香、高校2年生の春。
待望の春休みに入った。
春休みが終われば、香は高校3年生になる。
大学に行くきは更々ない香は。
受験勉強とは無縁の日々で、春休みはノンビリしたものだ。
そんなかんだで。
終業式を終えてからというもの、兄と獠のいる冴羽アパートに入り浸りたっている。
『獠、仕事だ。』
“バリバリバリ・・・”
『冴子経由ねえ・・・・。』
“♪♪♪〜♪♪♪〜!”
『そういうな、まあ、報酬は安いが警察の経費からねじ込んでるんだ。勘弁してやってくれ。』
“ゴクゴクゴク・・・”
『だってさあ、冴子の仕事のたんびにモッコリ報酬たまってくのに。返してくんないし〜?』
“バリバリバリ・・・”
『獠、そんな報酬はもとから無い!』
“♪♪♪〜♪♪♪〜!”
『じゃあ、パス。』
“ゴクゴクゴク・・・”
『ホントにいいのか? 獠。』
“バリバリバリ・・・”
『・・・ってか、槇ちゃん、お前の妹・・・。』
香の春休みも中盤に差し掛かった日曜日の夜。
夕食後の冴羽アパートのリビング。
獠と秀幸は、冴子から持ち込まれた仕事の打ち合わせで。
そして、香は。
彼ら二人の傍で、日曜劇場をテレビで鑑賞している。
今日は香が好きなインディ・ジョーンズの映画の放映だ。
今までは、帰宅の遅い秀幸を待ちながら、一人、公団の小さなアパートでテレビを見る事が多かった。
でも、ここにいれば、兄と獠がそばにいる。
香はご機嫌で鑑賞中で。
手には草加せんべいの大袋と、一リットル入りの紙パックジュースを持って。
さっきから、この冴羽アパートには不似合いな音の発生源だ。
獠と秀幸の会話に、香がせんべいを食べる音と、香がパックのジュースをがぶ飲みする音と、香が鑑賞しているテレビの音が混じる。
『・・・香は自宅に居させようと思ったんだが、ついてきてしまってな。』
秀幸は、ヤレヤレといった表情で妹を見る。
でも、その表情は慈愛に満ちて。
秀幸は、シティーハンターの仕事をしている事を香に知られた。
おまけに、数週間前の笹井重工の社長宅への乱暴な挨拶にも香は同席していて。
獠のシティーハンターとしての荒々しい仕事現場も目撃している。
でも、香はいつもと全く変わりなくて・・・。
“法律では守れない、世の中の理不尽ってやつから誰かを守る仕事なんだろう?”
大人びた事を言って、秀幸を驚かせた。
今日の香は、黄色いトレーナーに秀幸のお下がりの青いオーバーオールという服装だ。ソファで胡坐をかいてテレビを見ている姿は、少年のようで。
そんな、大人と子供が同居したような、年の離れた妹が、秀幸は愛しくてたまらなかった。
今日だって、冴羽アパートに行こうとしたら、くっついてきた香を一緒に来てしまった。
『まあ、いいけどさあ、・・・スイーパーのアジトでせんべいって、どうよ?』
『・・・ハハハ(汗)』
渋面の獠に、秀幸は苦笑いだ。
時刻はもうじき23:00。
日曜劇場は終わりらしく、BGMを背景にエンドロールが流れ出した。
『んで、槇ちゃん、さっきの“ホントにいいのか?”って、どういう意味?』
『ああ、潜入先の事だ。獠、アクトレスプロモーションっていう会社は知っているか?』
『アクトレスプロモーション?・・・ま、まさか・・・、超モッコリ美人女優と美女タレントばっかりの芸能プロダクション?!』
『・・・言い方はアレだが、そう、女性タレント専門の芸能プロダクションだ。』
『そこに潜入?いく!リョウちゃんいくいく!今すぐ行く!』
『慌てるな、獠。潜入するのは、芸能プロじゃない。実行も明日の夜だ。』
『明日・・・、ほ〜、ってことは、潜入っちゅうのはあのパーティーかあ❤』
『知ってるのか?』
『モッチロン♪ モッコリ美女が参加するパーティーだろ?リョウちゃん憧れの、女優の麦倉涼子ちゃんでしょ〜、グラビアの鈴木京子ちゃんでしょ〜、グフフ・・・・』
『お前にとってはそうかもしれんが、れっきとしたチャリティーパーティーだ。獠。』
秀幸は呆れ顔だ。こんな美女だらけのパーティーに潜入なんて、本当は獠にはさせたくなかったのだが・・・。
女性タレント専門の芸能プロダクション・アクトレスプロモーション㈱。
この会社は毎年この時期にチャリティーパーティーを開催している。
所属の女優やタレントを招待客と歓談させて、寄付を募るという趣向で、金持ちがあつまる事で有名なパーティーだった。
今年の会場は、都内の外資系高級ホテルのパーティー会場。
招待客の面々は相も変わらず豪華である。
だが、しかし。
今年はちょっと事情が違う。
招待客を装って、盗品美術品のコレクターが数名混じりこんでいるという情報が入ったのだ。
パーティーに出席するフリをして、途中こっそりパーティー会場を抜け出し、ホテルの別室に運び込まれた盗品美術品のオークションにも参加するという寸法らしい。
だが、パーティー自体は、まともなものでアクトレスプロモーション㈱にも、後ろ暗いものはない。
別室で盗品美術品を捌くのは中国系のマフィアで、パーティー自体はオークション参加者をカムフラージュするための単なる隠れ蓑だ。
なんの後ろ暗さもないパーティーのうえに、盗品美術品が同じホテル内にある証拠もない。警察が切り込めない為、冴子が秀幸に持ち込んだのである。
『あ、その女優さん知ってる!麦倉涼子!スケベな獠が好きそうだな!』
いつのまにか、香が会話に入り込んできた。
食べ飽きたらしく、せんべいの大袋は半分ほど残ったまま、放置され、今は獠と秀幸の仕事の話に首を突っ込んでいる。
『香、おとなしくしていなさい。今晩はそろそろ帰るから。支度しなさい。』
秀幸は香に帰り支度をさせようとしたが・・・。
『へ?支度なんてないよ?』
食べ物以外、完全手ブラできた香は荷物なんて無くて。
今の会話から逸らそうとした秀幸の努力は徒労に終わる。
そんな様子を見ていた獠は、こっそりため息が出た。じゃじゃ馬の香が、仕事の話を聞いたら興味深々になることくらい、秀幸だってわかるだろうと・・・。
『いいから、槇ちゃん、話すすめようぜ?』
『はあ・・・。香はおとなしくしていなさい。』
“は〜い”と、どっちつかずの返事をした香に、大きくため息をついて槇村は説明を再開した。
『それで、明日の夜だが、ここにあるパーティーの招待券で会場に潜入する。コレクターはこの三人。』
秀幸は、写真を三枚取り出す。いずれも、中年の太った男だ。
金だけはたんまり持っていそうだが、獠は写真を見てゲンナリする。
『せっかくのモッコリパーティーに、こーんなジジイ・・・。興冷めもイイトコだぜ。』
『チャリティパーティーだからな。参加者から寄付を集めて赤十字に寄進するそうだ。金持ちも参加しないと金が集まらん。』
『本命が、もっこりちゃんじゃなくて、盗品美術品とはねえ。趣味あいそうにねえなあ〜。』
獠はヘラヘラ苦笑いだ。
『気をつけろよ、獠。盗品を別室で捌くのは中国系のマフィアだ。荒っぽい連中だぞ。』
『心配ねーよ、そっちは。それより、招待券、・・・男女同伴参加、・・・男性はタキシード、女性はイブニングって書いてるぜ?』
『・・・ああ、それだが・・・。』
秀幸が言い出した所で、獠が口をはさむ。
『そーだっ、冴子にしよーぜ!冴子!露出の高いドレス着せりゃ、会場の男どもの気もそらせるぜえ!』
スケベ顔でまくしたてる獠だったが、秀幸から冷たい宣告がされる。
『そのことなんだが、獠、すまないが明日は一人で会場に入ってくれ。』
『えええ?! 同伴なしで行くなんて、絶対にイヤだ!! モテないヤツみたいじゃねーか!! 冴子、冴子を貸せ!!!』
ダダをこねる獠に秀幸は、また大きくため息を吐く。
香は、さっきからやたら名前が出てくる冴子って誰? とおもいつつ、ききわけの悪い獠を呆れて見ていた。
『それは無理だ、獠。』
『いいじゃねえか、明日の夜だろ? 潜入に同伴できるイイ女なんて、冴子しかいねーじゃねーか!』
冴子、冴子と連発する獠に、香は少しイライラする。いったい、どんな女だというのだ。
『敵さんは、都内の警察のデータを持っているらしい。恐らくパーティー会場にこっそり画像センサーカメラでも仕掛けるんだろう。顔認証で警察を警戒してくるはずだ。過去五年以内の警察の退職者も含まれるらしいんだ。 だから、冴子も、・・・オレも潜入はできん。』
このやり取りで、香にも少し事情がつかめてきた。冴子、というのは警察の人間で。そして、兄の同僚だったのだろう、と。
『は〜、しゃあねえ、会場でもっこりちゃん調達か・・・❤』
獠がニヘラ顔で言う。口元からは涎が流れそうだ。
『獠・・・、だから今回の潜入は任せたくなかったんだ・・・。』
秀幸が困り顔で獠を睨む。雲行きが怪しく、獠はあわててフォローに入った。
『おいおい、槇ちゃん、リョウちゃんは頑張るぜ? ばっちり仕事してきてやるって♪』
そうも言いながら、獠はグフグフ笑っている。
秀幸は、獠なら単独でも仕事はこなす事は分かっているものの、あまりに不真面目な態度に頭痛がしてくる。
人差し指と中指でこめかみを強く揉んだ。
そして、香にも。
秀幸が困っているの理由が十分に検討がついた。
この家に転がるエロ雑誌に、女好きを隠そうとしない、今のあからさまな会話。
秀幸は、獠が女にうつつを抜かすのが心配なのだろう。
本当は秀幸が潜入した方が安心なのだろが、元警察という事で面が割れる可能性が高い。
そこで、渋々女好きな獠を美女だらけのパーティーに潜入させなければならないのだろうが・・・。
香は、ふと思案した。
そして、自分ができる(と思う)事を発見する。
兄への助け舟だ。
『ねえ、アニキ?』
香が、久しぶりに口を開く。秀幸は腕時計を確認しながら香に答えた。
『すまんな、香、眠いだろ? そろそろ帰るから。』
『そうじゃなくて、アニキ。』
『ん? なんだ?』
秀幸は香の方を向いた。
秀幸が、香を見る目は蕩けそうに甘い。
獠は、そんな相棒の表情にこっそり目を細めた。
守るべき愛しい存在がある男というのは、かくも良い表情をするのかと。
だけど、そんな獠の気持ちは心の奥底に秘められていて。
表に出る事のない、出せない想いを、目の前の兄妹は知る術もない。
だが。
そんな、獠の感傷を一蹴にする香のバクダン発言が・・・。
『アタシがいくよ!』
『え?』
秀幸は香の話が飲み込めず、聞き返す。
『明日のパーティー、アタシが獠に同伴する。獠が女にスケベな事しないように見てればいいんだろう?』
突拍子も無い、香の提案。
獠と秀幸は仰天した。
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