・「よくよくめでたく舞うものは
巫(こうなぎ)。 たんたん
小楢葉(こならは)。たんたん
車の たんたん 胴とかや
八千独楽(こま) 蟾舞(ひきまい)
手傀儡子(てくぐつ) たん
花の園には蝶・小鳥・・・
たんたん たん
たん たんたん・・・」
いやその拍子のよいこと。
殿をはじめ、われわれも心浮き立つばかり、
手足がむずむずするようではないか。
その時、ふと不思議なものが目に止まった。
おれの上座にいる目代どの、
それまで端座して慎重に国庁の印を捺していたのに、
その手が、「たんたんたん」の拍子のたびに、
ひょこ、ひょこ、ひょこ、と動き、
印を三度捺しているではないか。
手もとばかりではない、
でっぷり肥って貫禄のある体も動き、
肉付きのいい肩が、ひょこ ひょこ ひょこ・・・
と三拍子につれて上がり下りしている。
傀儡子どもはそれを見たのか、
一層、激しい急調子になって唄い、吹き、囃したてる。
「茨小木の下にこそ
イタチが笛吹き 猿かなで
イナゴ麿賞で 拍子つく
さてキリギリスは 鉦鼓のよき上手」
なんと不思議なことがおこった。
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・謹厳実直な目代どの、太いダミ声で唱和しだしたのだ。
「うばらこぎの下にこそ・・・」
「どうした目代」
殿がおどろいて言われると、
「お許し下され、
いやもう、この歌を聞いてはたまりませぬわい、
昔を忘れかねましてな」
いうなり目代は思いもよらぬ身の軽さを見せて、
印を持ったまま、舞い狂うではないか。
あれよあれよという間であった。
囃子はいよいよ急調子になる。
おれたちは笑い呆れ、指さして腹をかかえる。
目代、にわかに恥ずかしくなったのか、
印を捨てて飛ぶように走って逃げてしまった。
「一体、これはどうしたことか」
殿はおどろかれる。
階前にかしこまって傀儡子の一人がいう。
「かの者は勉強して今はこうして、
お国の目代になっておりますが、
もともとは傀儡子の一人でございました。
昔のことを忘れ果てたかしらんと思い、
こうやってまかりこしましたら、
どうやら、忘れかねている様子」
「おお、印を捺すのも三拍子であったわい」
殿はいわれ、館の中は大笑いになった。
「目代、もう一度うたい踊れ」
殿が呼ばわれると、縁の下から、
「お許し下され・・・」
と目代の面目なげな声。
またまた館中どっと大笑い。
傀儡子どもは笛を吹きうたい、
拍子を取り出すと、目代、またひょこ、ひょこ、ひょこ、
と出て来て、身ぶり手ぶり面白く舞い始める。
この浮き浮きしたしらべと拍子には勝てない。
一人、また一人、踊りの輪に入り、
ついに殿まで・・・
「これは傀儡子神が心を狂おすのであろうなあ」
「よくよくめでたく舞うものは たんたんたん・・・」
みな、もう踊りが止まらない。
しもべの者まで出て来る。
殿の北の方、姫君までが裳をひるがえして、
踊り狂われる。
その中で、ふだんニコリともせぬ謹直な目代が、
目を見ひらき、口元をゆがめ、鼻をふくらませ、
面白い顔を作っておどりはやすその姿に、
笑い崩れぬ者はいなかった。
そののち、「くぐつ目代」というあだ名がついて、
笑われ者になったが、殿はその手腕を惜しんで、
つづけて目代として引き立てられたよ。
傀儡子神が人の心を惑わすということもあるものだなあ。
いっぺん魅入られると忘れぬものらしい。
~~~
・おや?
座の人々は耳を澄ます。
野分の風に混じって、どこからか、
たんたんたん・・・
と楽しげな拍子の音が聞こえる。
ひょこ、ひょこ、ひょこ・・・
人々の手足が動き出す。
ひゃらり、ひゅー、ひゃらり、ひゅーと笛の音。
いつか、一座は声を合わせて、
「よくよくめでたく舞うものは・・・」
と唄いつつ、踊りめぐっているのであった。
巻二十八(二十七)より
(了)