「祭典を前に 平昌五輪開幕まで1カ月」毎日新聞デジタル版です。
《上 分断の地、融和願う 南北共催を一時模索》
大会を前に、平昌五輪スタジアム近くに掲げられた国旗。
南北朝鮮を分かつ軍事境界線(38度線)に南接する「高城(コソン)統一展望台」の眼前に、金剛山(クムグァンサン)が連なる。11年前まで南北離散家族再会事業の面会場が設けられていたが、今は行き来が遮断された。平昌(ピョンチャン)五輪の競技会場は、ここから南へ約100キロ。半島で唯一、38度線で分断される行政区「江原道(カンウォンド)」の3都市に、全てが集められた。
1950年に始まった朝鮮戦争が、53年に休戦に入ってから65年。「(戦争の傷痕が残る)江原道は『平和な社会の奨励』を掲げる五輪精神を実現できる最良の地」。韓国政府は、3度目のエントリーとなった今回の大会招致でも、世界に向けてこう強調し続けた。
実際、韓国側には大会を南北融和につなげようという動きがあった。
「招致決定後、北朝鮮との部分共催を目指した」。スポーツ交流を通じて南北の交流を図る韓国統一省下の社団法人「南北体育交流協会」の金慶星(キムギョンソン)理事長は毎日新聞の取材に、大会関係者の間で非公式に練られた構想を明らかにした。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の肝煎りで「北側」の江原道の馬息嶺(マシンリョン)に開発されたスキー場を会場に利用する案や、北側と南側の江原道の沿岸部をクルーザーで結ぶ案などが浮上したという。実現はしなかったが、金理事長は「五輪の成功は北朝鮮が参加してこそだ」と、大会を「平和の祭典」とも位置付けた。
文在寅(ムンジェイン)大統領も、昨年9月の国連演説で「北朝鮮の選手団、温かく歓迎する南北の共同応援団を想像すると胸が熱くなる」と語るなど参加を呼びかけた。
祭典が1カ月後に迫った9日、北朝鮮は沈黙を破り、参加の意向を示した。直前の参加表明には、同盟関係にある米韓の離間を図る「五輪の政治的利用」との批判も集まる。それを踏まえても、韓国国民の中には南北融和への思いがある。
開催まで2カ月を切った昨年末、朝鮮戦争を体験したという林炳成(イムビョンソン)さん(73)が、韓国中部の栄州(ヨンジュ)市から観光で統一展望台を訪れていた。開戦時は幼く、しっかりした記憶はない。それでも街が緊張に包まれていたことは覚えているという。
有料望遠鏡で北側を眺めると、隣接する村の国旗掲揚塔に取り付けられた北朝鮮の国旗が見えた。朝鮮戦争は約1000万人の南北離散家族を生んだとも言われる。「この景色を見ると、心が痛く、苦しくなる。同じ民族なのだから互いを認め合い、発展していくべきだ。北朝鮮の五輪参加は、必ず南北の和解につながる」。林さんは、そう声を絞り出した。
開会式と閉会式が行われる平昌五輪スタジアム(平昌郡)近くの川沿いには、大会期間中にポールが立ち、参加国の国旗を掲揚する。北朝鮮国旗も、北西から平昌に向けて吹く「大関嶺(テグァルリョン)の寒風」を受け、はためくだろう。祭典は「南北融和」の願いを実現させる契機になるのか。
《中 観光都市にひずみ 「地価10倍 再開発頓挫も」》
平昌五輪マスコット像の前で記念写真を撮る観光客。背後では、高層ホテルの建設が急ピッチで進んでいた。
韓国・江陵(カンヌン)市の基幹道路の交差点に並ぶ平昌(ピョンチャン)五輪のマスコット、トラの「スホラン」とツキノワグマの「バンダビ」像の前で、観光客が入れ替わり記念撮影をしていた。背後では、五輪に合わせて高層ホテルの建設が急ピッチで進む。多くの地元住民らは、観光都市として更に発展した大会後の街の風景を想像する。一方で、新たな課題も浮き彫りになっている。
江陵は、韓国東側の日本海沿いに位置する。朝鮮王朝時代に「良妻賢母のかがみ」と言われ、5万ウォン札の肖像にもなっている申師任堂(シンサイムダン)の出身地として知られる。新鮮な海産物や、海岸沿いに喫茶店が並ぶ「安木(アンモク)コーヒーストリート」が人気で、江陵市がある行政区「江原道(カンウォンド)」の担当者は「韓国人が最も行きたい観光地」と説明する。
一方で、江原道は最も交通インフラ整備が遅れた地域でもあるという。江陵市はソウルからバスで約3時間。山岳を迂回(うかい)する鉄道なら、5時間はかかる。そのため、韓国は五輪に向け約3兆7600億ウォン(約3900億円)を投じて「高速鉄道(KTX)」を開通させた。ソウルからの所要時間は2時間を切り、海岸沿いを中心に、外資を含めたホテル建設への投資を呼び込んだ。
江陵市中心部の市場で名物の干物店を営む男性(55)は「五輪招致で市場もきれいになった。もっと生活水準をよくしたい。発展することは大歓迎だ」と「五輪効果」による観光客の増加に期待する。
街の景観を損なうからと、移転を余儀なくされた古い商店街もあるが、新設された簡易商店街で果物を売る女性(78)は「うまくいけば、それでいい。五輪で変わっていくものもあるだろうから、さみしくはないよ」と笑顔を見せた。
一方で、急速な整備は地元の不動産やホテル業界に、小さくないひずみを生み出した。
観光客の玄関口となる江陵駅の周辺には、古びたモーテルが建ち並ぶ。近くで不動産業を営む李得愿(イトゥゴン)さん(47)によると、一帯には再開発の構想もあったが、ブローカーが一部の土地を買い占めたため、地価が数年前の約10倍に高騰。整備できないまま大会を迎えることになった。李さんは「海外の観光客の目に触れると思うと恥ずかしい。五輪が始まったら周囲を壁で覆ってほしい」と嘆く。
また、大会期間中の宿泊料金を大幅に引き上げるホテルも散見される。韓国の中央日報によると、平昌・江陵地区では1泊の宿泊料金を約100万ウォン(約10万5000円)に設定したホテルもあるという。
過剰な「五輪特需」を期待した料金設定は、韓国人の五輪離れも招いている。韓国文化体育観光省の昨年12月の調査によると、競技を競技場で観戦すると回答した韓国国民は5・1%にとどまり、同9月の7・1%を下回った。テレビ観戦は88・4%に達する。
江陵市職員で五輪期間中の宿泊部門を担当する廉賢燦(ヨムヒョンチャン)さん(48)は「法的に規制はできないが、業界全体で料金の適正化キャンペーンを実施している」と説明する。それでも、李さんは「『ぼったくりの江陵』というイメージを持たれてしまうのでは」と危惧する。
《下 「施設活用」かすむ憲章 大会後、運営赤字試算も》
平昌五輪で開閉会式がある平昌五輪スタジアム。
五角形の形状が特徴的なスタジアムの中心で、開会式の演出の準備が進む。大会関係者が「具体的な内容は極秘」とささやく中、円形のステージがセリを使い、ゆっくりと地下から押し上げられた。平昌(ピョンチャン)五輪のメイン会場で、開会式と閉会式が行われる平昌五輪スタジアム(3万5000席)。完成したスタジアムの外側に回ると、客席のスタンドを支える骨組みがむき出しになっていた。
五輪スタジアムは、競技が実施されない五輪史上初の「行事専用施設」。ステージは、各国首脳らが観覧する7階建て建物部分とスタンドで囲まれる。スタンドが簡易な構造なのは、この部分を大会後に取り壊すことが前提のためという。
タクシー運転手の申暢植(シンチャンシク)さん(69)は、スタジアムが建つ場所にあった実家と畑を、補償金を受け取って引き渡した。スタジアムは大会後、建物の5階以上とスタンドを撤去し、大会記念博物館と野外公演場に転用される。だが、人口4万人強の平昌に残される施設に、どの程度の集客が見込めるかは不透明だ。「大会成功のためには、親から引き継いだ土地を失っても仕方ないと思ったのだが……」。申さんは表情を曇らせる。
施設の後利用も含めた整備費・維持費削減は、国際オリンピック委員会(IOC)の強い意向だ。「規模や経費を適切に抑えることを含め、将来性のある遺産(レガシー)を残すことを、開催都市や開催国に対して奨励する」。五輪の肥大化を懸念したIOCは2003年、憲章に新たな理念を加えている。
一方、近年の五輪で、この理念が実現されているとは言い難い。
16年のブラジル・リオデジャネイロ五輪では大会後、解体した仮設会場の資材で小学校を建設する計画があったが、実現できていない。20年東京五輪・パラリンピックでも大会後に赤字が見込まれたり、後利用が決まらなかったりする施設がある。
冬季五輪の施設の多くは、競技人口が少ないこともあり「将来性のあるレガシー」としての有効活用は、より難しい。
1998年の長野五輪でボブスレー・リュージュの会場だった長野市の「スパイラル」も、平昌五輪以降は製氷が行われない。長野市が負担する年間約2億円に上る維持費用が重荷になり、国内唯一の公式競技会場は事実上、運営をやめる。ボブスレー・リュージュの会場は、平昌五輪でも約1140億ウォン(約120億円)で新設された。
スケートなど氷上競技がある江陵(カンヌン)市には山を切り開き「オリンピックパーク」を造成。スピードスケート会場など4施設を新設した。平昌五輪組織委によると、今回の大会関連施設の建設費用は約1兆8000億ウォン(約1900億円)に上る。組織委は「施設は大会後も、持続的に地域社会で有用に使われるだろう」と説明するが、大会後の施設運営が赤字に陥るとの試算もある。
江陵市内にある五輪広報館では大会を控え、スキージャンプのバーチャルリアリティー体験などが行われていた。観光で広報館を訪れていた朴(パク)ミンジェさん(27)は言った。「一時的なイベントのために巨額のお金を使うことがどれだけ国のために、国民のためになるのか。無駄にならなければいいが」
昨日、韓国語講座でご一緒した方に、買い物帰りにお目にかかり、立ち話しました。
「平昌(ピョンチャン)五輪行かれますか?」
私「テレビ観戦です。」
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