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月光の夏

2006年07月22日 | 音楽関連
今となっては遠い昔、戦争中のことです。その年、昭和20年。

私が現在住んでいる福岡から50km程離れた隣の県、佐賀県鳥栖市鳥栖小学校(旧鳥栖国民学校)に、当時としては極めて高価なドイツ製グランドピアノが置いてありました。このピアノは昭和5年、「子供達に良い音楽を聴かせたい」という願いを込め、地域の婦人会(現在で言う父兄会)より寄贈されたものです。
その頃、日本軍によるハワイ真珠湾攻撃に始まった戦争がアジアの国々に広がり、沖縄へのアメリカ軍上陸に対する作戦として、「特攻(特別攻撃)隊員」による敵空母への体当たりが行われるようになりました。
ある日、二人の特攻隊員がこの鳥栖小学校を訪れました。二人は音楽学校(現在の音大でしょうか)の学生で、音楽教師になることを夢見ていた若き学徒動員でした。『私達は出撃の為、明日、鹿児島の知覧(当時、特攻作戦の出撃基地となっていた場所)へ出発します。こちらにグランドピアノが置いてあると知り、線路伝いに走ってきました。お願いします、ピアノを弾かせて下さい。』と懇願し、今生の別れの曲として、ベートーヴェン・ピアノソナタ14番「月光」を弾き、その場を立ち去られました。

世界の恒久平和を願うべく、二人の特攻隊員が弾かれたピアノを保存する運動と共に、映画「月光の夏」(1993.8・日本ヘラルド映画、ポニーキャニオンよりVHSも発売)が創作されています。
数年ぶりにこの映画を鑑賞した感動が引き金となり、久しぶりにピアノを弾いてみたくなりました。思えば大学受験を控えた高校2年生までは、近所に住む音大卒のお姉さん(気が付くと○ばさんでしたが…)にピアノを習っていましたので、もうかれこれ10年近く練習を怠っている有様です。不思議な事に、頭では完全に忘れてしまったテクニックも、ピアノの前に座ると指先がしっかりと覚えてくれていました。「う~ん、まだイケる!」

現在、二人の特攻隊員が弾かれたピアノには修復が施され、鳥栖市のコミュニティセンタ「サンメッセ鳥栖」に展示されてあります。実はこのピアノ、受け付けにて手続きを行えば、誰でも自由に弾くことができるようになっています。
先日、「どこかドライブに行きませんか?」という後輩の誘いをきっかけに、高速に乗って向かった先は鳥栖市。到着するや否や、取り憑かれたかのように演奏を続ける私を見て、後輩曰く「マジ、どん引きしてしまいました…」。気が付くと甚平姿で汗だくになっている私に、建物内に居るお客さんの視線が集中しており、受け付けのお姉さんから「ありがとうございました」の一言。
展示されてあるピアノで月光を弾いていた最中は無我夢中になっていましたので、ひょっとするとこのピアノを弾かれた特攻隊員の魂が乗り移っていたのかもしれませんね。

将来、自分の家を持つ際にはグランドピアノを置ける地下室を設けたいと願う、若干26歳の若造でした。
(ついでにね、愛車を置いてライトアップしてさ、音響映写機器を設置してさ、ワインセラーまで並べちゃってさ、あとね、それから…)