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ガラスの御伽噺

ガラスの仮面、シティ-ハンタ-(RK)、AHの小説、BF
時代考証はゼロ
原作等とは一切関係ございません

透明な雫〜16〜«完»

2017-09-01 09:40:19 | AH

『こんにちは、看護師さん。』

獠が、香にかけた第一声だ。

病室に入った獠は、まず香のソファベッドの脇にパイプいすを広げると、背もたれを香側にして置いた。

背もたれに両腕を重ねておき、左手で右ひじをつかんで姿勢を固めると、長い脚は、椅子をまたいで放り出した。

マジックミラーの裏の部屋では、獠以外の人間が固唾をのんで見守っている。ファルコンは病室のドアを少しだけ開き、廊下で中の様子を伺いながら待機していた。

獠は、椅子を置くときに、意識的にソファベッドと少し距離を取った。

香の視力が元のものかどうか分からないが、彼女の記憶の獠は30歳前そこそこか、それとも40歳近い自分。なのに、今の獠は、既に40代後半にさしかかろうとしている。

いきなり老けた自分が至近距離で現れれば、ショックを与えるかもしれない。香の気持ちを考慮しての距離だ。

声は、老けていないと獠は思っている。香が17歳の時に出会ったあの頃から。だから、思い切って声をかけた。

香は、少し頭を獠の方へ傾けて、穏やかな表情で彼を見ている。

その視線は、とても柔らかで、現実と夢の堺を漂う白い羽のように幻想的だ。

獠は、少し間を置き、香を見つめる。

香は28歳のとき、そのままで。

薄茶色の透明な瞳も、肌の白さも肌理の細やかさも、うっすらピンク色の唇も、獠の恋しい香はそのままの姿でここにいた。

獠は、リモコンを取るとモーツアルトのBGMを消す。途端、病室は、何も聞こえない静寂の世界になった。

『・・・だって、モーツアルトは趣味じゃないだろう?』

獠はBGMを止めた理由を話す。何もしゃべらない香と、まるで対話しているかのように。

このセリフを聞いた香の表情が、一層緩んだように見えた。

『そうそう、紅茶よりもコーヒー。それに、お前は、花より団子ってか。』

“だろう?”、と獠は香に同意を求めるように、おどけて首をかしげて見せる。それは香が大好きな獠の表情の一つで。

ほころぶように香の唇がほんの少し開かれた。

そして・・・

『帰ろうぜ、オレ達の家に。』

そう言うと、獠は椅子から静かに立ち上がり、ゆっくり香に近づく。

そして、ひざまずくように身を更にゆっくりとかがめ、そっと触れるだけのキスをする。

それは、

あのときの、

--酔っぱらった獠を迎えに来た香にした、路地裏での最低な初キス。--

あの時のキスのように、想いのたけを込めて、どうしようも無いほどに優しく。

香の表情を見つめていて獠には分かった。

香が年齢を重ねた自分を見ても、何も動じていない事を。

獠が獠であるかぎり、香も香であることは揺るがないと。

二人の関係は永遠のものと。

   『『・・・獠・・・』』

小さいがしっかり、香が獠を呼ぶ。視線は、夢から覚めたように、しっかりと獠を見つめている。

香は微笑んでいた。

後になって獠は、この時の香の声はまるで幻聴のようだったと回顧する。

獠は両腕をソファベッドに身を完全に委ねたままの香の背中に回すと、彼女に覆いかぶさり、守るようにふわりと抱きしめた。

そして、さきのキスより、三秒だけ長い触れるだけのキスをすると、香を見つめる。

『おかえり、香。』

それは、暖かい花びらのシャワーのように香を包み込む獠の声。

香瑩はスピーカーから聞こえる、獠と香の声に、包まれてくような暖かな感覚に抱かれていた。

眩い光で照らす、でも穏やかな太陽のようで、海のように広くて、深い、例えられない安心感とともに。

きっと、これからも続いていく感覚。

そう、

新しい、家族とともに。

  «完»

 


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