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ずっと資源関連やってます

レッドソックス マニー・ラミレス

2007年10月20日 03時29分17秒 | 野球
ベケットの好投でレッドソックスがボストンでの第6戦に持ち込みましたね~

っていうかベケットのボール、マジでキレがいい切って投げるみたいなカーブも落差あるし、さすが20勝しただけある♪









松坂が第7戦での登板かって話もあるし、ベケットがいくかもしれないって話もあって、松坂先発で調子が悪かったら2、3回でも即ベケットの投入かなーって思う松坂にベケットの出番がなくてもいいように、次回は頑張ってほしいけど



ベケットもさることながら、俺が崇めるレッドソックスのメンバーにマニー・ラミレスってカリスマがいます 





稀代のカリスマ Manny Ramirez


野球好き&メジャー好きなら知ってると思うけど、レッドソックスの5番で通産ホームラン490本の超有名ドコの外野手で、今年の年俸は1700万㌦=大体年俸20億円…


松坂で7億弱、岡島が1億強、守護神パペルボンやヤンキースの王建民はまだ年俸4000万前後の中でもずば抜けてる彼。


このポストシーズンで4本塁打するメジャー屈指の好打者なんもあれやけど、ラミレスは神がかり的に自由奔放な選手なことで有名で、昨日の試合でも長打を打った後、ホームランかと思ったのかゆっくりと走り出して、フェンス直撃の打球でも一塁までしか行かない。。。オルティスって巨体な選手が一塁にランナーでいて、そのラミレスの打球でホームインしてるのに・・・・

この打球で解説者は

『ラミレスの走塁は異常だ!!!』

と叫びまくり…普通、完璧なホームランじゃない限り全力疾走、もしくは近い走塁するんやけどね。。


ラミレスのエピソードを幾つか:


基本外野の守備が怠慢で、外野に打球が転々としてるのにランニング感覚で打球を捕りにいき、よく内野手に適当に返球する。


イニングの最中に投手交替が行われると、レフトの守備位置から用を足す為に球場内のトイレに行くのは日常。

一度、ピッチングコーチがピッチャーに話しに行っただけなのに交替だと思ってトイレに行った→試合再開しようとしてもラミレスがおらず再開できず


ラミレスのサングラスにはMP3ミュージックプレーヤーが装備されており、サングラスをかけて守備しているときは音楽を聴いている


外野の守備に行くときに、水のボトルをポケットに入れて守備に行くこともある


ダブルプレーになりそうな内野ゴロを打った後、全く一塁方向に走らなかった


基本的にいつもチームにトレード志願をしている(けどインディアンズからレッドソックスに移っただけ)


スタンドのウェーブを、外野の守備位置で一緒にやっている


家庭の事情で春のキャンプに遅れると申し出て、レッドソックスはてっきり母の面倒を看ていると思いきや、有名な中古車オークションに参加していた


ユニフォームのズボンの裾がやたら長い


スライディングした際に15000㌦のダイヤモンドのイヤリングを無くす


代打に行けと言われるが断り、監督を怒らせた


トレード話がもつれ、結局レッドソックスに残留することになったときのコメント


"Forget about the trade, man. This is the place I want to be, man. It's great, man. They love me here, man. This is the place to be. 'Manny being Manny,' he's great, man... we've been through a lot, this is the place for me, I'm just happy to be here... I'm back!"


イージーゴーイングな発言&やたらmanを語尾に付ける。





と生き様がカッコイイ



とこんなマニー・ラミレスですが、球場には早く到着して練習熱心だったり、常に身体のケアを怠らないなど選手には尊敬される存在みたいです



松坂報道が多いなか、もしまだレッドソックスが勝ち残るようであればマニー・ラミレスにご注目あれ



ドアラを見て死ね

2006年10月07日 13時13分02秒 | 野球





バイオレンスな題名も趣ありげ

ドアラって当たり前に言ってますが、名古屋に生息してる青いコアラです。中日ドラゴンズを応援してくれてます。

“東海圏出身もしくは在住♪”
“コアラマニア★”
“キモカワ系に興味あり☆”
“野球が好きだ!”
“ひまな子”
“軽快に動けるようになりたい人”


幾つか当てはまるなら、鑑賞をご検討くださいませ。

ま、カリスマという言葉を担っている生物。よかったらどうぞ★(2本目は普通の試合中での実際の動き。P.S.ちょっと古いけど、ごめんじぇい。


http://www.youtube.com/watch?v=3nMTHN9xF9Q&mode=related&search=


http://www.youtube.com/watch?v=nQiVlK7ySB0&mode=related&search=

早稲田実業優勝

2006年08月21日 15時16分55秒 | 野球
両チームともお疲れ様でした。

ただ斎藤投手の精神力と投手力に感嘆するのみでした。

ただ淡々とキレのいい直球・スライダー・フォーク・カーブと投げ込み抑えていく姿は素晴らしいとしか言い様がないっすね。

彼が淡々としているのは、ピッチャーはそうであれと促されたからだそうです。
優勝した瞬間のガッツポーズや試合後に涙を流しながらのキャッチボールと、無表情にみえる裏には強い精神力があったんじゃないでしょうか。

9回に4-3と接戦になりましたが、駒大苫小牧相手に24回を投げきった斎藤投手を讃えたいと思います。

球史にも記憶にも強く残る2日間の素晴らしい試合でした。

津vs白子 結果:2-6

2006年07月19日 04時05分56秒 | 野球
昨日、高校野球三重大会で津高の試合がありました結果は残念ながら2-6で負けてしまいました

初戦ってあっという間に過ぎた気がするし、自分たちが思い描いている戦い方をするには難しい試合だと思う。独特の雰囲気ってのがあるし・・・

半分のチームは初戦で敗退するわけで、初戦敗退っていう言葉は恥ずかしいものではない。三年間やったことを誇りに思ってほしいと思う。

今日のブログはやや辛口でいきます。

負けても、なんとなく理由つけがちな津高の傾向が変わらないと、このまま普通の高校のままだと思うし。

勝つことにこだわらない限り、上にはいけないと思う。でも勝つって想いが全員持っているのはどのチームでも同じ事。
大事なことは、その想いをどう野球に繋げるか、それを野球で実践しない限りただ想ってただけで終わると思う。
想いが強いだけでなにもしないと、それで体が上手く動かないってこともあると思うし

今年の試合を見てて、それが実践されていなかったと感じたかな
格が上だった白子に勝つには、ただ投げて守って、打って走ってじゃ勝てるはずなかった。

初回からビハインドの展開。序盤は見てないけど、点を取らない限り勝てないんだから、打つバッターの一人一人が何か考えて打席に立ったのか。
うちの野球部に知ってる人は知ってると思うけど、最終学年はあんまり点が取れないチームで投げてたから、ただ打席行って何も考えずに討ち取られるバッターは味方だったら期待できんかったし、一方で相手だったら投げやすかった。

例を挙げるとレベルが低いとこから:



ランナー2塁で右方向にゴロが打てない(打たない)バッター:

高校レベルでこれができないバッターは試合に出てこないと思うし、ありえないと思ってもありえまくったし。



2ストライクになっても同じままのバットのグリップの位置で持ってるバッター:

これも理解できない。っていうか追い込まれてそのまま持って打てるレベルのバッターは津高にいるかいないかだと思うし。夏の最後の大会でそれをやってるバッターは何も考えてないと言っても過言じゃないと思うし。三振から何も生まれない。



ピッチャーを観察できない(しようとしない)バッター:

当たり前だけど、直球&変化球の決め球、直球&変化球のボール球の外れ方、ストライクを取りに行く球、投球練習を含め何十球と投げてるんだから、あれには気をつけるべき、あれを打ちにいくべきだって思っていない、打つのをイメージしてこないで振ったら打てたみたいなバッターは怖くないし。
あと投げ方にも注目したら、投げてこないコースもわかるし、今回の白子のピッチャーはその最たるものだったし。



同じようにキャッチャーを観察しないバッター:

バッターが構えながら横目でキャッチャーの位置を確認することは当たり前のことで、キャッチャーは見られてると思ったら違うとこに構えなおすし、ピッチャーはバッターがキャッチャーを見たと思ったら意図的に構えと違うとこ投げるんやし。
あからさまに見なくても、影や音でインコースかアウトコースか感じれるんやし、ピッチャーだけにらんでるバッターは、投げるのも楽だったものです。



キャッチャーに自分の打ちたい球を投げさせられないバッター:

バッターボックスが四角くあるわけで、その位置を判断してバッテリーが攻めてくるわけで。ベースに近づいて立ったらアウトコースが真ん中になり、インコースが打てない距離になるわけで。
しかしインコースがちょっと外れるとデットボールになるし、アウトコースはバッターの真ん中になってまう。それだけでなくバッターが足をステップアウトしてインコース狙ってるかもしれない。キャッチャーも考えるし、ピッチャーも迷う。初球からステップアウトしたら意図がばれるだけのおバカちゃんになっちゃうんで、2.3球はそのままアウト狙いで、キャッチャーがインコースに攻めてきた(ひとつ前の)確認してインコースをひっぱたく。




少なくとも俺はこれを意識してやってきたし、誰に教えられたわけでもなく、塁に出るためにはどうしたらいいのかって考えた結果。




白子戦でバッターができたことは・・・


まずピッチャーがサイドスローでコントロールがあまり良くなかったということ。アウトコース中心でインコースの厳しいコースには投げられなかった。
したがって全員がベース寄りに立ってアウトコース一本で絞ること。それに空振りするような決め球はなかった&雨の降る悪天候だったから早打ちは避けるべきだった。スピードも普通だったから、ピッチャー寄りに立ってより投げにくくすることも可能だったはず。



夏の大会は明らかにバッター不利。スタンドはバッターを音楽つきで応援し、その中でピッチャーには仲間の声もほとんど伝わらないんだし。攻撃陣が良かったらピッチャーも落ち着いて投げられるし。


相可に8回まで2点に抑えてても、味方が点をとってくれないってのは正直しんどかったな~。




夏休みに練習に行く機会もあるだろうけど、何かステップアップできるきっかけを伝えられたらと思います。

3年過ぎました

2006年07月16日 15時28分54秒 | 野球
三重県の高校野球の大会が始まってます

明日(17日)には津vs白子バイトもないんで応援行こうと思ってます

俺がアンチ坊主頭を謳って出場してから3年最近だったような、めちゃ昔のような・・・

試合の2時間はあっという間だと思うし、後輩には後悔の念が残らないよう頑張ってほしいっす

っていうか、誰かきて行く人おらん・・・

イチロー&城島&井口

2006年05月07日 17時51分48秒 | 野球

数日前ですが、マリナーズvsホワイトソックスをシカゴで見てきました

 

メジャーって球団数多いし、こんないいカードがシカゴであるっていうのは滅多にないんで、行くか!!ってことになりまして。。。

 

 

 

っーか、

 

 

 

 

 

 

 

めっちゃよかった!!

 

 

 

夕方に出発したんだけど、シカゴと1時間時差あるし、微妙に早く着いて暇プ~で、だと言って時間潰すとこもなく。

 

しゃ~ないから球場入ったれと思ってチケット買って入ると・・・・

 

 

マリナーズが練習しとる!

 

 

 

うそーん!

 

 

っていうか、アメリカの球場って内野席や外野席を自由に横断できる(いちいちチェックする係員なし)んで、いっきに内野の最前列へスタンドを駆け下りる俺

 

一ノ谷での義経状態☆

 

 

っていうか、スタンドとグラウンドの間にフェンスが無い

 

めっちゃ近い

 

イチローがそこら辺走ってるし、ベンチの中も覗けるし、テンションマジ

 

こんなにテンション上がったのは久しくねぇべ

 

試合はシーソーゲームちっくだったけど、ホワイトソックスファンの為の試合内容でした

 

ホワイトソックスが6回に満塁ホームランで先制 4-0

 

マリナーズが逆転して 5-4

 

ホワイトソックス、9回2死から代打のオツーナが同点ホームラン 5-5

 

延長11回にホワイトソックス、サヨナラ勝ち 6x-5

 

イチロー5タコだったけど、井口も城島もヒット打ったんでOK☆

 

井口のホームランもどき、ダイビングキャッチされた城島の左中間の当たりと、日本人プレーヤー、沸かせてくれました

 

写真はちょっと多いけど

 

http://photos.yahoo.co.jp/hazelthecat2006

 

に載せました☆

 

アルバム行って→メジャーリーグ→スライドショー(ピンクアイコン)→フラッシュなし

 

ってのが一番楽に見れます

 

暇プーなら覗いて行って下さい


vs ベネズエラ

2006年04月10日 15時36分14秒 | 野球
約1年ぶりに野球の試合をしました☆去年に何回か試合したことあるベネズエラの人らと

ま~ベネズエラというよりラテンチームかな?プエルトリコも2人いたから

ん~、アメリカ人(Yuuyaを含む)も3人いたし、

90%日本人 vs 南北アメリカ・ややベネズエラ

と試合したってかまースコアは、18-8

やや野球を逸脱したスコアでしたが、野球です

ミシガン州、野球が盛んとは決して言えない土地柄なんで、野球するってことは想像以上に難しい前回開催から1年かかりました(笑)

WBCの影響もあり、相手方(友達やけど)からは賞賛の声を多数頂きました王さんありがとう

ちなみに試合内容は

『久しぶりに野球したおっさん達の試合』

ってことでご了承くださいませ


投げたよ~4回くらい。

あんまり変わってなかったけど、なにせ『投げる』って動作してへんから、ま~おっさんですね☆

マウンドが無かったから、傾斜を使えず&体重移動使えず・・・

昔から平らなとこから投げるの好きじゃないんだよな~

肩で投げんと投げれんから、マウンド無いのはちょいと負担。


保育園のときからずっと受験期だろうがなんだろうが肩を使ってきたんで、

社会人とかになって〝第2の野球じんせー〟

ができるよう、中1ヶ月とか中1年というローテでいきます


WBC 総評

2006年03月24日 05時29分30秒 | 野球
総評っつても全部の試合見てないけどね

今回のWBCで俺が思ったこと、書いてみたいと思いますまぁ、そのうちYahoo! Japanのスポーツコラムに載ると思うけどね☆

まず攻撃面。

どのチームも大きな差は無かったかと。日本の川崎、西岡、イチローのトコは異色だったけど。ホームラン数は、バッターの意識の違いからで、パワーとミート力を差し引いてアジアとアメリカや中南米はいい勝負じゃねぇ?

んで守備面。

DH制が導入され、守備に就くのはある程度のレベルばかり。基本的に走攻守の三拍子揃ってるのばっかだから、ここも差がでない

そんで投手陣。

ここですね。WBCに出てる選手を抑えるレベルの投手陣。ここで差ができたかなと。韓国、日本と4強に入ったのは上記のレベルに近い投手を送り込んだから。

例えば松坂や渡辺。んでコントロールで上原

渡辺の変則は、メンタル面さえ安定なら大きな戦力だし、松坂と上原のストレートが他の選手と違ったと思う。低めから伸びてくるからバッターの始動が遅れるし、審判も手が挙がりやすくなるんで、有効でしたね。それにスライダーと落ちる系を双方持ってたんで、安定した結果を残せたんだと思う。

他の投手陣は、あくまでも普通のプロ投手レベルだったかな~と大塚もいいバッターには見極められたと思うね、あのスライダー。

欲しかったのが左の中継ぎ。ストレートでどんどんいけるタイプがいいんだろうけど、メジャーリーガーに通用するほどの選手はいないと思うから、岩瀬みたいなのが欲しかったかね。岩瀬が外国人選手に投げているとき、あのスライダーにアホほど空振りしてるし、何より右も左にもあのスライダーは有効だと思う。


アメリカが負けて、日本が優勝して、メジャーのレベルを大きく履き違えている方々。


アメリカ大したことないなと思っている人々。


バカか。


メジャーリーガーもピンきりだし、何より投手陣がベストじゃなかったと思う。

あとメジャーの投手の中でも、日本人が打てないタイプってのもいると思うし、今回それが出てこなかったと思う。

それは圧倒的なキレの変化球orストレートのどちらか、または両方持っている奴ら。

ちょっと前になるけど、ランディージョンソンが日米野球で来たときのピッチングをみたことがあるだろうか?140km半ばのストレートと高速スライダーで日本のバッターは手が出ず。

奴の全盛期は160km以上でクロスファイヤーの高速スライダー

打てるわけないやろ、アホ。

ガニエも日米野球で来日したことあるけど、シーズン中のマジのチェンジアップをみたことあるんかって話。

リベラのカットボール見たことあるんかって話。

ペドロマルチネスのブレーキングボールと真っ直ぐ、チェンジアップ見たことあるんかと。


アメリカが投手陣立ちなおして次のWBCに参戦したら、アジアは点が取れなくなる。

それを次回見せて欲しい。

追憶・・・

2005年10月10日 00時48分55秒 | 野球
前回、野球について書いたが、まだ書いてないこともあるのでもう少しだけ野球について記事を書こうと思う。
前回は初戦をなんとか勝利したとこで終わった。
試合が終わって、応援団に挨拶して、荷物を出したらKっちとすぐにクールダウンに出かけた。お互い喜びすぎて、ランニングがダッシュになってたのは鮮明に覚えてる。
試合後、解散した直後に母と監督と病院に向かった・・・
病院の医師が一言目に言った事は
「監督さん、しっかり投げた後のケアはさせていたんですか?肩の周りの筋肉も使いすぎで硬くなって、縮んでしまってますよ。」
監督が医師に対して申し訳なさそうにしているのを見て、自分の自己管理の甘さを痛切した。その後、確認してみたら確かに右の肩甲骨周りは左に比べて筋肉量は少なかった。使っている方が強く大きくなっていたわけではなく、酷使しすぎて硬くなってた。
まだ、試合が残っている、どうにか次の試合に投げられるようにしたいと医師に伝えると、思いの他聞き分けがよかった。
「高校より上でやりたいならこの大会はもう投げるな。高校で終えたいならなんとかしましょう。」
うん、物分かりの良い医者だと感心した。ま、即答だった。こんな大きな選択を迫られるなんてそうはねぇなと。
肩に潤滑油を打たれた(打って頂いた)。肩の関節部分だったのだか、量が半端なかった。俺は機械じゃねぇと心で叫んだ。痛み止めももらった。肩関節全体に潤滑油が周るように、キャッチボールをしてこいと医師に言われた。その病院の駐車場で、監督は素手なのにも関わらずキャッチボールをして頂いた。ま、監督にやっと届く程度だったんで、素手なのは問題なかっただろうけど・・・
人生で一番の思い出のキャッチボール on July 21st 2003 at Midori Clinic parking lot
その後、最後の試合が終わるまで、いきつけの接骨院で毎日二回電気治療&テーピング、また夜には母に2時間近くマッサージをしてもらった。
二試合目が三日後にやってきたが、アドレナリンの存在を確信した。痛みは感じたが、投げられた。頭に血が昇ってくる感じで(キレてるわけじゃない)、やたら視野が狭くなる感じ。異常に集中力が増す感じで、自分でも何か降りてきてるのか、とり憑いたんじゃないかと思った。先頭打者にフォアボールを出したが、以後一つも出さなかった。そんな事は今までなかった。2-0で完封した。その試合はテレビ放送もあった。ローカルのニュースで俺のコメントも放送されてた。
「押して押して押すしかないと思ってたんで、押し切れてよかったです。」
と試合終了直後にコメントしてたんで、そうだったんでしょう。

そして、ベスト8をかけた試合、俺達の最後の試合はそこそこの強豪校が相手だった。
前回、なんとか投げられていた状況はもうなかった。実際投げたのだが。
1回表、マウンドに上がったのだがそこにいた俺は痛みに負けていた。いきなりフォアボール二個を出し、4番にライトにヒットを打たれ2点先制された。
俺、ダサっ。みっともねぇ。所詮うちみたいなお勉強高校は強豪にコールド負けなんだよって言われるんか・・・
俺はちょいとは名の知れたピッチャーでいたつもりだった。
その俺が惨めに散っていく。
頑張って肩が痛いのに投げたねって情けを後でかけられる。
肩が負けた理由にされる・・・

絶対嫌だった。その後は意地だった。俺という一人の人間の。
肩を言い訳にしたくない。惨めな負け方なんてできるか。相手に俺の存在を見せ付けてやる。うちの高校が弱いなんて思わせるか。
精神状態は半狂乱だった。ひたすら三振をとりにいった。フルカウントでも三振を狙った。初回にヒット打たれた4番は全身全霊で投げた。右腕はただ身体に繋がっている部分という感覚だった。

4-0で負けた。
8回と9回にエラーと暴投で失点を重ねた。被安打6、四死球9、奪三振11、164球。バッターの方は2安打だったが得点に結びつける事ができなかった。
終わった。涙は全くなかった。ピリオドを打った。後輩に、何か伝わってくれれば、それが今後生かされてくれればと思った。

野球はまだやりたい。18歳がピークなんてことはない。18歳はまだ発展途上だったはず。球速を伸ばしたり、趣味の変化球開発をもっとしたかった。正直なところ。しかし無理であることも、病院で治療を頼んだ時から受け入れられている。
だけど、その時から留学を決めていた。
勉強や生活しているだけでも大変な留学生活で、大学野球は勉強と両立不可能だっただろう。確かに最後の大会で肩が壊れるというのは自分でも運命を呪った。
しかし、野球ができない状況が次の目標達成にプラスになっているのは間違いない。それに夏の大会前、ましてや中学の頃に壊れていたかもしれないと考えると自分は幸運なのかもしれない。物事は捉えかたで全てが変わる。

良い人々に囲まれて選手として野球を終えられたと思う。人間、良い人ばかりだが良い人々に囲まれていると気がつける状況だったのが幸せだ。

高校野球をする上で家族、特に母親には一番感謝している。
その次には6年間バッテリーを組んだD地。
いい奴ばかりだったチームメイト。
前任の監督と現在の監督、コーチ。
夏の大会で応援してくれた人たち。
一つでも欠けていたら、あの日々はありませんでした。

今も何人かの元チームメイトが大学で野球をしている、もしくはやろうとしている。地球の裏から応援してます。大学で野球をしている者の多くは高校野球で後悔があるからだろう。俺は後悔しない為にアメリカに来た。パイロットになろうとしたとき、全力を尽くしたと言えるために。絶対なるつもりでいる。でも、ダメでも前を向けるはず。パイロットになるチャンスは一生に一度だけ。次頑張ればいいというのは存在しない。
小学校はみんな一緒、中学から私立に行く奴らが現れて、高校はみんな県下でばらばらに。大学になると県内どころか国外にいるやつまでいる。
大学っていう今のチャンスをどう生かすか。
過去に目標を掲げた地点と、現在地、未来の目標の場所。自分の歩んでいる過程を見つめながら、やっていきたい。

完封した試合だけテレビ放送があった為、再び観る事ができる。昔の栄光として残っている。
しかし、苦しかった他の二試合は記憶の中にしかない。

今の俺にとって、野球って

2005年10月08日 17時11分20秒 | 野球
前回のコメントで野球に関する事が多かったので、野球について少し語らせていただきます・・・高校の三年まで野球をしていたんだけど、やっぱ野球は今でも俺にとって特別なスポーツ
今は、もう野球はやってない。キャッチボールはもちろん、野球のボールに触ることも殆どない。ポジションはピッチャーをしていていたが、最後の夏の大会ん時に肩を壊して(突然、ピシっと)、なんとか薬と毎日二回の治療とテーピングで投げきったが、二年たっても相変わらず投げる度に痛む。

俺は高校球児の中でも数少ない、全力を出し切って夏を終えた人間だと思ってる。地方大会でベスト16までしかいけなかったが、三回の試合で数多くのものを得た。
各試合で限界の自分と向き合う事ができた。
夏の大会の初戦、試合中に肩に激痛が走り途中降板しファーストの守備に回り試合に出ていたが、9回に点差が詰まりリリーフ登板することになり、腕も上がらない状態でマウンドに登った。何故突然試合中に、それも最後の夏の大会でボールが投げられなくなったのか。わけの分からないまま、気が付いたら4-2で勝っていて九回、無死1,2塁。ランナーもいて逆転サヨナラってな雰囲気で、肩も痛くて腕なんて上がらない。でも痛いなんていってられない状況。

その時にマウンドから見える世界が広がった。
まず、そこから見えるものは試合が最終回であるスコアボード。
背水ながら絶好のチャンスに必死の相手チーム。
この展開はヤバイと硬くなっている中、なんとか落ち着こう、リラックスしようとして声を荒げている味方チーム。
必死に俺の名前を応援してくれている何百人も集まってくれた応援の人達
そしてその真ん中にいる俺。

今の自分にはあらゆる可能性があるという事をその場で理解した。痛いから、投げられないからといってフォアボールを連発してそのまま逆転負け。それとも、なんとか抑えてまだ次の試合ができる。  
その時俺の頭に浮かんだ想いは、ただ
「一緒に3年間やってきたチームメイトを少しでも長く試合させてやりたい。」
一緒に3年間野球をやってきたメンバー、俺を除いて7人で、最後まで一つになれないままの最後の大会だったのだが。
その9回、一球投げるのに30秒以上費やしたのをはっきりと覚えている。一球投げる度、痛みが激しく痛みが緩むまだ待つしかなかったから。途中味方のエラーで一点差になった。精神的にもダメージが大きかった。負けるのも頭をよぎった。
投げきった。最後の投げたボールの感触も覚えている。
確か、最後のバッターは簡単に追い込んだ。痛みで変化球はコントロールできなく、殆ど9回はストレートだった。最後のバッターは追い込んだが、もうストレートもコントロールがつかなくなっていた。ふと、コントロールが全くつかなくなっているスライダーが頭をよぎった。
キャッチャーからのサインはスライダーだった。
一球の重みを感じた。
これが決まらなかったら、終わりだなって。

放ったスライダーは右バッターの顔付近からストライクゾーンに曲がり落ちた。投げた瞬間に決まるのがわかった。

もう一球投げられたのか?Noだった。痛み止めもテーピングもなく、投げる瞬間に腕が千切れる、肩関節が潰れると思った。
人生の中で一番苦しかった。
人生の中で一番責任を感じた。
みんなの運命の重みを感じた。
だけど勝った時は人生で一番嬉しかった。