白雉が落ちてはいないから

小野不由美先生著、十二国記の「白銀の墟 玄の月」(新潮社)のなぞを考察、ネタバレ含まれるため、未読の方はご遠慮のほどを。

【ネタバレ】(1)耶利の主公とは誰なのか

2020-03-27 20:26:55 | くらし・趣味
耶利の主公が誰であるのか、本編では誰であるか明かされていません。
私は耶利の主公は琅燦であると考えています。
主公について描かれているところを読み解いていくことで、詳らかにすることができます。

耶利の主公と玄管について、同一人物か否か、という疑問を多くの方がお持ちかと思いますが、ここはまず耶利の主公は誰なのか、ということのみを読み解いていきたいと思います。

琅燦が阿選に与し、驍宗に対して裏切りを働いているのに、耶利の主公であることに違和感があると思われますが、これはまた別の機会に解き明かしてまいります。
まずは耶利の主公について描かれている箇所を抽出してみます。

①台輔が宮城に帰還し、阿選を新しい王に選んだことを訊いた耶利と巌趙の会話です。
”「お前の主はなんと言っている」
「あり得ない、と仰っている」”
”「嵐が来た……」「——主公はそう言っておられた。嵐が来た、時代が動く、良くも悪くも、と」”
“「……お前の主の言うことは、さっぱりわからん」
「我々ごときに理解の及ぶような主公ではない」”
[1巻 5章 p300,301]

②耶利の主公が耶利に台輔の守護を命じる場面です。
阿選を王と名指ししたのは欺瞞であり、見捨てられた民を救いたいという望みはおそらく自分と同じであると云っています。
“——窓辺から雲海を見降ろす人影が誰にともなくつぶやいた。”
“「お前に頼みがある」「耶利、台輔のそばに行ってほしい」”
“「主公の命とあれば喜んで参りますが——巌趙のほうが適任では?」”
“「さすがに巌趙の身柄までは、私では動かせない」
“「私と台輔の利害が衝突することはない。私は戴を救いたい。国を救い、民を救い、その頂点にある玉座に驍宗様にいていただきたい。——願うことは同じだ」
“「台輔は阿選を王だと名指ししたのでは?」
「あり得ない。驍宗様が崩じる以前に次王が選ばれることはないし、もしも不幸にして驍宗様が崩じられたとしても、阿選が選ばれることはない」”
[2巻 9章 p215~218]

③泰麒が内殿に再び侵入しようと画策し、項梁と耶利を率いて路亭で話した際、耶利が自身が主公に遣わされた訳を打ち明ける場面です。
”「——私を台輔のおそばに遣わした方は、驍宗様こそが王だと考えておられるし、台輔も同様に考えておられると思っている。だから台輔を守る必要があるのだと、そう考えて私をここへ遣わされたんだ」
「耶利は嘉磬の私兵だったのでは?」”
“「そういうことにしておいてください」”
[3巻 15章 p170]


これらの場面から、耶利の主公の人物像を以下のとおりまとめられます。

・巌趙に信頼を寄せている
・泰麒の宮城帰還によるその後の波乱を予見している
・並の人間では及ぶべくもない知見をもっている
・雲海の上に住む身分(将軍、三公等)
・耶利を私兵として台輔の護衛につけられるほどに宮城内に人脈がある
・阿選新王は欺瞞であると推度している
・阿選は王の器ではない兇賊と断じている
・民を救いたいと望んでいる
・驍宗に玉座についてもらいたいと願っている
・嘉磬ではない(耶利は嘉磬の私兵ではない)

泰麒の守護は巌趙が適任ではないかと進言した耶利の言葉を受け、さすがに巌趙の身柄までは動かせないと云い、本来はそうしたいとする思惑が見受けられ、巌趙と近しく、信頼を寄せていることが伺えます。
驍宗の右腕である巌趙と近しいこと、阿選を兇賊と断じていること、驍宗に玉座についてもらいたいと願っていること、これらから、耶利の主公は驍宗の麾下であるように思われます。
耶利自身も「阿選に仕える気など毛頭ない」と言っているところをみると、耶利の主公が阿選の麾下である可能性は無いように思われます。

阿選謀反後に宮城内に留まっている主な驍宗麾下は、正頼、巌趙、杉登、琅燦の4名です。
正頼は虜囚であり、また巌趙は耶利との会話の内容から耶利の主公とは考えられないので、残るは杉登、琅燦のどちらかとなります。耶利と主公の会話の中で杉登の元主人である巌趙のことを呼び捨てにしており、また雲海の上の住人ということを加味すると、巌趙の麾下である杉登が耶利の主公である可能性はないと思われます。
琅燦であれば幕僚としての経験や人脈から、耶利を私兵として泰麒の元へ送り込むことも可能であると思われます。