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瘋癲北欧日記

第二の人生 つれづれなるままに

ローマ29 カピトリーノ美術館

2015年09月24日 | 旅行

9月23日 曇りのち晴れ

ホールの床板下調べ、段ボール箱10購入。照明ショック。
B部屋の二度塗り、居間の幅木除去、釘切断に床まで切る失敗。
マスキングの不手際、床貼り準備。


ローマ カピトリーノ美術館へ。


ここでローマパス2度目を使う。
多少は行列があって、時間の節約にはなった。


コンスタンティヌスのバカでかい顔面像、腕、足がばらばらに陳列されて目を引いた。
それほどの印象は受けない。


カピトリーノのビーナスが有名なのだが、どこにあるかわからなかった。
それほど強い関心がなかったので、まあいいかとあきらめた。
代わりにいくつか面白い彫像を見た。


ひとつはメドゥーサ。ベルニーニの作。





表情がよかった。

ヘビになった頭髪のくねくねした動きもさすがだが、目が素晴らしい。
ペルセウスに殺される直前なのか。
眉をしかめ、悲哀漂う目の色に感嘆した。

もしかしたら、こんな風に生まれた運命を呪っているのではないか、とも思わせる。
ベルニーニは裸婦の滑らかさ、死に行く女性の恍惚の表情に打たれるが、このメドゥーサ
では別の一面を見せているように思った。


たしか東京北区の志茂にベルニーニという名の喫茶店があった。
豆を引きサイホンでコーヒーをたてる。本格的な珈琲屋という雰囲気。
ご主人がベルニーニの熱烈なファンで、写真集が置いてあったように思う。
唐突にそんなことを思い出した。


ひとつはエスクリーナのビーナス。


 

ミロのビーナス同様、両手がない。
しかし、こちらは全裸で、容貌はミロほど優れているとは思えない。
洗練されていないような感じがする。
そりゃミロのほうが数段上品な顔つきだ。
ミロが貴婦人なら、こちらはガールズネクストドアだろう。


しかし肉体の現実味、というか本物度というか、豊満な感じはこちらが強いように思う。
ふーんなるほどねと、わけもなしに感慨にふける。
少しエロチカルな視線で、像をぐるりと一回りして写真をとる。


 


臀部は横幅がなく、後ろに盛り上がっている。
こういうのが、とにかく良い形だと、ずーっと前に聞いた記憶がある。
そうだよなと、この像を見て思った。

着飾った美人より、しこめでも全裸の勝ちと聞いた記憶もあるが、こちらは同意できない。
それは違う。


ひとつはアマゾン。




これは頭部だけ。
陰鬱そうな顔で何考えているんだと思わせる。
紀元前400年ころのギリシャ・エフェスで、コンテストに出品されたと説明にあった。
それで、ちょっと変わった感じがするのかと思った。

古代ギリシャでは、苦痛は罪悪、美術とする価値はない、というようなことを前に書いた。
フランス人評論家の本で仕入れた知識だ。
それに照らせば、このアマゾンの表情は異常かもしれないと思った。

その異常さは、作家の個性から生まれたのではないか。
コンテストに出品するための作品なので、作家の感覚が表に出たのではないかと。
だとすれば、現代にも通用する普遍性を持つ作品、といえるのではないか。


あるいは、ただ、ギリシャ人に負けたアマゾネスの悲哀を表現した、というだけかもしれない。
ギリシャ神話からのエピソード。
だとすれば、作家の個性というほど過大評価すべきではないかもしれない。


ローマ28 ザビエルの右手

2015年09月19日 | 旅行

9月18日 曇りのち晴れ


床材を貼る。
初体験。一度、計測ミスでカットに失敗した。


日本より訃報のメール。
かっこいい人だった。
合掌。


ローマ7日目 ジェズ教会から。


ジェズ教会にザビエルの右腕があったなんて知らなかった。

フランシスコ・ザビエル。
初めてキリスト教を日本に持ち込んだイエズス信徒。

鹿児島に上陸記念碑がある。
これは桜島を見るために、仙巌園から錦江湾沿いの道を走って、偶然見つけた。
ザビエルのドラマチックな石像があって、ここは隠れた名所ね、などと思った。

という記憶が強いくらいで、知識はほとんどない。
それほど興味がなかったということだ。


というわけで、ジェズ教会にだって行くつもりはなかった。
ミネルバ教会からカピトリーノ美術館へ行く道中、広場の向こうに立派な教会が見えた。
地図にイエズス教会とあったので、ついでに寄ってみようと思っただけである。


イエズス会なら、たしかクリスチーナ女王もローマで親交を結んでいた。
宗教と学問への関心と知識の強さを思えば、両者には共通点がある。
その程度のことで、ちょっとのぞいてみようと思ったのだ。


教会に入って驚いたのは、天井画の華麗さ。
教会というより王宮の装飾を思わせる。
画や浮彫の意味はわからないが美しい。
  

と、足元の床に角度をつけて鏡が置いてあり、天井を見下ろすことができるようになっている。
こんな仕掛けは初めてお目にかかった。
この天井は名物なのだろう。


いくつかある礼拝堂もヴァチカンに負けず豪華だった。
黒大理石で祭壇を囲んだ礼拝堂はとくに立派で、横と正面から写真をとった。
こりゃいい寄り道だったと、得した気分になったのだ。


それだけのことだったが、帰国して調べたらザビエルの右腕があると知った。
何だそれならちゃんと見ときゃよかったと、今度は損した気分になった。
が、自分の写真を引っくり返してみて驚いた。
何とザビエルの右腕が写っているではないか。


立派だなと、シャッターを切った黒大理石の囲いを持つ礼拝堂が、ザビエルの礼拝堂だった。
その祭壇中央に、なんだか奇妙な細長い筒のようなものが写っている。
その細長い筒の中に、フランシスコ・ザビエルの右腕が見えるのだ。
写真をクローズアップして確認できた。


 こりゃ驚きももの木である。
で、イエズス会、ザビエルをネットで調べて読んで理解を深めた。
寄り道が、大きな土産を持ち帰らせたのだった。


ローマ26 パンティオン

2015年09月15日 | 旅行

9月14日 くもり


土曜日は木材購入搬入。天井研磨とホールの下塗り。
日曜日はイケアで材料購入。


きょうはペンキ購入。グレッデと枯草色。グレッデで部屋の壁、ホールの天井塗り。


ローマ7日目
パンテオンからミネルバ教会、イエズス教会、カピトリーノ美術館、ポポロ教会ほか


トレビの泉からパンテオンへ、歩いて10分くらい。
パンテオンはハドリアヌス帝が再建、紀元120年ごろ。
大したことはないのだろうと思っていた。
ハドリアヌス帝という人が面白そうだったので、来てみたかった。



しかし、じっさいに入って、そのスケールに驚いた。
高さと幅が同じ44メートル弱。
これは大きいというか広い。
天井のドームを小さな四角いくぼみが覆っている。
格間(ごうま)というらしい。
これが想像以上に美しかった。

写真で見ていた時は、シンプルというか、飾りっ気がなくて、現代の無機質な建物を思
わせ、魅力的な感じがしなかった。
しかし、じっさいに内部で見上げると、よい統一感がある。
どこをみてもバロックのにぎやかな装飾の目立つローマで、これは例外ではないか。

ローマの教会といえば、ほとんどがクーポラというのか、ドームの天井は豪華な模様、絢
爛な絵画で埋められている。
それが、パンテオンはなんというシンプル。
無機質な感じが、かえって強い印象を与えるのだ。


天井の穴から差し込む光の美しさも印象的であった。
ドーム天井の真ん中に真ん丸な穴があいている。
直径9メートル弱あるらしい。
穴ではなくて、オクルス(ラテン語で目)というのが正式名称らしい。

ここから、太陽が太い光の管を送りこんでいるように見える。
神の目、眼光なのかしらと思う。
パンテオンは、ローマ多神教時代の神殿で、キリスト教とは関係がない。
だから天井に宗教的な絵画や装飾はないのだろう。
かわりに、ぶっとい光の柱が差し込む目があるのだろうかと思う。


この光の管というか柱が、神殿内部にもう一つの太陽を届けている。
目を通った光が、円く壁面にぶつかって強い光量を放つので、小さな太陽に見えるのだ。
これが神々しい。
格目が浮き上がるように見えて、神秘的な感じがする。



 夕陽が、雲間から放射状に延びることがある。
これを英語ではジェイコブスラダー、ヤコブの梯子という。
旧約聖書の創世記に天国へ通じる梯子だと書かれているらしい。


パンテオンの光とヤコブの梯子が、どこかでつながるような気がした。

キリストの十字架降下をモチーフにした画は山ほどある。
その中で、背景に梯子が描かれた絵がいくつかある。
イエスはすべての罪を負って犠牲の死を遂げた。
これによって人々が救済され天に上ることができる、というのを梯子が暗示していると
いうのだ。


パンテオンの光の管は、多神教時代のヤコブの梯子だったのかと思う。
だとしたらUFOみたいなものかしら、と思っておかしくなった。
未知との遭遇を連想した。
2000年前は、これが未知の、神との遭遇だったのではないか、と。



ハドリアヌスは美青年のアンティーノを愛人にしていた。
アンティーノがナイル川で溺死すると、彼を神格化して神殿を建てた。
その神殿はパンテオンとは別なのだろう。
だが、ハドリアヌスがパンテオンの再建を決めたとき、美青年を思わなかったはずはない。


バロックの都ローマで、パンテオンは異彩を放っているように思った。


ローマ25 真実の口

2015年09月11日 | 旅行

9月10日 晴れ


久しぶりにゴルフ。
カズユキさんサボってごめん。
しかし天井塗りの後遺症か、下半身が疲れて安定しなかった。
楽しかったが面白くなかった。


ローマ5日目 真実の口のバカらしさ


サン・フランチェスカ・ア・リーバ教会から、サンタ・マリア・イン・コスメディン教会まで歩く。
ベルニーニの、官能的な彫刻を見た後、街を歩くかテレベ川沿いを歩くか迷った。
テレベ川沿いを選んで、真実の口のある教会への道を選択した。


川沿いの舗道も、木陰がなければ暑いだけ。
アヴァンティーノの丘を臨みながら、15分で真実の口のある教会に到着。
教会の廊下に、マンホールみたいな何とかいう神の円盤の口の部分に手を入れる。
嘘をつくやつは手を食われる、とかいう話がある。

ローマの休日でヘップバーンがやって、いまも行列のできる人気スポット。
こういうのがあほらしくて仕方がない。
外から写真だけは、それでも撮ってしまった、敬子さんのために。


教会内の地下に、ヘラクレスをまつった神殿がある。
これが面白そうだったので、川沿いの道を選択したのだ。
しかし期待外れ。
天井も低く、じつに狭い空間で、奥まった壁甕のちゃちな台上にイコンがあるだけ。
これなら、庶民的な街と言われる方の道を歩けばよかった。


バス停で待つも時間がわからず、15分歩いてまた地下鉄へ。
夜は、行きつけのレストランが休みで、トレビの泉近く半地下の店に行く。
店構えと雰囲気はよく、ウエイターも愛想はよかったが、味は観光地。
鳥はパサついて、モッツアレラも深みがなかった。


ローマ24 官能のベルニーニ

2015年09月09日 | 旅行

9月8日 晴れ
バウハウスで買い物。
床材はウッディーに決める。
窓枠の研磨。ペンキを変えロールで仕上げることにする。
ホールのパテ塗り終了。


ローマ サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会の官能像


ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ。1598~1680年。
イタリア・バロック彫刻のエースだと言われる。
サンピエトロ広場、聖堂内の天蓋など設計建築と、数多くの彫刻、噴水をつくった。
質量とも圧倒的な作家である。


中でいちばんと思うのが、ア・リーバ教会にある「ルドヴィカ・アルベルトーニ」像だ。


実在した女性信者の、最期の瞬間をとらえた横臥像である。
そのポーズと死に行く表情が官能的で妖しく美しい。
ほとんどエロチックでさえある。


肉体を包む法衣と、死の歓喜に悶絶する顔。
赤と黒。心と肉体。
清純な美しさと、官能的な美しさ。
その激しいせめぎ合いを思わせる。
落差の深さに驚くほかない。


写真がすべてだが、文字で感想を書いておきたいと思わせる。


これは禁断のエロチカではないか。
宗教の極致をテーマにしながら、生身の人間の性本能を暴いている。
どうしても、そういう方向でしか考えられない。

ルドヴィカというのは、裕福な生まれながら貧者救済に努めた。
いわばカトリック信者の優等生。
福者として認められた女性である。
神のもとへ導かれる最期の瞬間、恍惚の表情を浮かべる。
神に召される歓びと幸福を表現した、というのが普通の見方らしい。


しかし、彼女の表情に、そんな清純無垢を感じられるだろうか。


半ば閉じられた、いや閉じられる寸前の、うっすらした重たげなまぶた。
閉じていた唇が、死を迎えてだらり半開きになってしまう。
最期のときの人の表情であるには違いない。


しかし断末魔を迎えて、この官能的な表情は、自分には宗教心の篤さとは見えない。
逆にいやらしい、わいせつ行為に映る。
それは右手の動きによってさらに強く感じられる。
彼女は右手の指を立て右の胸を抑えている。
強く抑えているのが法衣のふくらみからわかる。
これはエロチックな想像を誘う。


ネクロソフィアとまでは行かないが、死とセックスを思わされる。
エロスと死。
芸術か、わいせつか。
最も刺激的な組み合わせ、あるいは対比ではないか。
この像に気持ちが揺さぶられるのは、そのためではないかしらと思う。


何たる粗野、野蛮人、人でなし。
不届きとは百も承知だが、それでもこの像には、心をかき乱されてしまう。


そして、もうひとつ、女王クリスチーナとルドヴィカの像が重なる。
前に見た「テレジアの法悦」でも、それがアタマをかすめた。

ヘルマフローディテとルドヴィカ。
男と女のからだをもつ両性具有と、死と恍惚をもつ福者。
スウェーデンの女王の改宗と、女性信者の最期。

クリスチーナはローマでベルリーニと親交があった。
彼の賛美者であった。
ベルニーニもまた、クリスチーナの改宗にインパクトを受けていた。


そんなベルニーニが、ルドヴィカにクリスチーナをダブらせなかったか。


教会

ルドヴィカ像は1671年から74年にかけてつくられた。
ベルニーニが70歳半ば、晩年の彫刻である。
クリスチーナは40歳半ば、ローマで有名をはせていた。


ふたりとも、法皇たちに愛されうとまれ、という時期があった。
バロックという絢爛豪華、華やかなカトリックの都を舞台に、芸術家と女王の間に、どん
な共通認識、価値観があったか。


クリスチーナは、お世辞にも美人とは言えなかったようだ。
だがテレジアやルドヴィカとは別の魅力があったはずである。
ベルニーニは、クリスチーナの生き様やどこかに、ルドヴィカを見たのではないか。

これは想像たくましく、思いめぐらせることができる。
サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会は、観光スポットから離れている。
ひとりで像と対話することができた。
愉悦の時間が持てた。