アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

丘の上のマリア Ⅲ 加藤紗智子①

2016-12-20 00:42:23 | 物語

 加藤紗智子が高校二年の時、父幸太の従弟、御母衣宗介が一人息子の恭平を
連れて加藤邸に遊びに来た。この親子は、近くの円山町に住んでいたので、度
々訪れていました。
 二階のベランダでは幸太と宗介が、昼間からワイングラスを傾けながら昔話
に花を咲かせていました。紗智子は、少し離れたロッキングチェアーで珍しく
も本を読んでいました。彼女は、いつも自分の部屋に籠もりきりで勉強漬けの毎日を
送っており、ノンビリと読書を愉しむのは珍しい事です。
 何を読んでいるのか、一寸盗み見しましょう、\(◎o◎)/! なんとアイ
ンシュタインの相対性理論、それもドイツ語原本です。微笑みながら読む本で
しょうかね? 今まで彼女は断トツの首席を続けています。T電力の重役なが
ら原子物理学者でもあった父・幸太も認める程に成っていました。
 庭の芝生で、小学六年の又従弟・恭平と、彼と同い年の妹・由美がバトミン
トンで遊んでいました。
 恭平の打った羽根が風に乗ってベランダに飛んで行きました。
「お姉様ーッ」
 妹の声でベランダの羽根に気づいた紗智子は、拾い上げて由美に投げ返しま
す。
 見上げる恭平に衝撃が走りました。初めて見た紗智子の姿に魅了されてしま
ったのです。逆行で佇む紗智子は後光で光輝き、そよ風でフレアーのスカート
が巻き上がり、優しく微笑みました。「聖女だ」、恭平はそう思いました。
 恭平にとって運命の出会いとなりました。紗智子は彼にとって永遠の憧れ
で、聖女のような存在になったのです。

 恭平の父・宗介の御母衣家は分家で谷底に有り,幸太の御母衣家は本家で高
台に有りました。この事は二人の運命を分けてしまいました。
 御母衣ダムの建設で分家は追われ、本家は残りました。宗介は流れ流れ
て、今は円山町で連れ込み旅館[ドナウ]の経営を任されていました。
 幸太は東大を首席で卒業してT電力に入社、出世街道に乗りました。加藤財
閥に見込まれて婿に収まり、二人の娘に恵まれて、傍目には幸せに暮らしてい
ます。

 実は、誰も知らない因縁が恭平と加藤家にあったのです。
 宗介は岐阜で八百屋を営んでいた時、中国人の朴俊英(俊子と改名)を見初め
て妻に迎えました。彼女は乳飲み子を抱えて宗介の元に来ました。恭平です。
宗介は恭平を実の息子として可愛がり、けっして連れ子だと誰にも言いません
でした。
 俊子は夫にある秘密を隠していました。彼女は中国人ではなく満州人でし
た。彼女の父母は満州で加藤公司の地獄の工場で働いていました、命からがら
逃げ出し、インドシナを経て台湾に渡って、中国人と偽って生き延びて来たの
です。
 満州時代、こんな怨歌が労働者の間で歌われていました。
「加藤公司はこの世の焔魔堂、生きて入って、死ぬまで出てこれぬ」
 俊子の父母が生きて加藤公司を逃れられたのは奇跡でした。彼女はこの歌を
良く幼い恭平に、子守歌のように聴かせていました。
 宗介が親友で従兄の加藤幸太邸に遊びに行くと聞いたとき、俊子は身震いが
止まりませんでした。満州人の憎しみと怨念の籠もった加藤家と親戚になって
いたのです。この事は胸の奥深くに秘めて誰にも明かさぬと決意しましたが、
何度誘われても、その加藤邸を訪れる事など出来ません。恭平が行くのも阻み
かったのです。きっと何かが、悪いことが興る、不吉な予感に胸が引き裂かれ
そうに成りました。

 紗智子が東大に入学した年の秋、幸太は左遷されます。加藤宗家の男が左
遷? 普通は考えられません。この時には紗智子の祖父友一郎の死去で、母・
友恵が加藤財閥の全てを相続しており、夫婦仲がすっかり冷め切っていました。
何人かの重役が激怒しましたが、この理不尽な人事に敢えて友恵は誰にも介入
させませんでした。
 T電力は加藤幸太を持てあましていました。加藤家という政財界に莫大な影
響力を誇る勢力をバックに持つ彼を怖れてもいましたが、彼の信念は原子力発
電の廃止と代替エネルギーの促進で、頑固な彼は自説を決して曲げません、T
電力は恐る恐る彼の左遷に踏み切りました。逃げ道は用意して有ります、健康
上の苦渋の判断だと。意外にも加藤家からクレームも報復も有りませんでし
た。
 幸太の左遷先は皮肉にも御母衣ダムでした。
 幸太は病身ながら、単身で赴任しました。娘の二人は毎週のように顔を見せ
ましたが、妻は一度も訪れませんでした。癌で入院した後もです。

 幸太は、紗智子が大学三年の秋、他界しました。
 その時、紗智子は母と妹を前に決意の宣言をしました。
「わたくしは、父の遺志をついで生きて参ります、お母様、この松涛の家では
わたくしが家長です。貴女がご自分の財産で何をしようがかまいませんが、こ
の家の経費一切わたくしが責任を持ちます」
 紗智子は母の運転手と家政婦を一人だけ残して全員の首を切りました。幸太
の僅かな遺産を相続した彼女に、贅沢は許されないのです。
 そんな紗智子の決意を母の友恵はせせら笑うようにして見据えていました。
「由美、貴女は、この家の家事を取り仕切りなさい」
「はい、お姉様」
 優しく従順な由美は姉の言葉にまったく反論しません。
「何を言ってるの紗智子、由美はまだ高校に入ったばかりなのよ」
「由美だったら出来るはずです。お母様、不満がお有りでしたら、芦屋にお帰
り遊ばせ」
 黙り込む友恵、怒りが込み上げ、腹の虫が治まりません。しかし、彼女は由
美を溺愛していました。自分が芦屋へ去ったら、どんな酷い仕打ちを冷酷な姉
から為れるかも知れない。と、この場は我慢しました。「由美が大学を卒業し
たら、結婚相手を関西で見つけ、二人で芦屋に移ろう」と、堅く決意しまし
た。
 友恵が由美を溺愛していたのと同様に,死んだ幸太は紗智子を愛していまし
た。が、優しく心の広い彼は、それを、特に由美の前では決して見せませんで
した。
 幸太が紗智子を由美より愛したのは、紗智子が若かりし頃の友恵に生き写し
だったからです。強い気性もそっくり引き継いでいました。
 妹・由美は父の優しさと寛容さを受け継いでおり、故に友恵の愛が彼女に集
中したのです。そのことに友恵は気づいてはいませんでしたが・・・
 友恵と幸太は結婚して十年くらいは仲の良い鴛夫婦でしたが、幸太が加藤家
が望んでいる程出世せず、再三の政界入りの要請も頑として撥ね付け続けた為
に、友恵の愛が離れていったのです。

 由美は健気にも姉の言い付けに随い、立派に松涛の家を守って行きました。
     2016年12月20日   Gorou


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