9月15日 雨のち晴れ
壁紙受け取って、Kさんの指導を受けて貼る。
柄合わせに一度失敗、やり直すが、総体的にうまく行って満足。
Kさんの指導がなかったらできなかった、とあらためて感謝。
その後、別部屋の天井とホールの一部塗り。
ローマ8月4日 7日目
サンタ・マリア・ソプラ・ミネルバ教会。
パンテオンから1,2分。
ミネルバ教会にはミケランジェロの彫刻がある、というので訪れた。
「あがないのキリスト」である。
教会前の広場にオベリスクを背負った象の石像があった。
象はベルニーニの設計、やはり写実的である。
いまにも動きだしそうな気配を感じさせる。
教会内部は、これまでのものとちょっと雰囲気が違っていた。
天井の形状が尖塔のようで、何とかいう様式なのだが忘れた。
しかし、こういうのはゴシックの教会でよくみられるスタイル。
ステンドグラスが多いのも、ローマの教会の中では異色であると思う。
奥の祭壇、左手にミケランジェロの彫刻があった。
「あがないのキリスト」大理石像、1521年作。
十字架を両手に抱えて、ゴルゴタの丘へ向かうキリストを彫った。
からだつきは、やはりがっしりして、立派な筋肉がついている。
少しかしげた首の太さは、プロレスラー並みである。
最期の審判のキリストほどマッチョではないが、ミケランジェロの思い描くキリスト
なのだろうと思う。
顔つきにも驚かされる。
死に行く人の顔ではない。
平然として、口をしっかり閉じて、どこにも恐怖の色は見えない。
そう思ってみると、むしろ決然として死に行く、という風貌である。
ゴルゴタの丘へ向かうキリスト像は、ほとんどが顔に苦悩の色を浮かべている。
重い十字架を背負わされ、裸足から血を流し、息も絶え絶えというのがふつうである。
十字架にかけられるキリストのからだは、やせ細って哀れを誘うように描かれる。
それが、ミケランジェロのキリストは逆である。
立派な体格をして、潔いというのか、凛々しささえ漂わせて、堂々と十字架を抱いている。
死に挑戦する、という意気込みすらうかがえる。
なぜミケランジェロは、こんな風にキリストを描くのか。
キリスト像の、いかにもミケランジェロらしさはギリシャの影響だという。
それは、たんなる写実的な肉体美の模写ではない。
外面だけでなく、思想というか人間のとらえ方の問題だという。
エミール・マールというフランスの学者が「ヨーロッパのキリスト教美術」(柳宗玄 荒木
成子 訳)という本を著わしている。
エミール・マールにはキリスト教図像学者という肩書がある。
彼が、ミケランジェロの「あがないのキリスト」について、面白いことを書いている。
これが理解を助ける参考になった。
抜粋しておこう。
古代ギリシャ人にとって、苦痛とは卑しむべきものであった。
肉体と魂の均衡を壊すからである。
それは一種の混乱であり、そういうものを芸術が永遠化すべきではない。
ただ、美と力と晴朗さのみが人間の観照に供されるべきものである。
強くあれ、生を支配せよーーという生き方のモデルを彫刻に求めた。
そしてミケランジェロは、古代ギリシャの英雄主義に心服していた。
それが、ミネルバ教会の「あがないのキリスト」像に表れている。
このキリストは、古代の競技者のように美しく、勝利者のように十字架を担っている。
その平静な表情にはいかなる苦痛の跡もうかがわれない。
ミケランジェロはまるでギリシャ人のように苦痛を侮蔑しており、また侮蔑することを教えて
いる。
これはすっきりした。
なるほどね、我が意を得たりという評論、解説であった。
ミケランジェロとギリシャの延長に、オリンピックもあるのかなと思う。
ほかにも、最期の審判を描かせた教皇の意図、時代背景解説など面白かった。
下巻しか手元にないのだが、もっと前によく読んでおくべき本だったと思う。
それにしても、腰巻のばかばかしさはどうだ。
最期の審判でも、全裸を隠す腰布だかを描き足して、あほらしいったらない。
日本の、陰部を墨で塗りつぶしと同じで、くだらないったらない。
クソヤローだと思う。