9月4日 晴れ一時雨
キッチンのタイル、壁紙剥がし。
天井の下塗り。
ローマ5日目 サンタゴスティーノ教会からスペイン広場
アルテンプス宮殿を出て、歩4分くらいのサンタゴスティーノ教会へ。
ここにはカラヴァッジョの「ロレートの聖母」がある。
拝観無料。
教会にある絵画は、サンピエトロみたいなのは別格として、ただで見られる。
教会なんだから当然と言えば当然。
しかし京都の寺はどこでも拝観料をとる。
日本人には、無料というのがありがたく思える。
カラヴァッジョなんて、日本で公開されたらカネも時間も取られるだろう。
と思うと、二重に得をした気分になる。
貧乏性なのだ。
しかしタダでは済まなかった。
画は教会の中の礼拝堂に掲げられている。
周囲は壁で薄暗く、画はよく見えない。
で、手すりの端に小さなコインボックスのようなのがある。
ここに1ユーロのコインを入れると、画に照明が当たる。
数分間だったか、画がよく見えて写真が撮れるのだ。
こういうシステムは、ほかの教会でもあった。
1ユーロ入れる必要がなく、ただボタンを押してライトを当てさせるところもあった。
ちょこっと待っていれば、だれかがコインを入れるので、相伴することができる。
肝心の画では、裸足が見たかった。
ちょっとオタクっぽいと思うが、仕方ない。
聖母に祈りをささげる信者は、裸足の裏側を見せている。
これは、西欧でも神の前では靴を脱がなければいけないから、なのだという。
裸足を描くことで信心深さを、多くの信者が聖母に祈るということを表現しているのだと言う。
そして聖母マリアも裸足である。
これは聖母を、より信者の側に身を置かせる意味がある、といわれる。
モデルが、カラヴァッジョの愛人だったから、という説もある。
裸足を見るために、と思えばあほらしいが、自分には宗教を知るうえでは参考になる。
画そのもの、カラヴァッジョらしい光の当て方に感心しながら、宗教と画家の関係を考えたりする。
日本では踏み絵というのもあった。
マリアがカラヴァッジョの愛人と思えば、その目つきが気になる。
何だか媚を売っているようにも見えなくはない、なんて思う。
宗教画に愛人の媚を混入しちゃうなんて、そうだとしたら痛快だな、など勝手に妄想する。
おごそかな教会、礼拝堂でこんなことを考えてよいのか、とも思う。
キリスト教徒ではないから、たんなる美術愛好者だからと、必要もないのに言い訳を考える。
画に対して、とりとめのない思いを巡らせるのが、結構楽しいのだ。
この教会には、祭壇の一つに軍神らしい女性の、リアルな半裸の彫刻があった。
その足元には、翼を広げた骸骨の彫刻がある。
もう一方に座る女性像も、かた肌はだけて乳房を見せている。
こういう構図の意味がわからない。
骸骨はともかく、女性と軍神だかが、なぜ乳房を見せなければいけないのか。
それも、ともに容貌麗しく、理想的と思える形の乳房をのぞかせている。
思いが次から次へと飛んで、収拾がつかなくなる。
しかし、そういう時間の過ごし方が、楽しく貴重な感じがする。
これは日本の寺社仏閣では、まず経験することができない。
教会からスペイン広場まで歩く。
オードリー・ヘップバーンが映画でアイスクリームを食べた階段が有名だと言う。
ヘップバーンには、まったく魅力を感じないので、ということも関係しているか。
たいして面白くもない、と思った。
階段上の教会だかが改装中で点睛を描く、ということもあったかもしれない。
広場の噴水も小さく、縁には観光客が鈴なりで、疲れたせいもあってかうんざりした。
だが、この日は夕食が、いつにもまして当たりだった。
ボンゴレとアバッキオ。
スウェーデンでは、まともなアサリがない。
ここのボンゴレは絶妙な塩味と、アサリの風味が、たぶん新鮮なせいだろうが、とても
うまくて、このあとも2回注文した。
アバッキオには余計なソースがついていない。
羊の、これは匂いでなく香りを含んだ、と表現したくなる味。
スパゲティと肉料理。
ともに、本場のうまいものを食った、という満足感も味わった。
食後に、トレビの泉からクリィナーレ広場へ上がった。
広場の丘からサンピエトロ寺院のドームが見えた。
初日の夜、ピンチョの丘から見た寺院を、反対側から見ることになる。
そう言えば、ナポリで地名を間違えた。
サンタルチアをサンレモと書いた。
マスダくんに怒られてしまう。
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