ホッブズの著書「リヴァイアサン」1651年刊。国家を旧約聖書に記されている巨大な怪物
リヴァイアサンにたとえ、社会契約に国家の起源を求めつつも、国家権力への絶対的服従を説く。
Thomas Hobbes (1588~1679) アジアの二つの文明圏にあっては、「レビアタンは悪人」
ということであるので、ホッブズは聖書を、“おとぎ話”として確信していたのかの感を抱かせる。
リヴァイアサンは、英語で専制君主国家という意味もあるが、無理な国家観を考えた。Leviathan
レビアタンは ラテン語であり、Liwyathan は、ねじれているという意味のヘブライ語であり、ヘブライ語
に由来するという説もある。日本人には、ヘビヤタンの方がわかり易い。へみ(蛇)のひれであるが、
一方では、金運の象徴であったり、家の守り神の蛇もいるのであるが、毒蛇にかまれて命を落とす人も
いるので、好感を抱く人は稀である。ホッブズの父は牧師。ホッブズは青年時代、フランス、イタリアを
旅行し、フランスでは、デカルトやメルセンヌなどの学者と交流した。1640年~1650年の清教徒革命
の勃発直前に身の危険を感じて、フランスに亡命し、パリで学問的成果をあげた。
「リヴァイアサン」の出版によって、無神論者として異端視されたが、イギリスに帰国後、年金を受け、
当時としては高齢の71歳で没するまで幸福な晩年を送った。日本では、一億玉砕の全面戦争推進派
の「リヴァイアサン的な国家観」は、太平洋戦争後、進駐軍の世界戦略的国家権力至上主義に従属し、
“平和憲法”として結実するに至ったのだが 国家が形成される前の人間は平等であり、望む
ことを行為することが許されている。この権利をホッブズは、「自然権」と考え、自然権に基づいて人間が
行動している限りは、人間は、法や道徳・倫理を持たず、自分が生き残るためには相手を滅ぼす行動に
出る。これを、「万人の万人に対する戦い」「人は人に対して狼である」とホッブズは考えたのであるが、
日本を例にとれば、縄文時代以前を調べてみても、人は人に対して、狼と180度反対の方向の存在者
であり、この事実は科学的にも証明されている。従って、やはり、アジアでは、レビアタンは悪人という
結論に至るのである。近代憲法は、リヴァアサン(聖書に記されている怪物)である国家統治権力から
国民を守るために憲法意思を尊重する主義(明確な立場)であり、純粋な考え方(イデア)ではない。主義
(イズム)には、意見や主張という意味もあり、態度や行動で表現されたり、時代遅れになることもある。
この純粋な考え方(イデア)が憲法で明らかにされていない場合には国民は災害ばかりを被ることになる。
直ぐに実現することから、憲法観とは過程や仮定ではなく、そのまま結果であるとも言えるほど重要である。
又、現実を生きる国家と国民を対象とすることから脚本類(script,scenario)とは峻別されなければならない。
In the Bible,a man who continued to have faith in God even though God destroyed his property and his family