芦屋歌会で歌をお披露目した時、ちょっと時間が押していた。私の歌が終われば、急いで休憩に入るという進行状態。
ひととおり、
点数を下さった方のコメントを聞き終えて、
「他に何かありませんか?」的に、
司会者が促したとき、
間が空いたので、
時間がもったいない気がしてしまい、
「稲田なんですけどね」
なんて、
紹介を待たずに、
作者として、歌の経緯などを話し始める。
これといって、質問もなく、
休憩に程なく入る。
その直後、
角を挟んだ隣の女性が、
私に話しかけてきた。
まだ五行歌を始めて、間もないらしい、芦屋の方。
★
その方のお話を聞き終えたとき、
碁盤を支配していた、
白いオセロのコマが、
ひとつの黒いオセロのコマにより、
一気にひっくり返っていくような、
ショックがあった。
頭の中の(私A)~……が、
一気にひっくり返って、黒く伏せた。
大雑把に言うと、
人類はもうすでに、
海を埋め立てて、
高層ビルを作っているという。
だから、
この歌には、点数を入れれなかった、という。
――そういえば、兵庫県には、
「六甲アイランド」という有名な、人工島があるじゃないか……。
とっくの昔に存在している、
昔はなかったはずの海の上の土地。
さっきの歌会での、
自分の力説が、ものすごく、恥ずかしくなった。
二次会でも、座ったとたん、
開口一番、
「ショックだぁ~」と、言ってしまった。
奈良の宮澤さんも、
「ん……、それは、歌会中に、
私も増田さんとちょっと横でお話してたんだけれどね」
と、言われて、ますます恥ずかしい。
その後も宮澤さんは言葉を続けたが、
よく聞こえないほど、無知を恥じ入った。
この歌では、通用しないのか。
★
二次会が終わって、
ひとり、姫路方面行きの電車に乗った。
三宮あたりで、椅子に腰掛けて、
落ち着いたところで、
宮澤さんの言葉の続きを急に思い出した。
「でも、一行目に『海の上に』って書いてあるから……」
海の上に。海の上に。海の上に……。
はっ!!
一気に黒くなっていたオセロが、
何気ない一言の白いコマで、
再び、
息を吹き返すように白くなっていく。
自分の無知さにショックを受けて、
すっかり、歌を作った過程を忘れていた!!
そう。海の上に、なのだ。私がイメージしたのは。
★
休憩になって、私に忠告してくださった方は、
確かに、歌の内容を忠実に読まれている。
が、飛躍してくれていない。
歌を読むことで、
ジャンプしていただけなかったんだと気づく。
言葉の向こう側にある、
言葉では言い表しにくい、
一番言いたかったところに。
あの方は、
言葉を理解していても、
そこを踏み台にして、
私の真意に触れていない。
もしかしたら、
「海の上に」ということを、
「水の上に」というふうに、
解釈してもらったほうが、
私の真意に、触れてもらえたかもしれない。
つまり、
埋立地が昔から身近にある人にとっては、
「海の上に高層ビルを建てる」ということを、
「水を土のように扱って、高層ビルを唐突に建てる」
という風に、
解釈してもらったほうが、
私の真意に、触れてもらえたかもしれない。
たまらなく、悔しくなった。
この歌の命を、全うさせてあげれなかったような、
責任を果たせなかった、申し訳なさが込み上げる。
★
あぁ、どうして、
歌会の公の場で、言って下さらなかったんだろう。
まだ、場慣れしていないから?……だろうな。
言ってくださったら、その場で、
例えば宮澤さんが「海の上で、とあるから……」
とかの一言があったりして、
羞恥心から一瞬で抜け出して、
より、真意が伝わるように、
この歌のフォローが出来たというのに
(もちろん、それで、伝わるかどうかは、わからないけど、
より鋭角に、その歌を迫らせることは、出来たと思う)。
自分の歌の説明の仕方が、
他人を寄せ付けないようにしているんだろうか。
圧倒するように言っているような気は、確かにするけど……。
っていうか、それ以前に。
点数を入れた人達のコメントが終わった後、
一瞬の間を察知して、
時間などを気にして、
作者として、
話し始めたのがいけなかったか。
もう少し、あの沈黙に耐えれば、
あの公の場で、あの方は、
お話してくださっただろうか。
★
それとも、もう遅いんだろうか。
海を埋め立てて、マンションを作って、
現実に人々が生活をしている今となっては、
科学に対して、
禁じ手を
人類に願うなんて、
もう、お笑い種なんだろうか。
この歌の比喩のように、この願いももう遅い……?
だが、そうだとしても。
無知を露呈するばかりかもしれないけれど、
このテの想いがあふれたら、やっぱり私は歌う気がする。
遅かろうが早かろうが、やっぱり私は詠うと思う。
海の広さに圧倒されて、
いろんなことが、頭の中でわかっていても、
バカみたいに、詠わずにいられないと思うのだ。
どうかこれ以上、
人類が、
切羽詰りませんように。
ひととおり、
点数を下さった方のコメントを聞き終えて、
「他に何かありませんか?」的に、
司会者が促したとき、
間が空いたので、
時間がもったいない気がしてしまい、
「稲田なんですけどね」
なんて、
紹介を待たずに、
作者として、歌の経緯などを話し始める。
これといって、質問もなく、
休憩に程なく入る。
その直後、
角を挟んだ隣の女性が、
私に話しかけてきた。
まだ五行歌を始めて、間もないらしい、芦屋の方。
★
その方のお話を聞き終えたとき、
碁盤を支配していた、
白いオセロのコマが、
ひとつの黒いオセロのコマにより、
一気にひっくり返っていくような、
ショックがあった。
頭の中の(私A)~……が、
一気にひっくり返って、黒く伏せた。
大雑把に言うと、
人類はもうすでに、
海を埋め立てて、
高層ビルを作っているという。
だから、
この歌には、点数を入れれなかった、という。
――そういえば、兵庫県には、
「六甲アイランド」という有名な、人工島があるじゃないか……。
とっくの昔に存在している、
昔はなかったはずの海の上の土地。
さっきの歌会での、
自分の力説が、ものすごく、恥ずかしくなった。
二次会でも、座ったとたん、
開口一番、
「ショックだぁ~」と、言ってしまった。
奈良の宮澤さんも、
「ん……、それは、歌会中に、
私も増田さんとちょっと横でお話してたんだけれどね」
と、言われて、ますます恥ずかしい。
その後も宮澤さんは言葉を続けたが、
よく聞こえないほど、無知を恥じ入った。
この歌では、通用しないのか。
★
二次会が終わって、
ひとり、姫路方面行きの電車に乗った。
三宮あたりで、椅子に腰掛けて、
落ち着いたところで、
宮澤さんの言葉の続きを急に思い出した。
「でも、一行目に『海の上に』って書いてあるから……」
海の上に。海の上に。海の上に……。
はっ!!
一気に黒くなっていたオセロが、
何気ない一言の白いコマで、
再び、
息を吹き返すように白くなっていく。
自分の無知さにショックを受けて、
すっかり、歌を作った過程を忘れていた!!
そう。海の上に、なのだ。私がイメージしたのは。
★
休憩になって、私に忠告してくださった方は、
確かに、歌の内容を忠実に読まれている。
が、飛躍してくれていない。
歌を読むことで、
ジャンプしていただけなかったんだと気づく。
言葉の向こう側にある、
言葉では言い表しにくい、
一番言いたかったところに。
あの方は、
言葉を理解していても、
そこを踏み台にして、
私の真意に触れていない。
もしかしたら、
「海の上に」ということを、
「水の上に」というふうに、
解釈してもらったほうが、
私の真意に、触れてもらえたかもしれない。
つまり、
埋立地が昔から身近にある人にとっては、
「海の上に高層ビルを建てる」ということを、
「水を土のように扱って、高層ビルを唐突に建てる」
という風に、
解釈してもらったほうが、
私の真意に、触れてもらえたかもしれない。
たまらなく、悔しくなった。
この歌の命を、全うさせてあげれなかったような、
責任を果たせなかった、申し訳なさが込み上げる。
★
あぁ、どうして、
歌会の公の場で、言って下さらなかったんだろう。
まだ、場慣れしていないから?……だろうな。
言ってくださったら、その場で、
例えば宮澤さんが「海の上で、とあるから……」
とかの一言があったりして、
羞恥心から一瞬で抜け出して、
より、真意が伝わるように、
この歌のフォローが出来たというのに
(もちろん、それで、伝わるかどうかは、わからないけど、
より鋭角に、その歌を迫らせることは、出来たと思う)。
自分の歌の説明の仕方が、
他人を寄せ付けないようにしているんだろうか。
圧倒するように言っているような気は、確かにするけど……。
っていうか、それ以前に。
点数を入れた人達のコメントが終わった後、
一瞬の間を察知して、
時間などを気にして、
作者として、
話し始めたのがいけなかったか。
もう少し、あの沈黙に耐えれば、
あの公の場で、あの方は、
お話してくださっただろうか。
★
それとも、もう遅いんだろうか。
海を埋め立てて、マンションを作って、
現実に人々が生活をしている今となっては、
科学に対して、
禁じ手を
人類に願うなんて、
もう、お笑い種なんだろうか。
この歌の比喩のように、この願いももう遅い……?
だが、そうだとしても。
無知を露呈するばかりかもしれないけれど、
このテの想いがあふれたら、やっぱり私は歌う気がする。
遅かろうが早かろうが、やっぱり私は詠うと思う。
海の広さに圧倒されて、
いろんなことが、頭の中でわかっていても、
バカみたいに、詠わずにいられないと思うのだ。
どうかこれ以上、
人類が、
切羽詰りませんように。
これは、芦屋の地域性、ということで、
確かお話してくださったことですよね。
おぼえてます。おぼえてます。
>これは稲ちゃんとの年齢差もあるのかもしれないけれど
どうなんでしょうかねぇ。
そういうところも、あるかもしれませんけどねぇ。
>気になったのはら抜き言葉だけ(笑)
ら抜き言葉と、関西弁は、紙一重(笑)
最初の最初は、
「建てることが出来る程度の」という書き方をしてて、
長くって、
「建てられる程の」でも、一回落ち着いたのですが、
文法的な意味を取っ払って、
響きだけで考えると、
「ら」を入れると、受け身な印象に、
引っ張られてしまったんですよ。
「自分らでビルを作っておいて、受け身な印象って、どーよ」
って、抵抗感を持ってしまって。
私の話し言葉の中では、
ら抜き言葉は、なまりとして、抵抗がないので、
こんな風にさせてもらいました。
歌会ではなく、本誌に出すつもりだったら、
書き言葉でしか勝負出来ないので、
「ら」は入れたかもしれません。
>湖の上・海の上
そうかぁ。印象が違うんだぁ。
私の中では、同じ「水の上」ということで、
大差なかったんですがね。
即詠の歌も、本当に曖昧。
五行目も
「まだ手が出せてないな」かもしれません。
「まだ」が入っていたかもしれないと思ったり。
微妙なところが不明だし、
その微妙なところで、大きく、思いの表現が違うし。
ある意味、気持ち悪い歌です(笑)
>それじゃあ、ほんとにほんとに福井でね!!
はい。ほんとにほんとに福井で(笑)
そうですね。
芯の部分、読ませていただいて、私もそう思いました。
>海や川の上がひろびろと空いてるからって、せせこましく何かに利用しようとか思ってほしくない。
かつてあった、空き地。
ドラえもんやのびたくん達が遊ぶ場所に使っているような原っぱに、
ビルや家を建てて欲しくないと、
ある人のエッセイで書いてあるのを
目にしたことがありますが、
きっとそれと同じことなんでしょうね。
取り越し苦労をしたくはないけれど、
危惧してしまう。
「ありえないこと」と、
たかをくくってしまえるものは、
この世に何もない。
だが、「ありえないこと?」と、
疑うところから、
素晴らしい知恵だって、生み出されていくわけで、
それを全面否定する気もなくて。
だだっぴろい、田んぼを壊して作られた、
マンションに快適に住む私の歌に、
どれだけの説得力があるのだろう、と、
ふと思い、
きりがなくって、考えるのをやめる。
それでも、人は誰でも、
ちゃんとした場所を、
侵されたくない所として、
所有するということがあるって、わかる。
何もなくっても、侵されてしまう場所。
エゴとエコロジーは、紙一重。
収集がつかない連想が、駆け巡ってきました(笑)
まとめないまま、終わります(ぎゃはは!)。
つばささんの真意のほどは解らないけれど、司会者としては感謝(笑)止まるところを知らなかったかも(笑)プレ歌会でも結構皆さんの発言は活発でした。
今回はお休みだったoさんもしっかり入れない評を言ってくださっていたしね。ただ間合いというか、以前も書いたような気がするけれど、人が歩くのも応対するのも、エレベーターの速度もゆったりしているような独特の時間の流れがあるように思います。これは稲ちゃんとの年齢差もあるのかもしれないけれど
稲ちゃんの歌、ポートアイランドも六甲アイランドも
空港も出来るけど全く気にならなかった。発想の豊かさと四、五行目の祈りへと私の意識はいってたから。気になったのはら抜き言葉だけ(笑)ゴメン、ゴメン。ただ、作者の弁を聞いていて、海の上を湖の上としたらどうだったかとは思いました。湖の上にビルが建ち並び、対岸まで地続きになってしまう感じがリアルで良いのかなとも。でも、私は海の上が好き。
それじゃあ、ほんとにほんとに福井でね!!
稲田さんの歌、なんの問題もなく飲み込めた。わたしも同じような視点の歌が過去にあるんです。
* * *
川を見るのが好きだった
そこには
誰も立つことができないから
ただ
広々と水があるから
井椎しづく
* * *
稲田さんは建物のイメージで、わたしは人だっただけで、芯の部分が似てると思いました。
海や川の上がひろびろと空いてるからって、せせこましく何かに利用しようとか思ってほしくない。
技術をそんなところに使ってほしくない。
稲田さんのお歌を読んで、そういう思いがより強くなりました。