◇煙草がカッコ良かった時代に。。◇
前回のブログで書いた伊坂幸太郎の「砂漠」。
読み進めると、
青く若い19歳から、大人へ脱皮する22歳の大人びた匂いを思い出した。
それは煙草と麻雀いう、、懐かしい匂い。。
特に煙草はワタシに妙な劣等感を芽生えさせた。
浪人生という、大学生になりそこなった不安定な立場は心細いうえに、
予備校の外で、
同年代の男子たちとタンクトップを着た才媛の女子がくゆらせる白く細い煙は、
なぜか彼らに近寄り難く、まぶしかった。
そこだけが大人の領域で、彼らはすでにオスとメスのポジションを醸し出していたからだ。
彼らとアンニュイな雰囲気で話すことはなく、
永遠に交わることのない、段違い平行棒のような自分に戸惑っていた。
大学に行けば、男子も女子も愛煙家というより、
なんとなく吸っていることがカッコいい。。
若い姉ちゃんの女優も退廃的に煙草を吸い、煙草がアクセサリーのようだった。
社会人になっても、今ほど禁煙は徹底してなかったし、
煙草はくたびれた大人が一息入れる逃げ場になっていた。
それは今とは真逆で、煙草が愛されてた時代だった。
そして今、絶滅危惧種になりかけている気の毒な愛煙家たち。。
が、ある日、
長ーーーい年月を経て、とても惹かれる小話に出会った。
それは去年の秋、治っていたはずの腰痛がぶり返したことが始りだった。
ネットで探した整骨院で担当になったのは、<のび太先生>。
なぜかのび太先生とは、妙にウマが合った。
ワタシが秘密にしてた面白い体験や
他人から見ればどうでもいいような知識を同時に共有していた、、
ヘンな視点と興味が同じ、、という凄い確変が起きた。
のび太先生は変人ではないが、こだわりキャラ。。
整体やお灸をしながら、共通のヘンテコ話が途切れることはなかった。
が、
彼は、想定外の話をし出した。
◇またもや江戸時代へ~ 花魁の煙管とのび太先生◇
彼は喫煙者で、しかも煙管(キセル)で吸っていた。
その煙管は龍の彫り物が施された美しい物で、
江戸時代の花魁が使っていた豪奢な上物。。とノタマッタ。
だが、
その花魁のキセルは短かめ。。
通常、花魁が持つ煙管は非常に長くて細い、、と決まっている。
なぜなら
花魁は吉原遊郭の何千人の遊女たちのトップスターだが、
煙管が長ければ長いほど、お金も格式も高いぞ!!という目印でもあった。
江戸の吉原で伝説の花魁「花扇」の浮世絵
のび太先生は友人から花魁の煙管を譲り受けたのを機に、
<刻み煙草>を使うことになった。
のび太先生は意外な事を言い出した。
喫煙回数が激減する
紙煙草の時より、お金がかからなくなった。
深く肺に吸い込まない口内喫煙なので、健康被害は少ない。
何よりも合成の不純物がないため、煙草の味が格別に美味い!!!
喫煙と言っても、煙管は三服で終わり捨てる。
また刻み煙草を詰め直して燃やすため、喫煙回数は自ずと激減する。
刻み煙草も細かいものは、煙草本来の美味さを味わえるのため満足度が高い。
だが、のび太先生はお気に入りだった花魁の煙管をなくしてしまった。
分刻みの仕事の合間の一服には向かない煙管だが、
手間ひまかけれるなら、煙管の喫煙はなかなかの風情と味わいで良かった。。と云う。
世の中で分煙だの全面禁煙だの、嗜好品を倍の値段にするだの、、と蠢く中で、
一人悠然と煙管で煙草をふかすのび太先生を想像し、笑いが止まらなかった。
そして、
のび太先生話は、
今まで見た江戸時代のシーンや、読み漁った江戸本とピーーーンと一本に繋がっていった。
凝りもせず、つづく
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さて粋な吸い方をするには『一服したまだ熱い煙草を掌にプッと落として、これをコロコロと掌で転がしているうちに新しい煙草を詰めて、掌の煙草の玉から火を移す・・・』という離れワザをやらないとイケません。
のび太先生、火傷に気をつけてガンバッテみて!