1月14日 晴れ
この国に来て最大のトラブルにあった。
スウェーデンの日本大使館、その警備員と激しい口論になったのである。こんなことは日本で
もめったにない。というか、ガキの頃をのぞいては記憶にない。
まあほとんど喧嘩と言っていい。お互い声を荒げながら、落ち着け、怒ってるのはお前だろう、
大きな声を出すな、とやりあった。
じつに不愉快な出来事であった。そして、これは、自分だけの問題ではないと思うので、こうい
う形で記録に残しておきべきだと考える。
発端は「ブザー」だった。
大使館の正門わき門柱に、ご用の方は左のブザーを押してくださいと小さな札が貼ってある。
その左側には、また別の札が貼ってある。これには右方向の矢印があり、その下にインター
ホンを押してください、とある。
この矢印の先のインターホンが、問題に輪をかけた。
何がインターホンなのかわからない。矢印の先には白いパネルが貼ってある。10X20セン
チくらいの薄いパネルである。これがインターホンなのだろうか。普通のインターホンとは違っ
ている。
ボタンのようなものが突き出しているわけではなく、しかも パネルはプラスチック製なのか光
っていて、図のようなものが書いてあるのだが、よく見えない。
後で写真を見ると、案外はっきり写っていて驚いたが、じっさいには点字で書かれたような、
1センチ大のベルのマークがどうにか判別できるという程度であった。
まあ、とりあえず、ここを押したが、その感触がいまいち。ちゃんと押せたのかどうか、レスポ
ンスが悪いので、正しい場所なのか自信が持てない。
しかも返事がない。インターホンなら、スピーカーがあるはずだが、それらしきも見えない。わ
からない。むろん、うんともすんとも言わない。
左のブザー、右のインタホン。矢印。右も左もブザーもインタホンも?である。
いったい、なんなのだ。ベルマークを押して、それで違うならと、パネルを手当たり次第押して
みた。ベルマークの上の、その右、左と押してみた。
それでも返事がない。
まったく不可解で、締め出しをくらっているのか、と苛立ってきた。インターホンでやれと言われ
て返事がなくて、1,2分も押し続ければいらいらする。
マンションではないのだ。門の向こう、10メートル暗い先には玄関があり、窓ガラスがあり、人
が来ているのが見えないはずはないのである。
ここに来たのは二度目だった。
前回は、どうやったかもう記憶にないが、すぐに返事があって(と思う、何より門が自動的に開
いたのだ)玄関前に警備員が立っていて「申し訳ないがボディチェックをさせていただきます」と、
ていねいに依頼してきた。
今回もボディチェックくらいは覚悟していたが、応答なしにはふざけるな、と思っているところへ
警備員が来た。若い男で30歳前ではないか、背は170センチくらいで、ブラウン色の短髪。
見た目はスウェーデン人らしくはなかった。
「何でボタンをあちこち押すのか?」
いきなりこれである。
目にはやや険があり、たんなる質問にはほど遠い詰問調。待たされた挙句、お前は何してるん
だ、という応対に、「どこを押せばいいかわからなかったんだ」と、日本語で答えた。
これがゴングの合図になった。
「ここに何と書いてある。日本語で書いてあるだろ。おまえは日本人なら、読めるのではないか」
「これはわかりにくい。だから、あちこち押すしかなかったんだ」
わたしは日本語を続けた。
こんなバカな質問、いや詰問口調にまともに答える必要はない、と思った。
「おまえは何度も押した。おれはビデオで見ていた」
「見ていたなら、返事くらいすればいいだろ。こっちはわからないから押したんだ」
これも日本語で答えた。相手は、スウェーデン語だった。
そんなやり取りで声が大きくなった。
わたしは仕方なく、途中からスウェーデン語で応酬した。お決まりの、落ち着け、静かに話せ、
と言い合いになって、それでも感情はエスカレート。どこでそうなったか、正確には覚えていな
い。彼が激昂して言った。
「もう帰れ!お前はきょうは入れてやらない!別の日に来い」
そう言いすてて、警備員はきびすを返し、通用門をガシャリと閉じた。
ふざけるな、である。
「冗談じゃない」と、私はうそを言った。
「おれには時間がない。明後日、日本に帰る。アポイントだって取ってあるんだ」
日本に帰るのは2月だし、アポはきょうか明日か、いずれかと大使館領事部には伝えていた
ので、正確には私のセリフはうそである。
しかし、このときには、嘘をつく余裕はあったが、私も怒り心頭に発した。
カメラを取り出して、門に貼ってあるパネルの写真を撮った。
「何をとっているんだ。見せろ!」
通用門をあけて、彼が出てきた。
「このパネルを撮った。ここは門の外だ。構わないはずだ」
そんな義務はないと思うが、写真を見せて言った。
「これを日本人に知らせる」
それからどうしたか、記憶が落ちているのだが、とりあえず彼は私を中へ入れた。
だが、彼はわたしを玄関に通さず、つまりボディチェックをせず、「あっちへ行け!」と、大使館
のわきにある領事部へ、私を押した。
そのとき「ヤーブラ」という言葉を聞いたような気がした。これは、こんなときに、まともにいわれ
たら、ホントのケンカになる言葉である。
「おまえ、いまおれにヤーブラと言ったか?」
「違う。そんなことは言っていない」
自分の聞き違いだったようだが、彼の言動には、言葉以上にケンカになる危うさがあった。
ちょっと緊張感が走った。
が、ことはそれ以上に進まなかった。
むろん、わたしだってそんなことは望んではいなかった。しかし、相手のある話で、自分はト
シや立場を守ったりできないことだって、ありえたかもしれない。
だが、それにしても警備員は間抜けではないか。
私のボディチェックを怠ったのだ。これだけ騒動を起こしているのに、あっちへ行けとアタマに
きて言うだけで、肝心の任務を果たしていないではないか。
もし、私が爆弾でも持っていたら、中に入れた責任は重大である。日本人の顔をした、どこか
のテロリストだとしたらどうするのか。
こんな男に、日本の財産を守る能力があるのか。時期を考えたらなおさらだ。
この前後が確かではないが、私も言うべきではないことを、言っていた。
「おれはモノを書いている。きょうのことは必ず書く。おれにはマスコミに知り合いがいる。こう
いうことは日本人に教えておかなければいけない。おれだけの問題じゃない。おれは、こうい
う名前だが、きみは何て名前なんだ」
マスコミ云々は言うべきではなかった、と思う。
虎の威を借りるみたいで、自己嫌悪に陥った。いくら激していたとはいえ、別のやり方で抗議
すると言うべきであったと思う。
しかし、この日のことは必ず書くつもりであった。
ブログでは、いまこの通り書いているし、どこかに投書するなりして、スウェーデン大使館の警
備員の対応を、世間に知らせる。関係する日本人だっているかもしれない。
小さなことかもしれないが、外国の大使館・領事部に用事があって訪問した日本人を、「帰れ」
と怒鳴るような警備員がいていいはずがない。
じつは日本大使館の電話受付嬢は日本語を話さない。
自分は多少コミュニケーションはとれるが、日本語しか理解できない旅行者などは、どうすれば
よいのだろうか。少なくとも、受付嬢は日本語を理解する担当者を置くべきではないか。数日前、
日本語で電話して、日本語の話せる人をお願いしたら、いまはいない、と言われた。
それで、あなたも日本語を少し勉強したほうがよい、ここには日本語を無料で教えるスプローク
カフェというのもあるじゃないですか、と冗談交じりに言った。
まあ、彼女の話し方はていねいで、日本語のできないことを申し訳なく思っている、というふうだ
ったので、まあ仕方ないかと思っていたのだが、こういう警備員がいると、話は違ってくる。
大使館にもクレームをつけたくなる。
領事部で用件をすませているときに、書記官が現れた。
騒動は領事部から上にもとどいていたらしい。
かれは謝罪し、警備員への指導を約束し、行政サービスには努めているのですが、と言った。
自分は書記官やほかの人間には責任がない、と思っているので、謝罪は必要なかった。
こういう騒動で、上司に当たる立場の人間に、謝罪する責任があるだろうか。今回のようなケ
ースでは、責任があるとすれば、それは警備員個人の対応言動にある。
高校野球の連帯責任、体育会系の上下関係、とりあえず経営陣が雁首そろえて謝罪、という
のは、自分には滑稽に思えてならない。間違いだと思う。
これを書くのは、じつは「どうやらインターホンに、技術的な問題がある」らしい、と説明を受け
たからだった。
「それなら、来訪者が来たら、よけい警備員はすぐに出てくるべきでしょう」
「いや、それがいま調べてわかったので」
そのような”原因”を聞いたときに、連帯責任、経営陣の謝罪を連想したのだ。
大使館バス停近く
バス停「大使館前」から、7,8メートル幅の坂道を上って日本大使館に来た。
小道の左手に米国大使館。スペースが広く、10メートル近くありそうな高さのフェンスが、道
に沿って7,80メートルは続く。大通りと坂道の角、中間地点、通用門の3か所に二つずつ
監視カメラが設置されていた。
対面にはノルウェー大使館。米大使館よりやや低めのフェンスが、こちらは50メートル強続く。
カメラは入り口に1台だけであった。
ノルウェーの隣に英国大使館。こちらは米国並みのフェンスで、ノルウェーよりやや長め。フェ
ンスと建物の前に30X60メートルくらいの広場がある。門は両サイドにあって、左側が通用
門らしく、脇に小さな検問室があったが、警備員は外に立っていた。
かれは、ヘイと挨拶してきた。笑顔だったので意外な気がした。
米大使館の隣はドイツ大使館。こちらはノルウェーと同じくらいの大きさで、カメラは一か所。
ここも、門のすぐ後ろに受付だか守衛室らしきがあった。
ドイツ大使館の対面、英国大使館の隣にあるのが日本大使館である。
これはフェンスも白い色で塗られ、高さも5,6メートルしかなくて、監視カメラは2か所見えた
が、建物はもっとも小さかった。
英国ドイツは4,5階建てだったが、日本は二階建て。正門から玄関までも10メートルくらいか、
庭も狭く、周囲の{列強国}に比べて見劣りがする。
用件に時間がかかってトイレを借用したが、内部も貧弱というしかなかった。
そして、いまになって知る「受付、守衛室」の場所。米国のは裏門で別として、ノルウェー、英国
ドイツすべて、受付、守衛室らしきが門のすぐ後ろにあった。
日本大使館はこの守衛室・受付が門から離れている。一般の訪問客には、今回のようなトラブ
ルが起きる可能性のある配置、ロケーションだというしかない。
しかし、それにしたって、いや、それであるならなおさら、インタホンでもよいが、わかりやすく使
いやすく、とりあえずは1分以内(それでもどうかと思うが)くらいには返事をするよう、受付だっ
て気を使えばよいではないか。
じつは、この国の大使公邸は別の場所にあり、そこは市内でも最高値の地区。あのABBAの
うちのBがお隣さんだった。有名な童話作家が建てた、由緒のある家で、購入手直しにはかな
りの金額が必要だったという。
じっさいに見たことはないが、きょうのことがあって、ちょっと考えさせられた。