次の日実家へ顔を出したのは、ちょうど店の仕込みで忙しい時間だった

兄は “おう!久しぶりやな、まぁゆっくりして行きや” と声をかけると仕事に戻った
父は、2階にある自室で母と共に茶菓子を食べながらくつろいでいた
「ただいま~」 私が声をかけると父と母は嬉しそうに
「お帰り~あんたはホンマにええ時に帰って来るね、豆大福食べるやろ?」
と言いながらお茶を淹れてくれた
「絵里子、そう言えば昨日誕生日やったねぇ なんか欲しいもんあるん?」と母に聞かれ
さすがに 「ええよ、何にも要らんよ もう24にもなる娘にいつまでも欲しいもんって・・・」と
苦笑いするしかなかったが、親というものはいつまでたっても子供扱いしたいものなのだろうとも思い
「また考えとくわ~ありがとう」 と返事をしておいた
年に数えるほどしか帰らない私にとって、実家は何となく落ち着かずどうしたものか?と思案していた
総一郎は今日は一人で何をするつもりか? と思ったが、
“今日は親孝行しておいで”と笑顔で送り出されたので
とにかく親孝行せなアカンな・・・とおもいつつ何をしたらええもんやら??と困っていた
「あ、そうそうお兄ちゃんとこの子なんて言う名前やったっけ??」
私は、孫の話をすると喜ぶのではないかと去年産まれた兄のところの子供のことを聞いてみた
案の定 父は、満面の笑みを浮かべ
「“勇太”や ほんで、理江んとこの子ぉが“幸助”やどっちもかわいいでぇ」
父は孫が男の子で跡取りがでけたとたいそう喜んでいたそうで、
その後は義姉に対してあれこれ言わなくなったそうだ
「ほな私、ちょっとその子、勇太くん見に行ってきてもええ? 夕方には戻るから」
そう言って歩いて3分くらいの所にある兄のマンションへ行ってみることにした
義姉の百合子さんは、突然の訪問にも嫌な顔せず迎え入れてくれた
「絵里ちゃんお久しぶりやね~散らかってるけど、どうぞ~ゆっくりしていってね」と、言ってくれた
勇太くんはちょうど起きたところで、大きなクッションにもたれて
ちょこんとお座りしている姿がかわいらしく、まるでクマのぬいぐるみのようだった
“おいで~”というとちょっと考えた風だったが、私の方へ這ってきて
抱き上げるとキャッキャと嬉しそうに声をあげて笑ってくれた
「その子人見知りせえへんのよ~助かるわぁ 時々お店に連れて行っても
泣きもせず・・・将来が楽しみやって常連さんが言わはるのよ・・・・」
と百合子さんはホッとしている様子だった

実はね・・・・・
と言って、来年の春に生まれるはずの命が宿っていることを教えてくれた
「まだ義父さんや義母さんには言うてへんねんけどね、私もええ年やさかい
産むなら続けて一気に産んだ方がええ思うてね・・・・上手いこと授かってくれてよかったわぁ」
と、まだ落ち着いていないお腹をさすりながら嬉しそうにそんな大事なことをこっそり教えてくれた
その時なぜか? わからないが 私は喉の奥がぐっと押し上げられる気がして
嬉しい気持ちでいっぱいになり気がつくと涙をこぼしていた
百合子さんはそんな私に驚いて
「いやぁ 絵里子ちゃんどないしたん? そんな・・泣いてくれるやなんて・・・」
と言いながら、一緒になって泣きだし
二人で泣き笑いしながら 「よかったわ~よかったねぇ~」と喜びあった
百合子さんが大事な話をしてくれたので私もこの人にならと思い 総一郎と一緒に来ていることを話した
百合子さんは驚きながらも楽しそうに 「ほな今日は一人でウロウロ京都観光してはるのかしら?
夜こっそりお店に来はったらええのに・・・今は、ほとんど博一さんがひとりでやってはるんやし
義父さんは、よっぽど忙しい時しか手伝わはらへんのよ、私もこの子と店に行くついでというのか
夜には店の方へ行ってるし、その方が義父さんも嬉しそうやさかいなぁ
絵里ちゃんが嫌がるような事にはならへんわ
たまたま入って来はった“いちげんさん”でとおるのとちゃう?」
そんな風に言われて、ひとりさみしく・・・・かどうかはわからないが、
総一郎をほおっておくのもかわいそうだと思い
ホテルへ電話を入れてみた
ちょうど出かけるところだった総一郎は、とても喜んで「じゃぁちょっと観光がてら散歩した後
7時ころにはお店へ行ってみるよ」と声を弾ませていた
私は、くれぐれも“たまたま入ったお客だ”ということにして欲しいと念を押した