醸司~Georg"e"s' room~

人もすなるブログといふものを、吾もしてみむとてするなり。
四方山話を徒然なるままにぶら下げてまいります^^

旅History#27~新幹線つばめ初見参!

2012-08-17 15:49:47 | 旅History
このときもバースデー特割を活用した飛び回り旅となりました^^

伊丹空港から鹿児島へ飛んで、鹿児島中央駅前のホテルで1泊。
翌朝、「つばめ」で新八代まで新幹線、ホーム接続で「リレーつばめ」へ^^
博多に到着した後は福岡空港へ移動して北海道へひとっ飛び~♪

北海道では登別で温泉宿に1泊。いい湯だな~アハハン♪っとくらあ´▽`ゞ
朝は普通に千歳空港へ逆戻り、帰阪後そのまま戦闘に向かいましたとさ☆

というわけで、書けば簡単、移動距離はハンパないという旅でした^皿^

旅History#26~博物館探訪ツアー@東京

2012-08-16 16:53:01 | 旅History
ここから2006年の旅行となります^^

このときは夜までのスケジュールが見事に空白となったので、
午前のうちに上京してうろちょろする作戦を講じました^^d

まずは神戸空港へ向かって搭乗客としては初上陸^^
ちょうどこの日はトリノ五輪で女子フィギュアスケートの決勝の最中^^
イナバウアーで一世を風靡した荒川静香選手が金メダルをゲットした、
まさにそのときにここにおりました^皿^ゞ

羽田空港からは一気に交通博物館へ^^
交通博物館はいわゆる万世橋駅の後に作られた博物館だったのですが、
このときはすでに大宮の鉄道博物館への引っ越しが決まっており、
それを踏まえての来訪となりました。
旧駅の遺構も覗ける、ということで時間を掛けて楽しみました^^

このあとは東西線に乗って地下鉄博物館を攻略。
4線分の高架下にある博物館なので、横への広がりを活かして
ゆったりとした作りになっているのが印象的でした^^

さらには小田急で箱根湯本まで行って、返す刀で速攻で小田原へε=( ^^)
ゆきは当時デビューして間もないVSE♪
実はこれにありつくまではとんでもない紆余曲折があったのですが、
それはここでは伏せておきます^^;

で、わざわざ湯本まで足を延ばしたのはもう一つの目的があったから。
写真が残せていないのが心残りなのですが、風祭駅がその目的。

当時の風祭駅は構造の関係でホームが非常に短く、
編成が長い小田急の急行や普通が停車する場合はドアが開けられない。
そこで当時は非常ドアコックを操作して係員の手でドアを開けていました。
現在はホームを改築してその作業はなくなっているのですが、
それを見物しに行くという、何ともマニアックな視点で足を運びました^皿^;ゞ

小田原からは藤沢までJRで移動、そこから江ノ電で鎌倉へ。
あいにくの雨天ではありましたが、これで全線踏破が実現。
そして都内へ戻って楽しい時間を過ごした♪という感じでした*^^*

帰りは夜行バスで帰阪。このときは往復ともJR以外での移動でした^v^

旅History#25~愛・地球博2発目

2012-08-15 18:44:00 | 旅History
というわけで、#23に続いて愛・地球博2回目です♪

1回目の下見(?)を踏まえて今度はとことん歩き回る戦略^皿^
いわゆる要チェックポイントの予約整理券をしっかりゲットし、
とにかく会場内を歩き回りました♪

行ったのは7年前の今日、8月15日だったのですが、
このときもしっかり暑かったです+u+;
滞在時間は約7時間半、入ったパビリオンは予約・フリーあわせて20近く、
歩いた歩数は歩数計で22000歩に及んだのですが…………

帰宅後にヘルスメーターに乗ってみても体重は変わらず^皿^;
それでも「行ってきた!」という感触は十二分に味わえたので
充実したEXPO旅となりました*^^*

会場内の乗り物にもできる限り乗ったのですが、
いつか実現するといいなあというものばかりでしたね^^

また日本で万博が開かれるのであれば、足を運んでみたいと思います☆

旅History#24~セントレア&沖縄ツアー

2012-08-14 23:57:53 | 旅History
この旅はコンセプトがちょっと特殊なのですが、
ルートがこれまたかなりハチャメチャなので記録の価値があります^皿^;d

今回のルートは下記の通り。

梅田→横浜→青砥→成田空港→中部国際空港(セントレア)→那覇空港
→奥武山公園→県庁前……奥武山公園で泊。
翌朝に奥武山公園→首里…首里城見学…首里→那覇空港→関西空港で帰着。

航空はバースデー特割を活用したので、移動距離の割に
旅費はかかっていない……はずです^^;

で、この旅のコンセプトはというとこんな目的がありました♪

・京急→都営→京成と3社連続で乗り継いで成田空港に行く。
・成田空港から航空機に乗る(海外に行ったことがないのにw)。
・セントレアに上陸する。
・沖縄に行って首里城を見学する。
・できるだけ安上がりな旅にする(←これがいつも微妙www)

まず1つ目は近く発売される(当時)ゲームの下見(笑)。
ちなみに京成本線は高砂以東が未乗でした。

2つ目は国際線専用だった成田空港から国内線に乗る!という、
何ともどーでもええ理由から^皿^
ただ、これによって成田→中部という通常ならまず縁がない路線に
乗れたというのはいろいろな意味で収獲でした♪

3つ目は単純に乗り継ぎだけだったので滞在時間はわずか10数分。
成田便から降りると速攻で呼び出し食らっていたのがよき思い出^^;
もちろんこの後、毎年のように行くようになったのは従来の更新の通り。

4つ目は前回の沖縄初上陸の時の宿題だったもの。
これでようやく沖縄に行った!という感じがしたものです^皿^ゞ

5つ目はホントおまけみたいなもの。那覇市内はどうしても国際通りに
近いところであればあるほど宿泊費が高くつきがちなので、
範囲を広げて調べてみたところ、ゆいレールで3駅空港寄りの
奥武山公園(おうのやまこうえん)駅で見つけました^^d
築年数はかなり建っているホテルだったけど、なかなかよかったです♪

とまあ、こういう旅もしていたというわけでございました*^^*

旅History#23~愛・地球博1発目

2012-08-13 19:42:16 | 旅History
2005年は愛知県で愛・地球博が開催されましたが、
ワタクシも2回ばかり足を運びました♪

1回目はホント足を運んだだけ、といった感じで、
いわゆる目玉展示だったマンモスや万華鏡の塔などには行かず、
見て回れるものを見て歩く、といった感じの探訪となりました^皿^;

このときのルートは下記の通り。
難波→名古屋→高蔵寺→万博八草……万博八草→高蔵寺→名古屋→新大阪。
移動も極めてシンプル・イズ・ベスト^^;
とにかく1回目、という前提があったので、
滞在時間も短かった記憶があります。

のちほど第2回がありますので、それはまた後日に^皿^

どーでもいい話ですが、今回は新幹線の車内からお送りいたしました(爆)

旅History#22~根室到達&東京寄り道の旅

2012-08-12 22:40:30 | 旅History
この旅行は2004年、実質唯一の旅となります。

実はこの半年後、四国に一度行っているのですが、
これはお世話になっていたおじさんの告別式への参列となったため、
今回の旅Historyとしてはカウントを外しています。

この年は現在のところ唯一の正社員として業務についていた時期で、
休みなんて自分勝手120%通さないとあり得ない、そんな環境でした^^;

そんな中で何とか誕生日周辺で半休と振休を組み合わせて飛び出したのが、
北海道の端っこの1つ、根室&納沙布岬への旅でした^^d

今回の旅程は下記の通り。
関空→新千歳→南千歳→釧路→根室と来て1泊。
翌朝にバスの往復で納沙布岬にたどり着いて、
目の黒いうちに足を延ばすことができるか、
今の世相では望む余地など微塵もない国後・歯舞群島を霞に眺め、
根室駅に戻って根室中標津空港を目指しました。

あとは羽田へ飛んで東京でちょっと寄り道して、
返す刀でそのまま乗り継ぎ感覚で伊丹へ帰阪というシナリオだったのが、
何と根室中標津に向かってくるはずの機材がトラブルで飛んでこない+_+;

このときに航空会社の対応の柔軟性とJRの頭の固さの違いを、
身を以て痛感しました^^;

ただ、気をつけないといけないのは、JRの場合は予定通りに
到着できない事態になった場合、払い戻しやキャンセルができるのは
原則として特急料金や寝台料金といった+αの部分が中心で、
いわゆる運賃の部分はぶっちゃけ「運んでなんぼ」の部分なので、
運ぶことについては配慮してもらえるものの、それ以上の要求には
応えられない部分が大きいです。
(とりわけ青春18きっぷのようなフリーきっぷの類はその面で
もっと制限が大きいのに、それを無視してタクシーや高級ホテル、
全額払い戻しなどを平然と要求するだけでなく、自身がルールを
熟知していないだけなのにやたら責任者を呼び出そうとする
利用者がいるというのは、はなはだ残念でなりません)
↑これを食事でたとえると、激安価格のバイキングを利用して
たらふく食べるだけ食べたところ、店を出る段になって
外が大雨で車が出せないからホテルに泊めろ、代金を返せと
言っているようなもの。

で、航空の場合、基本的に国内路線は運賃が大半を占め、
スピード料金に当たるものはほとんど存在しないのですが、
(近年注目されているLCCは運賃を極限まで下げる代わりに
運賃以外のサービスに関わる部分を有料にしているだけ)
これを理解していない利用客が非常に多いために、
トラブル時のカウンターで別の便を利用できるのにもかかわらず
(ないしは遅れるだけで目的地には到達できるのにもかかわらず)
払い戻しを要求するという、モンスター同然の利用客が目立ちます。

長々と書きましたが、要するに空港でこういった利用客がいるために
本来対応してもらうべき利用客の対応がしっかりできず、
よけいに出発が遅れたり、着地の空港でそのトラブルを引きずって
引き継ぎが上手くいかなかったことでトラブルを拡大することが
あったということです。

結果として現地出発は2時間半の遅れ。
東京の寄り道も2時間遅れで先方とは何とも慌ただしい
お付き合いとなりましたが、ともあれこの旅行もいろいろな意味で
忘れられない旅行となりました^^;

書くのがラストになりましたが、現地での収穫は下記の3つ。
・7月の根室は寒い←わかってはいたけど、ホテルで冷房が要らないとかw
・納沙布岬のそばにある小中学校の名前がかなりハイレベル♪
・根室中標津空港のローカルさ加減に感激^皿^←空港巡りに目覚めた瞬間☆

更新が1日空きましたが、合宿期間中だったのでご容赦下さいませm(_ _)m

旅History#20~今度は戦闘で九州初上陸

2012-08-09 05:10:02 | 旅History
前回(#19)からさらに3ヶ月。
今度は何と、九州(@_@;)ゞ

もちろん新幹線で、しかも夜の講義となったので
同日中の帰阪はムリとなるので夜行での帰還ときた^^;

ゆきは当時の西の花形、ひかりレールスターのサルーンシート♪
かえりは西鉄バスの夜行、ムーンライトとなりました^^

今思えば、少し滞在時間を長くして「なは」や「あかつき」の
レガートシートという手もあったのですが、
戦闘がはけてからとはいえ、家に帰るまでが仕事とくると、
現在とは異なり、確実に早く帰阪できる方法となるとこれが最適でした^^ゞ

結果として、関門間の移動は新幹線と高速道路をクリア。
まだまだ攻略のしどころがあるゾーンとなっておりまするp^^q

旅History#19~戦闘で四国初上陸

2012-08-08 12:22:06 | 旅History
2003年は一気に自分の世界が広がった年でした^^d
もちろん前回(#18-1~6)もそうなのですが、あちらは100%趣味の世界。
こちらはお仕事の世界です*^^*

ここまでの間、戦闘先(仕事先)として足をしるした範囲をまとめると、
西端が姫路、東端が奈良、北端が中山台、南端が東岸和田となり、
府県ベースでいくと大阪府、兵庫県、奈良県の3県となっていたところに
5月から名古屋が加わったために東端は一気に星ヶ丘(東山線)となって
愛知県が追加された、という状況でした^^

で、そんな中とんできた依頼が、
「徳島県の大学で講義」と。

四国は今までにも何回か行っているわけですが、
しかしまあ、海を越えて仕事かいな^^;

というわけで、戦闘で四国初上陸と相成りました^皿^

このときの旅程は下記の通り(時間は失念いたしました)。

神戸三宮→高速バス→徳島駅前→大学→佐古→阿波池田(泊)
阿波池田→岡山→大阪

この当時は阿波池田と近畿を結ぶ高速バスはまだなく、
このときに行った大学の最寄りも現在は松茂となるのですが、
当時は未整備でしたね^^

ちなみに行ったのは8月6日だったので、徳島と言えば。
そ、阿波踊りですね^v^ノノ
大学構内でも多くの学生が練習(?)に勤しんでおりました^皿^;

旅History#18-6~24時間トライアルへの道#6~達成・その後

2012-08-07 06:56:40 | 旅History
前回はこちら↓
旅History#18-5~24時間トライアルへの道#5~残り9時間

さて、ここからは後日談。
浜松到着後、ほどなく解散となってこちらはそのまま新大阪へ移動。
簡単に身支度を整えて日常に回帰。夜の移動後も職場で無事達成した旨を報告しました^^

で、掲載誌が出たのは6月の土曜日。
月曜日に出勤すると掲載誌が校舎に置かれており、
「先生スゲー!」「マジで載ってるやん!」と大騒ぎ^^;ゞ
職場のスタッフの方々にも説明するのが大変ながらも嬉しいやらむずがゆいやらで。
それでも実際に大変だったのはこれではありませんでした。

もともとこの話、自分が出勤しているメインの校舎でしか話をしていなかったのに、
他校舎のスタッフの方々の中でも大きな話題になってしまいました^^;

実は、他校舎の生徒の中に読者がいて、「先生が出てるで!」とバレちゃった次第^皿^;ゞ
このときはさすがにメディアの発信力の強さを痛感させられちゃいました。

そしてこの1年後、「鉄道ファン」にまさか自分で記事を書いて寄稿することになろうとは。
さらにその4年後には実際に取材に出かける機会まで頂戴してしまうとは。
もちろん、その間にご縁があった方々との接点としてこの旅行があったことは言うまでもありません*^^*
本当に関係者の皆様に感謝、感謝の思いで一杯です。

実際にこの後、何度か自身で記録更新を画策してみたものの、
このトライアルの後の改正でさらに「のぞみ」の停車駅が増え、ダイヤパターンも変化し、
車両も大きく世代交代が進み、九州新幹線もつながった現在におけるまで、更新は実現していません。
もし更新できる機会があるならばもちろん、自身のプランで更新したいと思いますp^^q

というわけで6編にわたってまとめさせていただきました「24時間トライアル編」。
この後は通常サイズで続きをupしていきたいと思います♪

旅History#18-5~24時間トライアルへの道#5~残り9時間

2012-08-06 06:56:25 | 旅History
前回はこちら↓
旅History#18-4~24時間トライアルへの道#4~500系のぞみ×8

8本目の「のぞみ」は広島駅でお別れして、「ひかりレールスター」で新大阪駅へターン。
この乗り継ぎが実は最もハードだった(3分)のにも関わらず、これもしっかり撮影込みで乗車。
新大阪からは新快速で三ノ宮へ移動して、文字通り夜を徹して走る夜行列車にお世話になります☆

日付が変わって乗車する夜行列車は「サンライズ出雲・瀬戸」。シングルの乗車となります♪
翌朝が富士着5:11となることからすぐにでも床に……というわけにもいかず、
京都駅通過直後の4000km達成に合わせて写真撮影をするためにミニロビーで待機。
1:07頃に鴨川を越えたあたりで撮影を終えて、個室に入りました。

ぐっすり眠ってしまったおかげもあって、目を覚ましたのは下車直前に等しい時間で
バタバタと用意を済ませて富士駅に到着。東京方面から昇る朝日が眩しかったのを覚えています☆

あとは、まったりと113系の普通列車で静岡まで戻って、始発「こだま」でラストスパート♪
これも今は過去帳入りした300系(当時は0系も100系もまだ健在でした)で約30分の移動。
浜松駅は僅かに早着気味の到着となり、それでも所定の行程を完全消化することができましたv^^v