往診先のお宅にて。
「こんにちは、ニコニコ堂です。・・・。〇〇さん、入りますよ。」
あるじは耳が遠いので、玄関でピンポン鳴らそうが、戸を開けようが聞こえない。セールスや宗教勧誘が来ても、早々に退散するに違いない。
一応断ってから家に上がって、廊下の奥の居間へと続く扉を開ける。扉を開けると、あるじがマッサージチェアでまどろみ、あるいは、座卓の前で大音量のテレビを眺めている。
さらに大きく聞こえるように声をかけると、ようやく、
「おお来たか。時間ぴったりだの。」
と、返事がある。
「すぐ始めるか?まず、お茶でも飲め。」
と、言いながら湯呑にお茶を注いでくれて、さらには、
「おれも一服する。」
と、おもむろにタバコを取り出し火をつける。
「吸い終わってからで構いませんよ。どうぞごゆっくり…。」
と、答える他は無く、受動喫煙の害がひどく気になるが致し方ない。
いつお伺いしてもタバコの煙がもうもうと漂っているが、あのお年までお元気なところを見ると、ご本人には無害らしい。
さて、一服し終わると、
「どうれ、腰バンドはずして…。」
と、腰痛ベルトを外して布団に横になる。
骨粗鬆症で圧迫骨折を起こし、腰背痛と神経障害もあって歩行困難なのだ。何かというと、
「あぁ、何もしたくね。おれはおうちゃく病ださけ。」
が口癖だ。
マッサージを受けながらも、大きな音でテレビをつけている。テレビでは、このところ、ひっきりなしに熊本地震の様子を流しているので、熊本…九州…と連想したのだろう。
「おれも九州の端っこさ、いたぁんだ。」
と、昔語りが始まった。旅にでも行った昔話が始まったのかと相槌を打ちながら聞いていると…。