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富田メモについて--日経報道は真実なのか?

2006年08月02日 | Weblog
 遅ればせながら日本経済新聞が20日朝刊で報じた昭和天皇の「A級戦犯」合祀に不快感を示したという発言のメモについて遺族会会長の古賀誠元自民党幹事長はじめ鬼の首をとったかのように陛下の大御心と持ち上げる意見があります。

 その一方、真偽を疑問視する声がネットを中心に広まっており、私も後者の立場ですが、少し考えを書きたいと思います。

 今回の富田メモは「88年4月28日付けで、手帳に張り付けてあった」と日経は書いていましたが、陛下の発言を手帳などに貼り付けるものだろうかという疑問がまずあります。

 それから2ちゃんねるなどではすでに出回っていますが、メモの発言は昭和天皇の発言ではなく藤尾元文部大臣だということがいわれています。

 26日の産経新聞正論欄で百地章先生が的確な主張を展開しておられたので御紹介します。

■【正論】日本大学教授・百地章 立憲君主のお立場と私的ご見解は別

「天皇の政治利用」許してならず

≪富田メモへの根源的疑問≫
 富田朝彦元宮内庁長官のメモをめぐって、「昭和天皇が靖国神社への参拝をとりやめられたのは、A級戦犯の合祀(ごうし)が原因であることが明白となった」との主張がなされている。

 以前、本欄において、「『A級戦犯』の合祀を理由に、陛下がご親拝を中止されるなどということは考えられない」(平成17年8月9日付)と書いた筆者としては、もし今回のメモの内容が真実であるとすれば、この点に関する限り訂正せざるを得ない。しかし、正直なところ疑問は残る。

 というのは、先にも述べたように、マッカーサーに対し、全責任は自分にあるとされ、木戸元内大臣について「米国より見れば犯罪人ならんも、我が国にとりては功労者なり」と語っておられた昭和天皇が、たとえ私的な会話であれ、果たして「A級」などといった乱暴ないい方をされるであろうかとの疑念は拭いきれないからである。

 また、仮に松岡元外相や白鳥元駐イタリア大使の合祀を不快に思われたとして、そのような個人的な理由だけで参拝をとりやめられるなどということがありうるだろうか。

 富田メモをめぐるマスコミの一連の報道を見ると、昭和天皇の「立憲君主としての公的な立場でのご発言」と「私的なご発言」とは区別すべきことが分かっていないのではないかと思われる。両者は次元の異なるものであって、もし天皇の個人的なご発言によって直接国政が左右されるなどということになれば、立憲主義は崩壊する。

≪勅使ご差遣こそが大御心≫

 昭和天皇は、戦前、戦後を通じて、常に内閣の輔弼(ほひつ)(助言・承認)に基づき、立憲君主として行動されてきた。つまり個人的なお考えを表に出されることはなかった。このことは先の大戦の開戦時、ご自分は戦争に反対でありながら、立憲君主としては御前会議の決定に従われたことなどからも明らかである。また常に公平無私を貫かれ、公の場ではひいきの力士の名前さえ口にされることはなかった。

 この点、富田メモはあくまで宮内庁長官との間で交わされたとされる昭和天皇の私的なご発言であって、富田氏自身メモが公開されることなど考えてもいなかったようである。

 昭和天皇の靖国神社に対する思いは、昭和50年11月の御親拝以降も絶えることなく続けられてきた春秋例大祭への勅使ご差遣によって明らかである。これこそ大御心というものであろう。つまり、靖国神社に対する天皇としての公的立場でのお考えの表明である。

 ここで思い出すのは、昭和48年5月の増原防衛庁長官更迭事件である。

 これは、増原長官が防衛問題について昭和天皇に内奏した際、陛下から「国の守りは大事なので、しっかりやってほしい」とのお言葉があったことに感激、記者団に披露したというものである。野党はこれに激しく反発、マスコミも「天皇の政治利用」に当たるとして厳しく批判し、結局、増原長官は更迭されることになった。

 この時、朝日新聞は社説で、「増原長官の発言は(略)天皇のお言葉を政治的に利用しようとするもの」であり、「『国民統合の象徴』たる地位に傷をつけることになりかねない」と述べている(昭和48年5月30日付)。

 また、日本経済新聞の社説も「防衛力増強に関し天皇の内々のご発言を政治的に利用したととられてもしようのない“増原発言”」(同5月31日付)と手厳しい。

 つまり政治家たるもの、内奏の際の陛下の私的なご発言については決して外部にもらしてはならず、政治的に利用するなどもってのほかというのがこの事件から導かれた結論であった。同じことは、官僚についてもいえる。

≪生かされない過去の教訓≫

 ところが今回の富田メモについて、朝日新聞は「昭和天皇の重い言葉」、日本経済新聞は「昭和天皇の思いを大事にしたい」と題する社説を掲げ(ともに7月21日付)、昭和天皇の個人的なご見解を根拠に、分祀(ぶんし)をあおっている。これは明らかに矛盾である。

 また、与野党の政治家の中からも、早速「分祀論が勢いづく」(加藤紘一氏)、「今後は分祀論が強まる」(神崎武法公明党代表)などといった意見が出てきているが、これこそ「天皇の政治利用」以外の何者でもなかろう。

 これでは増原事件の教訓が何も生かされていないことになる。幸い分祀論が勢いづく気配は今のところないが、首相の参拝反対の声は増加しており、なお警戒を要する。(ももち あきら



 夕刊フジでも取り上げられていましたが、朝日新聞というのは自分たちの主張次第で皇族の御発言を肯定したり否定したりするようです。

 「賢明な判断だったと思う。中国などが合祀を問題にする前の主体的な判断だったことを重く受け止めたい」

 という朝日社説ですが、女系天皇問題のときは、「寛仁さま 発言はもう控えては」といっていたのだから、呆れるばかりです。

 日本遺族会の会長職にありながら分祀論などという中国の提灯持ちのような発言を繰り返す古賀元幹事長の行動などまさしく百地先生がいう「天皇の政治利用」です。

■A級戦犯分祀を本格検討=昭和天皇メモ最重視-古賀遺族会長
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060725-00000070-jij-pol

 そもそもA級だのB級だのというのは占領軍が勝手につけたもので、東条英機にしても昭和天皇を戦犯リストに入れないため法廷で努力していることなどはこれまで全く省みられることはありませんでした。

 昭和天皇がドイツ・イタリアとの三国同盟に批判的だったことなどは当時からいわれていることであり、そのことを意味していると解すべきではないかと思います。

 正確な表現、御発言かも分からないメモの内容を自分たちの主張の正当化のために利用することこそ不敬であり、慎むべきです。

 発売中の「AERA」に富田メモを家族が発見した経過について報じてあるのでぜひ読んでいただきたいと思います。

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