シューマッハカレッジ留学記

英国トトネスにあるシューマッハカレッジ。その在りし日々とイギリスのオーガニックな暮らしを記録した留学記です。

6.イギリスで何がおいしいか

2022-12-18 | 6.おいしいイギリス料理



テレビドラマではポテトに焼いたソーセージ

 私達の日常の中で、根拠はよくわからないけれども、何故か定説になっていることはよくある。「イギリスの料理はまずい」という説も、まさにそのなかに入るのではないだろうか。確かに私の知る限りにおいても、イギリスに行った人にイギリスの料理の印象を聞いても美味しかったという感想は少なかったし、むしろ返答に困ったような顔をされることのほうが多かった。

 ある日、私の同期生でシューマッハカレッジに来る前は大学で教鞭をとっていた歯科医師のロビンと大学の食堂で昼食をとっていたときに、私は彼に「イギリスの伝統料理とはなに?」と聞いてみた。すると、彼は暫く沈黙したあと「ジャガイモにニンジン…、イギリスの食生活はいたって素朴だし、他の国のように特徴のある料理というものもないね」と、あっさりと彼自身もイギリス料理には魅力がないと認める返事が返ってきた。

 イギリスの食事が不味いというのも、あながち間違っていない面もある。テレビドラマを見ていても、家族で食事のシーンに出てくる料理は、ポテトにソーセージといった手のかからない料理が多い。
 さらに、イギリスの普段の食事のスタイルの一つに、何種類かの料理を一枚の皿に盛り付けるワンプレート・ディッシュというのがある。汁気の多い料理なども気にすることなく盛ってしまうので、幾つもの料理の味が混ざってしまい、最後には何とも言えない混濁した味になってしまう。やはり、イギリスの食事はまずいのだろうか。
 しかし、結論から言うと決してそのようなことはない。探せば必ず絶品の味に出合えるのである。

弟夫婦を迎えて

 イギリスの5月、6月は、すごしやすい季候に加え、美しい花々が咲き誇る時期でもあることから、1年のなかでも観光のベストシーズンである。丁度、そのころ、日本で結婚式を挙げたばかりの弟夫婦が、新婚旅行を兼ねてトトネスに訪ねてきてくれた。
 弟は、かねてから「食」には高い関心をもっていて、日本全国の美味しいものを食べ歩くのが趣味の男である。今回の新婚旅行も、フランスからスイスへと車を走らせ、ミシュランの星付きのレストランを食べ歩く旅をしてきたのだった。そして、最後にイギリスの私達の所に寄ってくれたのである。

 海外において、肉親や友人が訪ねてくれるのはことのほか嬉しいものである。しかし、よりにもよって美食の旅をしてきた彼らが、何故かイギリスで旅を締めくくろうとしている。
 受け入れ側の私達としては何を食べさせようかと困ってしまった。学生の身ゆえにレストランのことは良く知らないので、味覚においてこだわりを持っていそうな友人、知人に聞いてまわり、そのいくつかを案内することにした。

バイオダイナミックの金賞ワイナリー

 まず、弟夫婦を是非連れて行ったのは、トトネスの西方にあるシャーパン財団のワイナリーとチーズ工房であった。トトネスからシャーパン財団へは、車で15分くらいであるが、両側を広い牧場に囲まれた道を2キロばかり走ると、街並みがまるで中世を思わせるアシュプリントンの集落に入る。
 この集落の中心には丸い広場があり、それを囲む様に古い建物が並んでいる。ここは映画やドラマの撮影にもよく利用されるそうである。シャーパン財団へは、この集落に隣接する広い農地の間を抜けた先にある。


ダート川を見下ろすシャーパン財団の建物。この周囲の広大な敷地にワイナリーや農園が広がる

 ここのワイナリーとチーズ工房の歴史はまだ20年も経っていない。しかし、シュタイナーのバイオダイナミック農法を行う葡萄畑でとれた果実でできたワインと、やはりオーガニックのミルクから作られるチーズは、どちらも一級品の評価を得ており、ワインはヨーロッパでのワインコンクールで金賞をとり、チーズは、デヴォン州のレストランや高級ホテルで使われているほか、シューマッハカレッジやダーティントン財団の厨房にも卸されている。もちろん、ここでワインとチーズを買うことができ、味見もできるのは言うまでもない。

白い犬が案内してくれるブドウ畑

 ちなみに、ここではユニークな方法でワイナリーの敷地を案内してくれる。ワイナリーの管理人は、建物の奥から白い犬を呼び、なんと、「その犬が案内してくれるからついて行きなさい。」と言った。
 見ると、白い犬はもうスタンバイしていて、尻尾を振りながら、早くついて来てと言わんばかりの姿勢でこちらを振り向いている。私達も歩き出すと、その犬は私達の数歩前をいつも先導して歩いてくれるのである。

 シャーパン財団の敷地は丘陵にあるのだが、眼下の森のさらに下にはダート川がゆったりと流れ、そしてその向こうには見渡す限り続く田園風景が広がっている。それは、本当に息を呑むほど美しい光景なのであるが、さらにその中にある葡萄畑を白い犬とともに歩くのは、実に心地よく幸せな一時である。この美しい風景と日本では手に入らない逸品のワインに上質のチーズの取り合わせは、まさにその場所でしか出合うことの出来ないものである。そして何よりも、イギリスにも美味しいものがあることの証明でもあった。

パブはイギリスの美味の底力

 その日の夜は、知り合いが薦めてくれた地元でも美味しいと評判のパブに出掛けて行った。イギリスには何処の街角にも必ずパブがあり、日本の居酒屋と喫茶店を合わせたような感じで近所の人達が気軽に訪れる。田舎街のパブともなると、百年、二百年の歴史をもつパブも少なくない。もちろん血族のオーナーが引き継ぐわけではなく、店の建物と名前はそのままにして、別の人が引き継ぐことが多いいようだ。地域の新聞にも、どこそこのパブのオーナーが代わったという記事が時々掲載される。それほど、パブは地域の大事な場所であり、皆の関心の高い場所のようである。

 訪れたパブのシェフも長い間この地域で料理を作っていて、その腕前には定評があった。イギリスではハーブと各種の茸を巧みに利用することが料理の重要な技の一つとなっている。このパブの料理も絶妙なハーブの取り合わせで味がつけられており、華やかさこそないが本当に感心する美味しさだった。
 翌日、翌々日と、私は妻と共に弟夫婦を連れて、トトネス周辺のとっておきの街ダートマスやチャグフォード、そしてダートムーア国立公園を案内しながら、その地の美味しいと評判のお店に行った。どこも一見したところ、いかにも田舎のレストランといった風情なのであるが、その土地の風景に溶け込んでいて、味も素朴ながら十分に満足なものだった。イギリスの食事にあまり期待していなかった弟も、イギリスにも美味しいものがあるのかと、感心して日本へ帰っていったのであった。



小粒で味わいの高いジャガイモ

 さて、大学の食堂でイギリスの伝統食といわれた“ジャガイモ”なのであるが、実はイギリスや隣国のアイルランドでとれる“ジャガイモ”は、日本の“お米”に相当する長年の知恵と努力を注ぎ込まれた作物なのである。
 この話しをしてくれたのは、地域通貨や地域自律型経済の研究で世界的に知られ、日本でも地域通貨に関する書物が翻訳出版されているリチャード・ドゥースウェイト氏であった。彼は、地域で消費する基本的な食品の多くは地域で生産すべきであるととなえ、彼自身もジャーナリスト、経済研究家としての仕事の傍ら、自ら無農薬有機栽培の作物を作っている。


リチャード・ドゥースウェイト

 その彼が、ジャガイモだけは、最も技術が難しくまだ成功していないというのである。

 ジャガイモは、日本ではビニール袋に入れられて売られているが、イギリスのスーパーでは、秤売りかそうでなければ10Kgから20Kgくらい入る大きな麻袋で売られている。まさに日本の“米”と同じ感覚で売られ、最も基本的な食材の一つである。
 イギリスのジャガイモは一般的に日本のものより小粒であり、しっとりしていて、自然な甘味も多い。マッシュポテトにしようとすれば、弾力とねばり強さがでてきて、固めのクリームのようなしっかりとしたものができあがる。味はというと日本で食べ慣れていたものと違って実に美味しい。
 日本に帰ってきてジャガイモの味に満足できないのは、きっと私だけではないだろう。今にして思うと、学友のロビンが“ジャガイモ”を伝統食と言った裏には、もしかしたらイギリスのジャガイモに対する誇りがあったのかもしれない。

デボン地方の家庭の味“チーズマカロニ”

 実は、私がイギリス滞在中に本当に美味しいと思った料理は、大学のキッチンをまかされているポンソンビーさんが教えてくれたチーズマカロニであった。新鮮なチーズとミルクを使って、あとは玉ねぎを良く炒めて塩、胡椒するだけで味づけするこの料理は、デボン州では結構良く食卓に出る一品なのだそうである。

 ポンソンビーさんは、さりげなく一工夫していて、細かく挽いたパン粉を小麦色になるまで炒めたものに数種類のハーブとチーズのすりおろしを混ぜて、焼く前のチーズマカロニの表面にうっすら満遍なくふりかけていた。それをオーブンで焼くと、それがぱりっとした薄皮となり、実に香ばしいチーズの香りが厨房中にいっぱいに漂うのであった。特に冬場の寒い季節には、冷えた身体をぽかぽかと暖めてくれるばかりか、なぜか心までも温まってくるから不思議である。

土地の風土に合った、素朴なおいしさ

 一般に美味しいものは、ある水準を越えていれば、誰が食べても、どこで食べても、それなりに美味しさに変わりはないような気がする。質の高い良く出来たワインなどはその典型であろう。
 しかし、私がイギリス滞在中に、本当に美味しいと感じ、また食べたいと思った料理は、その土地で芽生え、どちらかというといたって素朴なものが多かった。
 マクロビオティックの考え方のなかでも、季候と、住む場所の風土と、その人の心身の状態にあった食べ物を食べることの大切さが教えられているが、それらは裏を返せば、人が本当に美味しいと感じる基本的な条件でもあるに違いない。

 イギリスの料理にはフランス料理のような華やかさはないし、中華料理のような活気溢れる料理でもない。世界の中でも地味な部類に入るといっても過言ではないだろう。
 しかし、そのイギリス料理の素朴さこそが、逆に大きなメリットとなることも有る。素朴な料理は、私達に食べることのより本質的な喜びを思い出させてくれる。そして、身体や心に生きる活力を与えてくれることもある。そういったところが、イギリス料理の最も魅力的なところなのかもしれない。
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