むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

12、手習 ⑮

2024年08月12日 08時07分20秒 | 「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳










・中将は人を介して、
浮舟にも挨拶した

取り次いだ人は、
中将の言葉を浮舟に伝えたが、
浮舟は婉曲に拒んだ

思わせぶりな中将の言い分に、
返事をする気にもなれなかった

(もう、色の恋の、
ということは懲りた
あの情熱は人を不幸にしてしまった
中将が言い寄るのさえ疎ましい
わたくしはこれからすべて、
朽ち果てた木のように、
誰にも見捨てられて終わろう
彼岸の浄土だけを夢見て果てよう)

浮舟はそう決心している

そう思うと心が晴れ晴れした

出家という本意を遂げてから、
気持ちが明るくなった

勤行に励み、
法華経はいうまでもなく、
ほかの経典も熱心に読んだ

冬の小野は雪深かった

人の訪れも絶える頃は、
気持ちの晴らすすべもなかった

年も改まった

雪に埋もれた山里は、
春のしるしも見えず、
凍りついた谷川は、
水音さえしない

雪氷に閉じ込められた浮舟は、
宇治のことを思い出さずに、
いられない

宇治川を渡って対岸の小さな邸へ、
匂宮に連れられて行ったこと

夢うつつのあの二日間

輝かしい無思慮の愛の二日間

すべての人生、
すべての情熱を凝縮したような、
恋の愚行の二日間

宮への思慕はもうないけれど、
あの二日間の思い出は、
浮舟の胸に時折たってくる

<かきくらす
野山の雪をながめても
ふりにしことぞ
今日も悲しき>

勤行のひまひまに、
手習いの歌を書きつけた

自分が姿を消してから、
年も改まってしまったが、
思い出してくれる人もあるだろう、
と思う時が多かった

正月の子の日は、
雪間に萌え出た若菜をつんで、
人に贈るならわしがある

長寿を祈るやさしい心からだった

若菜を粗末な籠に入れて、
贈ってくれた人があり、
妹尼は、

「縁起物ですからね、
このお祝いはあなたにね
行き先長い人に」

と浮舟に見せた

「いいえ、尼君さまこそ、
長生きなさってくださいまし
わたくしも元気で生きていくつもり」

浮舟は微笑む

妹尼は、
世の常のように、
浮舟に花やかな衣を着せ、
幸せな結婚をさせたら、
どんなに心ゆくことであったろう、
と思うと浮舟の出家が悲しかった

春は少しずつ近づいている

軒の紅梅が咲く

香りは匂宮を思い出させ、
浮舟は紅梅に気持ちが惹かれる

妹尼の母尼の孫の、
紀伊の守であった男が、
この頃上京して、
山荘へ訪ねてきた

三十ばかりの男で、
風采よく、自信たっぷりのさま

お元気でしたか、
と母尼にいうが呆けてしまっている、
ありさまなので、
妹尼の方へ来て、

「おばあさまはすっかり、
呆けてしまわれましたね
お可哀そうに
先も長くないのに、
お会いすることも出来にくくて、
遠い所で年月過ごしました
両親が亡くなってからは、
おばあさま一人を親代わりと、
思っていたのですが、
常陸介の北の方は、
お便りさしあげていますか」

というのは妹のことであるらしかった

「常陸からは、
長いことお便りはないようです
おばあさまは北の方の、
帰京の日までとても、
お待ちになれないだろうと、
思います」

隣の部屋で、
浮舟は聞いていたが、
「常陸」という言葉が耳に留まった

養父もその昔、
常陸介であった

紀伊の守は言っている

「昨日も伺おうと思っていたところ、
右大将どのが宇治へいらっしゃる、
お供に従いまして・・・」

浮舟は衝撃を受ける
右大将とは薫のことではないか






          


(次回へ)

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