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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

25、姥ぷりぷり  ②

2021年11月11日 09時14分14秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・今年の「立春」の歌は、
はじめて教室へ顔を見せた、脇田ツネさんに教えた。

ツネさんは、七十二、三、定年退職して長いご主人と二人暮らし。
いつも熱心で宿題もきちんとしてくるので、上達が早い。

ご主人は以前は大企業勤め、
ツネさんも教養あるオールドレディである。

お習字を教えて喜んでもらったりすると、しみじみと嬉しい。
できれば、この教室は、いましばらくは続けたいもの。

私はあの事件のあと、いきつけの美容院へ行った。
店内は無理心中事件の話題でもちきりである。

美容院は鏡は大きいけれど、
案外、客同士はお互いの姿が見えない。

「さっき、テレビの取材のとき、
『アホは死んだらエエねん』言うた人、いたわよ」

「へ~、おもしろ」

私は知らん顔している。
ピンクの上衣を着せられ、頭をタオルで包まれると、
わからなくなってしまう。

「だけど、みな内心、そう思っているわよね~え」

「思ってる、思ってる」

「ああいう、お年寄りなら言えるけど、
あたしたちはまだ現役だし、思ってても、言えない。
お年寄りは気楽ね」

「あたしは、口うるさい姑にいつもそう思ってる」

「あたしは、主人の妹にそう思ってる」

「あたしは、主人に言いたいわ」

店中、大笑い。

「テキもそう思ってる」

また、ドッと笑う。


~~~


・マンションへ帰ると、ロビーに脇田ツネさんが待っていた。

「先生、私、しばらくこの街を離れて、
京都の息子のところへ行きますので、教室、お休みします。
それが残念で・・・」

「お茶でも」と誘ったら、

「息子が車で待っています。
私、もう主人トコへ帰らへんつもりです」

ツネさんは、ついにワッと泣き出して、泣きながら話す。

「あんなに楽しんで通ったお習字教室、主人は『やめろ』と言うんです。
市役所の係りに電話して、私の申し込みを取り消しさせるんです・・・」

「また、どうして?」

「昼も夜も、主人の側にいるべきだ、と言うんです。
あの人は定年になってヒマになったのに、
私はまだ定年にならへんのです」

「なるほど!」

「息子も賛成してくれてます。
ケチで身勝手で、もう我慢できません。
体が丈夫なうちに別れて楽になりたい、思います」

「そら、ええわ」

私は即座に賛成した。

「ほんなら、落ち着きましたら、またご連絡いたします。
今夜から主人の世話せんでもエエ、思たら、
世が明けたような気がします」

ツネさんは息子の車に乗り込んだ。

そうなのだ、「アホの面倒、見てられへん」


~~~


・部屋へ入るとすぐ西宮の長男の嫁、治子から電話。

「ニュース見てビックリしましたわ。
お姑さんのマンションじゃありませんか。
被害はありませんでしたか?」

「階が違いますからね。ただ、やかましいてね。
テレビカメラまで来て、大騒動でしたデ」

「まあ、その無理心中の二人、助かったんですってね」

「四十五の女、一一九へ電話して、
二十七の男助けてくれ、と言うたんですよ」

「まっ!四十代の女に、二十代の男なんて、うさんくさいことですわ。
ウチはマサ子を早く片づけてよかったこと」

昔から、自分のことばかりよくしゃべる女である。
私はやっぱり、女の味方になる。

その四十女に、
(もっとうまいことやったらエエのに、この下手くそ!)
と言う気で、(アホは死んだらエエねん)と思っている。

豊中の次男の嫁、

「お姑さん、
無理心中をうまくくい止めて、テレビに出たんですって?」

相変わらず、スカタンを聞いている。

箕面の三男の嫁、

「お姑さん、
無理心中をうまくくい止めて、一一九番へ知らせられたとか」

(アホの面倒見てられへん)というところであった。






          


(次回へ)

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