日々の吐露を綴って。。

私が生きてここにいる現実と向き合う、日々のつぶやきのブログです。
時折お気に入りの曲も紹介しています。

脳と魂

2016年10月30日 17時23分46秒 | 日記
事故で記憶を失ってしまう、現実にあることなのだと、知人に実際起きているのを目の当たりにした主人は、本当に驚いていた。


ライフワークにするほど追いかけていた好きなことが殆ど記憶にない、また、そうだったんだよと、過去の話しを聞かされても、感情がわき上がらない、まるで他人事のようだなんて。


でも、残っていた断片的な記録を辿り歩いて、記憶が少し戻る時もあるらしい。


記憶喪失を境に他の魂とすりかわってしまうこともあるのではないか、とも考えてみたが、身の外に処している自分は自分そのものであり、それが現実、真実そのものなのだ。


気質や性格は魂自身が持っているのだと思っていた。


が、それらは実は脳によるのであって、魂は持たないのではないか。


以前、脳科学者の中野信子さんの著書に、興味深い話しが載っていた。


ざっくり書くと、プレーリーハタネズミは一夫一妻制を貫くネズミなのだが、このオスの遺伝子を、一夫多妻で繁殖力の大勢なハタネズミのオスに遺伝子操作すると、一夫一妻の行動を示す、というものである。


浮気癖は脳で決まるのか?


ままならない性質の脳を身体を、なんらかの作用?であてがわれ生きるのか?


ならば、魂自体、まっさらであると言えないか?






色々考えるようになって、瞑想とは実はあえてそれを、脳から切り離すことをしているのだとも言えるのではないか。

伝えたいこと

2016年10月11日 17時56分11秒 | 日記
今年のいつだったか、次女を物凄く叱ったことがあった。


どうせ私はバカだから、たしかそんな言い訳を口にしたので、じゃあ自分がいったいどれだけバカだと思っているのかを説明してみろ!!と私は怒鳴りつけたと記憶している。


自分をバカだと言い訳して、何も手を打たないで怠惰でいることをわからぬふりをする、そこが一番愚かであり、それで一体何になるというのか。


怒っていい、叱っていい。


そこに伝えたい意思をのせて「伝わる」ことが要なのだ。


私の両親は、私が小さい頃、叱るのではなく決まって「甘えだ」と言って親だけが納得するだけだったから、なにがどう甘ったれなのか全く伝わってこなかった。


ただ、親を不機嫌にさせた罪悪感だけが植え付けられる。


ただ感情的に怒るのと作用は全く変わらない。


だから私は代々「私の親はこうだったから」「こうやられてきたから」といった世代連鎖を絶ちきる意図をもって日々子供達に処している。


その様子を隣の部屋で、黙って聞いていた長女も、以前は散々私にそんな説教をされてきて、散々泣いたが、もう今では、何かを抱えていてもやることはやる、というものが定着してきて、自分の行動に能動的になり、自分を粗末にしなくなった。


それまで強張って避けていた同性との関わりも、少しずつ増えてきて、学校生活も自分なりに楽しみ、バイトも和気あいあいと続いていて、四年近く通った心療内科も、そろそろ終えるのではないかと思う。


次女はそれ以降は、自分を卑下するようなことは口にしなくなった。


私の本気度が伝わったかな。

至福

2016年10月10日 16時19分50秒 | 日記

いよいよ広報誌作りも終盤戦、一人の時間をみな作製作業に費やして、へばりつくようなパソコン作業からやっと、やっと剥がれられる日も近い。


女性のあるあるで、進まないお喋りはたくさんするが、進めなければならない実行に関して他力本願、できあがったものに対しての注文をつけるのも常々であるからして、発行予定日を前倒しして黙々とレイアウト作業に励むのである。


確かに作業としては大変だけれども、「楽しい」。 皆「大変でしょう」と言うが、何のその。


親子で紙面を見てああのこうのと会話が弾む様を思い浮かべながら、五感に伝わる色使い、カットイラストの配置に躍動感を持たせて・・・思いの息吹を白紙のキャンバスに吹き込むと、生き生きと形になっていくのが、もう楽しくて楽しくて仕方ないので、何時間でも没頭してしまう。


取材を重ねたメンバー達の、知ってほしい、楽しんでほしい気持ちが、保護者や児童に生き生きと伝わるといいな。


そんな願いに辿り着く過程での労力は、やりたいことをするならそれなりにやらなきゃならないこともある、ただそれだけだ。


好きなことでお役に立てることの幸せったら最上級、他にないだろう。


有り難い機会を、時間を、使わせていただいたのだから、無事に発行できるだけでもう御の字である。