Graceのスピリチュアル日記

ささやかな日常とスピリチュアルな出来事。その中で得た気づきなどを楽しくシェアする日記。

 大洗磯前神社 (常陸参り その7)

2008-08-20 16:35:47 | Weblog
目の前にあまりにも大きな鳥居がバーンと立っている。海に向かって威圧感を感じさせる程の堂々たる鳥居である。
思わずくぐる時に、下から今一度見上げてしまった。真昼の太陽が丁度鳥居と重なって眩しい。

(オトタチバナヒメ神社が丘の上にあるというなら、ここは山の上と言ってもいいかな?それほどでもないか…。)
深い緑の木立の中を登っていくと涼しい風が吹いてきた。気持ちいい。

石段を登りきると、視界が開け、見るからに立派な中門の向こうに、なんとも優美なご本殿を臨むことが出来た。
ドンドンと太鼓の鳴る音が聞こえ、若葉色のお召し物を身に付けられた神官さまが、中から出て来られた。
不思議なことではあるが、こういう旅で神社を訪れると、何故かいつも太鼓の音や神楽、巫女さんの舞い、祝詞などと出くわす。


手を清め、口を漱ぐ水も、清らかで美しい。

(きっとこの水は飲めるぞ。)

と思ったけど、流石にその時は飲むのはやめておいた。


中門をくぐると、其処はまた、別天地のように気の通った素晴らしい場所だった。なるほど友人が言っていたとおり、
女性的な柔らかくて優しいエネルギーに満ちている。

早速御祭神のオオナムチノミコト(大黒さま)とスクナヒコナノミコトにご挨拶申し上げる。
私としてはオオクニヌシノミコトと申し上げた方が馴染み深い。

オオクニヌシ様は喜んで迎えて下さったあと、ゆっくりして行くように仰せられ、その上贈り物まで下さった。
私が見るに、能装束のようだ。細面の女面と赤地に金銀をあしらった豪華な刺繍が施してある。

(これをどうするのかな?!)と思っていると、

『これは汝を護るもの。危険を感じた時はこれを身にまといなさい。きっとお前を守ってくれるであろう。』とおっしゃられた。

ありがたく頂戴する。


よくよく考えてみれば、今までも様々色んな神様から贈り物を頂戴しているのだが、私の罰当たりなところは、
もらったことを、忘れていることにある。イケナイ、イケナイ。

宝の持ち腐れとは私のことをいうのかもしれない。活用しなきゃ意味がないんだから…。

そんなことを考えながら境内をブラブラ。あんまり気持ちいいので、
この神社の何かを買って帰りたいと思ったが、お守りの類は神様が喧嘩なさるのではと思うくらい家にたくさんある。
粗末にするといけないので最近は買わないようにしている。

ふと、〔ご朱印〕の文字が目に留まった。そこで社務所の巫女さんに恐るおそる聞いてみる。

「ご朱印はメモ帳には押してもらえませんよね…?」


巫女さんが嫌がりもせず丁寧にご返答下さったところによると、ご朱印を押してもらうには専用のご朱印帳がいるらしい。
でも一度買うと、どこの神社へ行く時も持ち歩いて行かねばならなくて面倒なので、あまりお勧めしないということだった。


ご朱印をあきらめて、また暫らくブラブラ。本殿脇の奥にも趣き深いお宮を見つけ参拝。ともかく気持ちいい。
再び本殿前に戻り、お賽銭箱の横に並んでいる3匹の石の蛙が可愛かったので、
表に出て来られた先ほどの巫女さんに、お尋ねすることにした。

「この蛙はなんか謂れがあるのですか?」


巫女さんは笑いながらお答えになる。
「いえいえ、これは信者の方が奉納されたもので特別謂れはございません。
しいていえば、筑波山のガマに因んだものでしょうか。
筑波山は、〔♪ガマの油をちょっとつけて〕の、ガマ蛙で有名なんですよ。」

「へえ~、そうなんですか!」

何だか気が合い、話が弾む。このお宮に関することもどんどん話して下さる。



平安時代の856年のある日、現在ご祭神となられている2人の神が、地震や疫病に見舞われている人々を救うため、大洗の磯に石に化身してご降臨になられたことが始り。それ以来その石がご神体として木箱に納められ、神官といえども、その石を実際にご覧になったことはないのだとか。お掃除の時に箱ごと動かしたりはなされるのだけれど、2人がかりでかなり重いとのこと。そして翌年の857年に官社に列され関東一円の総守護神となり、《大洗磯前薬師菩薩名神》の神号が贈られたらしい。その後1度消失の難に見舞われ、徳川光圀により再建された。

巫女さんの推察では、焼ける前はお薬師さんとして名高く、相当大きな神社で、大変人々の信仰を集めていたらしい。
阿弥陀如来は西方浄土、薬師如来は東方浄土を治めることをかんがみても、常世の国〔浄土〕といわれた東の国、常陸の、
薬師をお祭りする大規模な神社であったことは想像に難くないというのである。

(お薬師さまなら境内の女性的なエネルギーも納得だ。さもありなん。)

だけれど現在は薬師が省かれてしまっている。その頃の記録が一切ないので、神社の方でもご由緒がよくわからぬところがあり
困っているのだそうだ。

どうも光圀の時代に神社の勢力を削ぐため?か、お薬師の部分が消されてしまったらしく、
そして国神である、オオクニヌシノミコトが主神のため、ここでも、国譲りの神話にならい、
天孫側である鹿島神宮の方が、格が上に扱われているようなことも…。

いつの時代も、権力を握る者の手によって、都合よく歴史は塗り替えられて行くのだ。

「でもこの美しいお社を建てて下さったのは光圀公ですから、文句は言えません」と巫女さんは微笑まれた。


「そうなんですかぁ。」お水もキレイみたいだから、その昔はお薬師さんの霊験あらたかなお水として、
人々の病を癒していたのかもしれませんね。」
と私が口にすると

「今でも皆さん、水を汲みにいらっしゃいますよ」と涼しい顔でお答えになる。

「えっ?! 水があるんですか?」と驚く私…。

「ええ、ここのお水は私たちの飲んでいるものも加えてすべて、地下から井戸で汲み上げています。
社殿の中に水場がありますが汲んで行かれますか?ご利益としては眼病に良いとされていますよ。」

「えッ!目にいいんですか?」

…とここで、遂に私は黙っていられなくなった。

「あの、変なことを言うとお思いになるでしょうが、実は私、少し霊感がありまして、
今回熱田神宮の神様に言われて常陸に来たんです。
その際、熱田のお水を持って行くように言われまして、そのお水も目にいいお水だったんです。
午前中にはオトタチバナヒメ神社に行ってきたところで…。」
ドキドキしながら一気にしゃべった。胡散臭くみられるかなと思いながら。

こちらの不安を他所に、巫女さんはうんうん頷いて、

「そうでしたか。常陸は熱田の御祭神の、ヤマトタケルノミコトとも縁が深い所なんですよ。ミコトが袖を浸したということで、
ヒタチと呼ばれているとも言われていますからね。ヤマトタケルノミコトに因んだ場所もたくさんあります。
でもオトタチバナヒメ神社を知ってる人は少ないですね。
オトタチバナヒメ神社は、もともとは光圀公が、天妃神社として創建されたものを、その後の時代にオトタチバナヒメ神社に祀り変えられたものなので、地元の人達の間では今でも天妃さんで通っていて、海で船を守ってくれる神様として信仰されてるんです。天妃さんは中国の神様ですけどね。」

「中国の神様ですか!熱田神宮も立っている場所が、蓬莱島だという謂れがあって、
水を頂いて来た場所が楊貴妃の墓の跡という言い伝えもあるようなんです。天妃の妃は楊貴妃ではありませんよねッ?!」

…ここまで来ると、ちょっと空想の世界である。


「楊貴妃とは違うと思いますけど…。さあここから中へお入り下さい。」

途中から歩きながら話していたのだが、突然社務所の中にいざなわれて、ちょっと面食らった。
普通の人間が入っていいのだろうか…。

巫女さんに大丈夫です、皆さん入られます。と言われやっと中に。


回廊を曲がった先に廊下から少し下げて、幅1メートル程の立派な水場が作ってあった。
庭園ふうに組まれた石組みの上に龍の体を通して水が流れでている。ライオンの口ならぬ龍の口から流れ出る神水。
早速、さきほど河で空にしたペットボトルに一杯いただく。


そうして自分は、外のお清めのところの水を、ごくごく飲んだ。甘くてとても美味しい。すーっと身が清められていく気がする。


その様子を遠くから眺め、待っててくださる巫女さん…。
近づいて来られると

「これ、この神社のパンフレットとかなんですけどどうぞ。」
と冊子をいくつか下さった。そして、
「実はご案内したい所があるんです。診ていただきたいものがあって…。」



…巫女さんの話はまだまだ続く。
ここからの出来事がこの日のメインとなるのだが、今日はここまでにしよっ!

明日もがんばって書くから今日は終わりにしましょう、ね?神様。



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