの街を見る。奥の道を上がっていくと約1Kmにわたって古い町並みの目抜き通りがある。

 日本で無農薬有機野菜を買うと大抵の場合は、一般のスーパーで買うよりもかなり高い買い物になってしまうケースが多い。イギリスにおいても、食費がかかることはある程度覚悟をしていた。しかし、ある日思いもよらない現実に気づいてしまった。なんとトトネスでは、大手スーパーの野菜より、無農薬有機野菜の方が安いか同じくらいなのである。トトネス周辺では無農薬有機栽培を行っている農家が多数ある。従って、無農薬有機野菜の流通量も多く、適正な価格形成ができている上に、しかも直接に農家から入荷されるため、中間マージンと輸送コストがかかっていないことから、大手スーパーの野菜より安く販売できてしまうのである。
 トトネスのように地元で生産したものを地元で消費することは、農家、消費者の両者にとってもお互いに経済的メリットが大きい。また、お互いが見える関係にあることによって、生産者にとっては消費者の声を直接聞くことができたり、消費者にとっては生産過程が見える安心感に加え、今まで無関心だった農業生産への関心が高まるなど副次的効果も極めて大きいのである。

グローバル化から「地産地消」へ

 過去2000年の間、私達の先祖は、住んでいる地域で取れるもので生活をしていた。しかし、経済圏の拡大と交通機関の発達によって、日用品や食物の交易は村から周辺地域へ、周辺地域からより広範囲な国家へと広がっていった。そして、特に20世紀後半には、急速にグローバル化が加速し、ほうれん草や玉ねぎといったごく日常的な作物でさえ、隣の畑で作れるにもかかわらず、はるばる飛行機で何千キロも空輸される様になってしまった。しかし、一昨年の世界貿易センタービルの崩壊を契機に、日本でもにわかにグローバリゼーションの問題への関心が高まってきた。その問題の本質は、生産者と消費者の接点が失われたことにより、相互の無関心と無責任が広まってしまったことに依ると思う。
 今、イギリスや日本に限らず、世界の至る所で生産者と消費者が再び近づき、お互いにむすびつく動きが活発になってきている。世界的には、まだ暫くはグローバル経済は拡大するだろうが、その一方で、今度はこのようなごく身近な地域を舞台にした協調的かつ互恵的な経済が着実に育っていくであろう。これは過去数千年続いてきた社会の進化が、新たな成長段階に入ったとも見て取れる。トトネスは、まさにその先陣を切っている街の一つであることは確かである。


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