シューマッハカレッジ留学記

英国トトネスにあるシューマッハカレッジ。その在りし日々とイギリスのオーガニックな暮らしを記録した留学記です。

9.シュタイナーを基本にしたコミュニティー

2022-12-18 | 9.シュタイナーコミュニティー


トトネス郊外にあるシュタイナー学校

シュタイナーコミュニティーが点在するトトネス郊外

 シューマッハカレッジから北の方向に車を走らせると、道はなだらかな丘を上がったり下がったりしながら、左右に畑や牧草地の続く美しい田園風景を通り抜ける。小麦畑やトウモロコシ畑の間には、古い石づくりでできた農家が点在する。この地方では自然から作られた白い塗料がぬってある白壁の家が多く、それが田園風景を一層印象深くさせてくれる。

 川には、物語に出てくるような古い石橋がいくつも残っており、今も一般道として使われている。同じ形の橋は二つとなく、それぞれにユニークな形をしている。そのような橋をわたり、そこから6~7分ほど道なりにダート川のほとりを走ると、バックファストレイという小さな街に出る。ここには美しい聖堂をもった教会があり、夏場には多くの観光客が訪れる。
 
 実は、シューマッハカレッジの近くから、このバックファストレイの街にかけた約3キロの地域は、シュタイナー教育で知られるシュタイナーに関連する施設や、その考え方を基本にした農法を行っているバイオダイナミック農場が点在し、それらに関係する人達が多く住む一帯であった。

 シュタイナーの考え方に沿って、身の回りの出来事をじっくり見つめなおしてみると、なるほどとビックリするような再発見がとても多い。これは、かつてマクロビオティックを知り、それまで気付かなかった多くのことを学んだ時のことと良く似ている。

 シューマッハカレッジには、私と同じようにマクロビオティックを経て、シュタイナーを学んだ先達がいた。ちょっと赤茶けた髪をした陽気なおばさんのウェンディ-さんである。

 彼女は、シューマッハカレッジに来る前には、シュタイナーの考え方を教えているエマーソンカレッジで学び、その後シューマッハカレッジにボランティアとして住みながら、近くのプリマス大学の大学院でシュタイナーの考え方をより深く研究していたのだった。

自然の中に建つシュタイナー学校

 ある日ウェンディ-さんが、近くのシュタイナー学校が一般にも開放されるから一緒に行こうと、妻と私を誘ってくれた。そのイベントは、これから子供をシュタイナー学校に入れたいと思っている人達を主な対象に、学校とそこの在校生の親達が共同で、学校の理念や運営の仕方を説明するほか、学校の施設も一般にオープンにして、広くシュタイナー教育を知ってもらおうとするものであった。

 シュタイナー学校は、シューマッハカレッジから車で数分の森の中に、美しい緑に囲まれて建てられていた。

 このシュタイナー学校には幼児から16歳までの約300人が通っている。敷地に入ると広い駐車場があって、その奥になだらかに上って行く斜面にそって5棟くらいの校舎が建っている。

 最も手前の校舎は幼年期から小学校低学年頃の子供達のための校舎であった。その内部は、日本の一般的な教室の半分くらいの大きさの部屋がいくつもあり、各部屋は各年齢の子供に合わせたパステル調の色に塗られていた。部屋の大きさと置いてある椅子の数からすると各クラスの人数は多くて10人から20人くらいの様子であった。

 敷地の中央には、典型的なシュタイナー建築様式ともいえる独特な形のホールが建っている。デザイン的には一見無骨な感じがするのだが、これも全てに理由があってのことらしい。窓枠などの材料には、自然の幹の形をそのまま残したものが使われており、それが建物に柔らかく温かみのある表情を与えていた。

 建物と道以外の敷地のほとんどは草花と木々で覆われており、緑がとても豊かである。運動場はまさに草原そのもので、競争するためのトラックもなければ、白い直線さえもひかれていない。なだらかな緑の丘陵が、そのまま子供達の遊び場なのである。

大切な想像力を育む教育

 一般的なシュタイナー学校では、特に幼児期の子供に対しては、子供の自然な欲求を尊重し、想像力を十分に育むことをとても重視している。また、実際の距離感や感覚を伴なわないテレビやビデオ、映画やスピーカーなどの機械音声よりも、出来るだけありのままの自然な音、色、物に触れさせ、正しい身体感覚を見につけさせることに気を配っている。 もちろんここの学校もテレビやビデオなどの機器はあまり見当たらず、遊具などもその殆どが自然素材で出来たものであった。

 幼児期からの早期教育や親が強制するスポーツなどは、子供の健全な心身の成長や自発性を阻害することから、シュタイナー教育ではあまり勧められていない。早期教育よりも、むしろ幼児期にその基礎ができるといわれる想像力を育むことをとても大事にしている。

 想像力が十分に育たないと大人になった時に、人の気持ちや助けを求めている人の状況が理解できない。自分が困難に突き当たっても、それを解決する方法を思いつく事が出来ない。人を勝手に好きになる事はできるが、その人の奥深さを理解できずに、長期的なよい関係を築くことが難しいと言われている。つまり想像力が十分に育まれるかどうかということは、その子の人生が幸福なものになるかどうかを左右する一大事なのである。

個人がお金を持たなくても生きられる共同体

 ウェンディ-さんは別の日に、バックファーストレイの郊外にあるシュタイナーコミュニティーの一つであるキャンプヒルにも連れて行ってくれた。そこはバックファーストレイの街に隣接した牧草地と森の間をぬけたところにある、20~30軒くらいの綺麗にまとまった小さな集落であった。

 キャンプヒルとは、世界各地にその拠点があり、障害者とともに共同生活を行い、シュタイナーの考え方を基本に運営されているコミュニティーである。バックファーストレイのキャンプヒルでは、80名ほどが共同生活を営んでおり、バイオダイナミック農場の他、羊毛製品、陶器などを作ってその資金としている。

 ここでは仕事をしても特に給与は支払われない。しかし、それぞれがお金を必要とする時には必要なだけ使える様になっている。従って、個人個人はお財布と言うものを持っていない。そのかわりに一つの財布をコミュニティー全体で共有しているのである。

 個人がそれぞれに自由を主張するならば、共同体のようなところで一緒に生活を営むことは難しい。かと言って、自由を束縛され確固とした規則に従うのも、現代の人々にはなかなか馴染めないものがあるだろう。

 シュタイナーは、ある本の中で「自由」と「共同生活」のことについて述べている。強引に短く言うならば次のようなことである。本当の「自由」には2つの側面があり、一つは強制される規則や義務に束縛されていないこと、もう一つは自分自身の執着、不安、思い込み、過剰な欲望からも自由であることだそうである。その二つを獲得した本当に「自由」な人達は、自然な成り行きとして、誰でも自分の内面の最も深いところにある「愛」そのものを生きる指針とすることから、道徳的な違いやぶつかり合いは存在せず、お互いが他人の意見をよく理解し、それを活かしてあげる生き方をするのだそうである。

 「愛」が全ての人の根底にあり、自然界の共通の基盤であると言う点では、前章に登場した認知科学の世界的な権威でもあるマチュラナ博士も同じことを言っていた。結局、そういった生き方をしている人、あるいは目指している人が集まるコミュニティーでは、一つの財布を皆で共有するといった現代社会ではまるで離れ業に見える様なことが、ごく自然な成り行きで出来るのである。

エコロジカルなコミュニティー

 このキャンプヒルの敷地の中には、直径が20メートルくらいの美しい池がある。これは単なる池ではなく、このコミュニティー全体の雑排水を浄化する為に作られた人工の池なのだそうだ。池の周囲には多様な草花や水草が植えられており、まるで妖精が出てきそうなほど美しく、静かで、豊かな生命感が感じられた。

 また、池の入り口には階段状に皿が繋がり、水がリズムを打ちながら上から下に流れてくる仕掛けもつけられていた。これには、その水の動きによって水が浄化される作用があるらしく、ヨーロッパでは所々で見かけることがある。電力や薬剤など一切使用されていない、自然の力だけを用いた美しい浄化施設がここにあった。


自然の力だけで汚水を浄化する池

セルフ・ヒーリング ~ サウンディングボール

 これ以外にもウェンディ-さんとは、バックファーストレイに住むサウンディング・ボールの製作者の家も訪れた。サウンディング・ボールとは、30センチから50センチの木の幹をくりぬいて作った弦楽器の一種である。



 古くにヨーロッパで使われていた5音階に調律されたこの楽器を弾いてみると、弦の音が木の器に反響し、まるで木の精が語りかけてくれているような深い響きが伝わってくる。この楽器は他人に音楽を聴かせるというよりは、その音色は弾いている自分自身に戻ってくる形になっている。しかも自分の身体の奥にまで届くように響いてくるのである。

 従って、この楽器は精神疾患の患者さんの治療などによく使われるらしい。自分が爪弾いた音やリズムには、その時の自分の心身の状態が織り込まれている。その音を自分自身が身体で受けることによって、身体自身がその時の自分の心身の不具合の様子を再認知し、それが正常に戻そうとする自己治癒能力を活発にするきっかけになると考えられている。これはホメオパシーが効くといわれる仕組みと良く似ている。このサウンディング・ボウルを作っているケイさんも、小さいときからシュタイナー学校に通った一人であった。

シュタイナーとマクロビオティックの融合 「FOODWISE」

 さて、私達がいろいろとお世話になったウェンディ-さんであるが、彼女は今年の5月に、これまでの経験と研究の成果を集大成した「FOODWISE」という本を出版した。マクロビオティックの考え方とシュタイナーの考え方との両面から、「食事」「栄養」「農業」のあり方について述べたものである。

 多分、マクロビオティックとシュタイナーとを同時に、しかも本格的に取り扱ったものは珍しいのではないだろうか。何年もかけて両者を学び、自らの体験を通じたウェンディ-さんならではの素晴らしい仕事である。現在、様々な国に呼ばれて、講演活動や指導を行っている。

 私自身は、シュタイナーの考え方を全面的に受け入れているわけではないのだが、そこには私達が見失っている大事な事が実に多く含まれており、決してないがしろには出来ないものだと感じている。マクロビオティックを縦軸とすると、シュタイナーは横軸として、それらは私達がより自然と調和し、健康にすごすための智慧の羅針盤ようなものに違いない。

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Wendy Cookさんの本

FOODWISW

AmazonよりCookさんの略歴
WENDY COOK is a writer and speaker on nutritional issues. The first wife of satirist Peter Cook, she gained a reputation as a hostess in the 1960s and 1970s. Born in 1940, she studied art at Cambridge where she met Peter Cook. Later they lived in London and New York during which time Wendy developed cooking and entertaining as her creative motif. When their daughter Daisy developed asthma and conventional medicine had little effect, Wendy began a journey of discovery of complementary treatments and alternative ideas. She studied macrobiotics as well as Rudolf Steiner's approach to nutrition and agriculture (biodynamics). Having discovered how life-changing nutrition can be, she devoted herself to cooking and teaching in clinics, communities and schools. More recently she was resident at Schumacher College while simultaneously studying for a degree in Waldorf Education at Plymouth University.