今年もポツポツと年賀状が届いた。
ここ二年、年賀状はなしにしてるが、、
心ある方達はご自分の近況を一筆書いてくれる。
元旦の朝、コンビニに年賀状を買いに行きコチラの近況を書いて送る。
戴いた年賀状から伺えるのは、
みんな一応元気で暮らしてるが、なにか行間に漂うものがある。
少し寂しいような諦めの感情が伝わってくる。
ワタシの返信の年賀には
「ワタシは今年も妄想爆進中です!」と書いて送る。
二年前の誕生日に決めた自分のベクトルに進んでることは間違いないからだ。
普通?なら、達観して諦める年代に入ってからの夢。
だからこそ、どんな形にせよ叶えたいと思っている。
今年に入ってから、ふと幼い頃から思春期に感じた記憶を思い出してしまう。
あの時の人たちは夢を叶えたのかな…
それはワタシの育った不夜城に住む人達のことだった。
◆不夜城の夢。。。。◆
一月は雪がこれでもか~と降る地方都市。
県名を言っても、場所が分らない人が多い所。
そんな地方の大歓楽街の裏手に取り残された住宅街に住んでいた。
夜は騒音と華やかなマイクの声と派手なネオン。
斜め向かいはこじんまりとした綺麗な日本建築の置き屋。
低い竹と苔生した玄関の奥には、若い芸子さんが寝起きしていた。
我が家の二件隣りは十代二十代の男の子や女の子が来るゴーゴークラブ。
裏口には、踊って身体の火照りをさますおねえさん達がいつもいて、
ゴーゴークラブの奥でもの凄い札束を数えるオーナー。
その先が魚屋さんと算盤塾の兼業。
歓楽街で唯一子供がどっさり来ていた不思議な魚屋。
道を隔てた所に立派な事務所があり、そこは○○組。
大学出の息子が跡目を継ぎ堅気の商売をしていた。
そのせいか周りの風評は「インテリやくざ」と痛烈だった。
八百屋さんも魚屋さんも餃子屋さんも世襲制で息子たちが継いだ。
揃いに揃ってみんな学業優秀で国立大学を卒業、、
ワタシは家業のお手伝いで、これらのお店にお使いに行かされる毎日。
幼かったワタシの目から見ても、彼らはみんなどこか鬱屈していた。。。
年を追うごとに、コンプレックスが翳りを落とし始めていた。
子供なのに周りは大人ばかり、夜は騒音とネオンが子守唄。
夢を持てないアンバランスな子供になっていた気がする。
進学と同時に東京での一人暮らしを始めてからは、
灯りとテレビを点けなければ寝れなかったほど不夜城は身に沁みついていた。
19歳で出てから戻らなかった場所をこうして思い出すのは、
自分がコンプレックスの塊りだった事を認めたからだろう。。
こんなに時間がかかったけどね。
◆ガッツだぜ!◆
マザーテレサの言葉で
『どんなところに置かれても、花を咲かせる心を持ち続けるよう』
境遇は選ぶことは出来ないが、生き方を選ぶことは出来る!
友人たちへの年賀状には妄想爆進中と書いたが、
ホントの意味はコレなんだ。
今、親の介護という時計の中に入って、
初めて夢や希望の意味を分った気がする。。
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非常に興味深いよな。
俺、港区の酒屋の生れです。
PS・永遠のゼロは、感動したよな!
今年の年末は、スターウォーズ
超楽しみじゃないですか?