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Mental Blog

2006年からメンタルトレーニングの勉強を始めたMT初心者によるエッセイ。

自信はプロセスと根拠から

2015-01-12 09:54:07 | 自信
自信がない。
そんな言葉をよく聞くし、そんな雰囲気を醸しだしている奴がこのチームは非常に多い。

自信を持つためにはどうすればいいか。
これもここでよく書いてきた話だが、「自信のあるフリをする」ことだ。
姿勢と心理は連動する。
これは講習会でも体感させたことだからわかるだろう。
下を向きがちで、声も大きく出せない奴は、当然自信なんてわきっこない。
俺のことが怖い者もいるのだろうが、この程度の恐怖に屈していて、どうしてこの県の上位に食い込めようか。
いつも胸を張って堂々としていれば、自然と自信はわいてくるものだ。

だが、胸を張れない。堂々としていられない。
それはなぜか?

勘違いをしてほしくない。
結果が出せれば自信がわくというものではない。
もちろん結果は自信を構成する大きな要素の一つだがね。
入試なんかに置き換えて考えてごらん。
例えば「滑り止め」の学校を受けるとき。
その学校の入試を一度も経験していないのに、どうして「滑り止め」になりえるのだろう。
そんな自信が生まれるのはなぜだろう。
それはしっかりと準備・勉強をしたからではないかね?

自信を生み出す根拠となるものは、結果ではなくそこに至るまでのプロセスである。
自信を持ちたければ自信が持てるまでの努力をすればいいだけの話。
例えばS左翼手が、チームノートに「僕には自信がないのですが、自信を持つにはどうすればいいですか?」という質問をしてきた。
で、彼のスイング数を見ると、スイング機会がはるかに少ない投手陣に比べても低い。
自信なんて生まれっこない。
やってから悩めよ。

…ていうかさ、マネージャーに聞いたけど、冬休み中のスイング数を覚えてないだぁ?
何のための掲示だよ。何のために毎日ノートを持ち歩いてるんだよ。意識低すぎ。
この積み重ねた数が春に向けての自信になるんじゃないの?
年末の記事にも書いたよね?毎日の数字を記録して前日までの自分に勝てって。
この地区をこの県をなめんな。
普通にやってたら勝てないんだよ。
守備練のときだってバットと一緒に行動すりゃいいじゃん。
次の練習に入るまで、足並みがそろうまでのあいた時間をどう使うかなんだよ。
バットを持ち歩いて危ない環境なら、体幹だって何だってやってりゃいいでしょ。
時間を無駄にしてる奴が「練習時間短い」とか言う資格なんかないんだよ!
何のためにない知恵絞って色々工夫しようとしてるのかね?誰のために?

ということで、自信を構成する要素のひとつは、そこに至るまでのプロセスである。

そしてもうひとつ。
自分の考えに根拠を持つことである。
言われたことをやる、だけでは自信なんて生まれっこない。
なぜ自分はこの練習をやるのか、なぜこのフォームなのか。
指導者の数だけ理論があると言われるこのスポーツでは、「やらされる」ことが一番危険なスタンスである。
だから俺も技術論は押しつけてないでしょ?

内野手の捕球位置にしたって、
左足の前で捕る…一塁送球の機会が多いことを想定した送球ステップを重視した位置。
正面で捕る…イレギュラーや捕り損ないに対して体で止めることを重視した位置。
右手側で捕る…握り替えを重視した位置。
色々長所があるよね。もちろん短所も。

その中で自分なりに根拠を持って情報の取捨選択をする。
そうやって自分の行動やフォームを決めていけば、ミスが出たときも納得がいく。
「今のは確率の低い部分で欠点が出たけど、俺は別の部分の確率の高さをかってるから仕方ない。これは俺の特性を活かすためのフォームなんだから。」
ていう考えを持てるのと、
「なんで打てないんだろ?なんで捕れないんだろ?なんで投げられないんだろ?」
ていう考えしかわかないのでは、自信の有無が当然変わってくるよな。

これが自信をつけるための、そして自信あるフリができるようになるためのヒントである。
春に向けての調整は難しい。
難しいからこそしっかりと準備(プロセスと根拠)をしなければならんのだ。

自分たちの弱さ

2014-04-19 10:14:46 | 自信
この更新頻度の低さが僕の忙しさを物語っているかと思う。
なかなか現場にも足を運べない、更新ができない…そんな一年になっていきそうだが、それでも僕の生活の軸は君たちである。
何度も繰り返すが、僕は君たちと勝ちたいのだ。

さて、4月一発目のオープン戦(CH戦)は快勝をおさめた。
あの戦いは苦しい中で、我慢して我慢して、なおかつ勝負所で一本出せて、春の反省を収穫に変えた一戦だったと思う。
大きく評価している。

しかしながら先週末の試合では、一試合目でふたたび勝負所の一本が出ず、競り負けた。
ロースコアでの接戦の経験があまりないこのチームにとってはいい経験になった。
あれが、緊迫感のある試合というものだ。
次は競り勝てる力をつけよう。
引き続き、勝負所の一本。
これをキーワードに戦うこと。
二試合目は戦い慣れている布陣ではなかったにせよ、それでも集中力があまりにも欠けていた試合といえよう。
相手投手は中学時代から都内では有名な投手で、ここでも十分にベスト8に食い込めるチーム力をもったチームだった。
ああいうチームにいかに食らいついていくか。
もっともっとスイング力をつけてほしい。

特にバスター。
あんなに早くバットを引いてしまっては、内野に穴が開かない。
わがチームの攻撃コンセプトは、ケースバッティング。
それは単に進塁打を打つ・併殺を防ぐということではなく、「守備の穴をいかに広げて、いかにその穴を突いていくか」ということだ。
バスターで長打を打つ必要は全くなく、つり出されて出てきた野手の横を抜いていけばいいわけだから。
野手をつり出すバスターを身につけよう。

ついつい今日話したいことから逸れてしまった。
大会が終わって、主将からは「うちのチームは自信がないんだと思います」…そんな分析が出てきた。
そうかもしれない。
だが、「安易に褒めて雰囲気を良くする」のは対処療法に過ぎず、この自信のなさは根本から治癒していく必要がある。

1年生諸君、君たちはよくあいさつをしてくれる。
授業で教室に入ったときも欠かさず。
素晴らしいと思う。
だが、最近周りの目が気になって恥ずかしげな戸惑いをみせる者が出てきたのも事実だ。
いいか?よく覚えておきたまえ。
君たちがやっていることは間違っていない。
目上の人間が部屋に入ってきた時に、中にいる者は立ち上がってあいさつをする。
これは社会に出れば常識なんだ。
笑いたい奴には笑わせておけばいい。
「自分たちはお前らとは違うんだ・一歩先を歩いてるんだ」…そんな部員としての誇りと信念を持ちたまえ。

遠くでも何でも年上の人を見かけたら堂々とあいさつをする。
周りに恥ずかしい行動をせず…どころか、周りから賞賛されるような私生活を送れば、いつでも胸を張っていられる。
この学校のだらしない部分を我々が中心となって変えていけばいいじゃん。
最近この学校でも、うちの部員よりも立ち止まってしっかりあいさつする人間が昔に比べて増えてきたよ。まだまだだけど。
これは我々がやっていることの成果だ。
誇りに思いたまえ。

私生活のだらしない奴は、大事な局面でそれが出る。
…よく聞く話だ。
科学的な検証はできないけど、でもMTを勉強してきた人間にとっては、ある程度説明のできる事象なんだ。
何かしらだらしなさを抱えている人間は雑念が多いもの。

呼び出されないかな?親が文句言わないかな?監督に伝わったらどうしよう…。
さっきあいさつせずスルーしちゃったけど、気づかれてないよな?後でなんか言われないよな?

こういったたくさんの不安要素を解消して練習に打ち込める環境を自分で作ることだ。
それが堂々と胸を張って生活するということ。
それがないのがうちの、うちの学校の弱さだ。

自分たちの弱さは私生活にあると思いたまえ。

あいさつとメンタリティ

2014-03-04 18:14:34 | 自信
採点の合間に更新しようっと。
投手に対するメンタリティの話がペンディング状態だが、昨日のあいさつの話ついでに、あいさつとメンタルの関わりを話しておこう。

「あいさつの様子でその集団のレベルがわかる」
このブログを開設した初期の頃に書いたのをよく覚えている。
これは僕の言葉でもなく、東海大の勉強会で聞いた話だ。

その頃はなんとなくしかその意味を把握していなかったが、今はその関連性を科学的に話すことができる。
あいさつについては「声出し」のカテゴリでも話ができるが、今日は「自信」の話になろうか。

堂々とあいさつができているかい?
特に、遠くであいさつすべき人間を見かけたときに、あいさつができているかい?
「あ…○○さんだ、気づくかな…どうしようかな…ま、いいや」
って、あいさつを見送ったことはないか?

姿勢と心理は連動するのだ。
人は下を向いて爆笑できないし、悲しいときに上を向くことはできないの。
ってことは、上を向けば気持ちは上がるし、下を向けば気持ちは下がるってこと。

常に堂々としていれば、常に泰然とした心理状態で戦うことができるわけよ。
誰彼構わず、遠近構わず、あいさつができていれば、気持ちいいし後ろめたさがないじゃない?
上のようなそんなオドオドビクビクした状態で…「俺この前スルーしちゃったけどばれてないかな」…みたいな心理状態のある奴が、自信をもって戦えるか?
普段堂々としてられない奴は、緊張する大事な局面で堂々と自信を持ってプレーできるわけがないの。
ってことはつまり、結果を残せるわけがないの。

MTってのはね、いつでもどこでもできるからいいんだ。
あいさつだって、MTの一環って言えるわけだよ。
それが虚勢であっても、堂々としていられることが重要なの。

僕もメンタリティが強い方じゃないけど、でも後ろ指を指されるようなことはしたくない。
だから、朝教員室に入るときには誰彼構わずあいさつするし(信じられないことに、それができない教員もいるのだ…)、小さなことだけど気づけばゴミだって拾うようにしてる。
気持ちがいいから…だけではなく、それで堂々としてられるからさ。
いつ、どこで、誰が見ているかわからないこの世の中で、どうしたら堂々としてられるか考えてごらん。

だからこそのマナーであり礼儀であり。
色々つながるでしょ?


少々話はそれるが…。
君たちのことを褒めるの忘れてたね。
雪かき、よくがんばってくれたと思う。
でもね、昨年の一発目があるから、やっぱり周りの反応は薄いなぁ。
昨年は会議で校長先生から感謝の言葉をいただいたのに…。
世の中って、実はそういうもんだ。

君たちは先輩たちが歩んだ道をそのまま歩いていてはいけない。
自分たちが新たにできることを発見して、普段支えてもらってる人たちのために新しい何かをやってみよう。
先輩たちに負けるな。
超えようぜ、前の代を。

反発上手と褒め上手

2013-01-08 11:08:42 | 自信
君たちに足りないものは、自信。
そんな概観が見えた年末のDIPCA.3の結果だったね。
もちろん、根拠のない自信は過信と呼び、これほど恐ろしいものはない。
しかしながら、自信あふれる敵と自信なさげな敵と、どちらが与しやすいか答えは明白であろう。
そんな中、ある選手から質問が出たので、それをケーススタディとしてここにあげておこう。

打席に立つときに「自信を持て」といわれるのはわかるが、どうやって自信を持てばいいのかわからない。
前の打席で打ち取られた次の打席で相手捕手の「こいつで切るぞ」という一言に動揺し、フリー打撃では監督の見てる前では「やばい、打たなきゃ」と思ってしまう。

とのことだった。

いろいろな選手が経験したことのある話だと思う。
だが、残念ながらこれは「自信」というカテゴリに属する話ではない。
人の声、人の目線を気にしているということは、そもそも集中ができていないということである。
このように集中が阻害された場合のために、フォーカルポイントや切り替えルーティンというものを教えているので、こういったケースではそれらを活用しよう。

むろん、自信がないから集中を阻害されることもまた間違いはない。
どのように集中を阻害されないような自信を身につけるべきか。
彼には以下のようなアドバイスをした。

【あれこれ言われたときに、心の中で言い返す習慣をつけること】

相手に対し不敬の気持ちを持てというわけではない。
いろいろな雑言を耳にしたときに、心の中でそれを言い返すことによって、自分の負の面を振り払うのだ。

たとえば先程の例でいくと…
相手捕手「安パイ、安パイ!こいつで切るぞ!」
セルフトーク「ほ~、打ち取れるもんなら打ち取ってみぃ。後悔するなよ!」

監督のプレッシャーに対し
「見てろよ、監督!今に賞賛させてやる!」

…みたいな感じ。
これは決して相手に対して反抗心を持つということではなく、セルフトークでプレッシャーを跳ね返すという、これはトレーニングであると心得なさい。
そのようにシュンとするのではなく、逆境をひっくり返すトレーニングを積むことだな。
言われたことをただ単純に呑み込んで謙虚に受け止めるいい子ちゃんばかりでは、強くなるのは難しい。

他に考えられる手法としては、【お互いに褒めあう時間を作ること。】
ちょっとでもいいところを発見する、そしてそれを声に出して伝え合う習慣をつけていけば、お互いに自信を持っていけるだろう。
チームメイトのミスを責めることも大事な場合もあるが、公式戦前や最中はミスした選手であればあるほど、そのいいところを積極的に見つけ、どんどん褒めるべきだろう。

総じて、反発上手と褒め上手、これが自信につながっていくといえよう。

自信はいかにして生まれるか

2010-10-26 19:18:41 | 自信
K右翼手の調子が上昇中だ。
それまでは正直目も当てられないくらいの数字しか残していなかったが、前回の試合からマルチ安打を続けている。
日曜の彼とそれ以前の彼とではどこがどう変わったであろうか。

以前の彼は打席で無理に深呼吸を繰り返していた。
深呼吸を繰り返すこと自体は悪くない。
それによって心理的なバランスを取ろうとしていたのだからね。
が、おそらくは緊張のせいで身体が硬くなっていたのであろう、深呼吸は胸式呼吸になっており、彼の意識は「落ち着くこと」に傾きすぎていたように思われる。
かつ打席内でチラチラとベンチを見ることが多かった。
つまり、彼は「投球」に対して集中するよりも「リラックス」することに集中しようとしていたと言える。
ルーティンに集中してパフォーマンスに集中できない典型的なパターンだ。
ところが、日曜。彼から深呼吸が消えた。
かつベンチをちらちら見ることも止まった。
ここ数試合の調子の良さが、彼の意識を投球へと傾けていたように感ずる。

H投手が2イニング目に入る前、僕は彼に「打者とケンカしてこい」と伝えた。
同じく彼のマウンド上での立ち居振る舞いはがらりと変わる。
打者をにらみつけるかのような表情に捕手からの返球を捕る態度もどこか挑発的。
いつもひとのよさげで、ときとして不安げに見える彼の表情は一切なかった。
これも彼の成長だろう。
序盤3回1失点。まずまずの出来である。

これらが、「自信」の効果である。
上の二人の「自信」のあり方に違いがあるのがわかるだろうか。
ひとつは結果から自信が生まれるということ。
これはだれもが経験したことがあるであろう、わかりやすい自信の誕生プロセスである。
しかし、H投手の場合は、「自信あるふり」から「結果」がついてきた。

ここの記事で何度も述べてきたことだが…
“自信があるから勝てる。自信は結果から生まれる。”
この考え方は間違いである。
これでは結果が出ないと勝てない…という矛盾に満ちたロジックになってしまう。
自信の根拠は何でもいいのだ。
どれだけこだわって練習してきたかがその自信の大きさに比例していくことは間違いない。
それだけの練習を重ねて、自信に満ちた態度で試合に臨むこと。
これが「自信」から「結果」を生み出す方法である。

11月3日の試合。
われわれはその「たかが一つの練習試合」にどれだけの思いをもって照準を合わせてきているだろうか。
相手がそれだけの思いをその試合にぶつけてこられるだろうか。
それを比べるにつけ、われわれは優位に立つことができるだろう。
自信に満ちた態度で戦え。
そしてその自信の裏付けとなる練習の「質」(あの恵まれた環境を持つ相手校に比して「量」ではおそらく勝てないだろうから…)を高めよう。
そのためのMTである。
相手のやっているMTよりうちの質の方が高いことを証明してくれ。
それがMTで天下を獲りたいという僕の切なる願いである。