ギリシャを代表するテオ・アンゲロプロス監督の映画において、物語は緩やかに開かれ、そして、象徴的な映像で溢れている。悪く言えば、眠気を誘う、そして、どの作品でも忍耐が必要だが、深く問題を追求し、それを堀りおこし、登場人物や映像の中に、再現したことを気づく・・・には、映画を観終わった後の熟考を要するだろう。ギリシャ古代劇の構成が参考にされていることも多く、『エレニの旅』でも、3大悲劇作家のソポクレス . . . 本文を読む
BBC.CO.UKで、『グッバイ、レーニン』にも出演していたヤン役ダニエル・ブリュールの録音インタビューが聴ける。「ジャーマンシネマは徐々に質を上げており、若い世代も映画学校に行って学んでいる。ドイツという政治的にもユニークな歴史に映画が向き合い始めている。」そして、「ドイツの若者は、政治的な行動に参加できず、フラストレーションが溜まっている。―みなが受動的なんだ。」と語っている。
日本でも . . . 本文を読む
ラテンアメリカの小国ウルグアイでは、写真を撮る時の掛け声で「ウイスキー!」(「チーズ!」と同じように)と言う。ウルグアイを舞台にした『ウイスキー』では、笑顔のない二人の中年男女の冷静な沈黙に、アルゼンチンから帰国した一人の男がある情熱を与える。人間たちの柔らかな寂光の揺らめき。その光を感じるために、この映画は闇を用意しない。その光には女性の元来持つ母性という『ウイスキー』が注がれ、燐のような青光 . . . 本文を読む
今日では、イギリスを代表する監督の一人であるマイケル・ウィンターボトム監督は、英国で滞在し、アメリカには移住しない監督の一人である。そして、決して主流ではない。観客に媚びることはなく、あくまで、描く対象と手法にこだわりを持つ。時代の暗部に目を反らさずに、リアリティーを追い求め、時にドキュメンタリーのような様相を帯びる。初期作品『バタフライ・キス』(1995)では、薄くブルーが一面を覆う荒涼とした . . . 本文を読む
アレハンドロ・アメナーバル監督は、スタイリシュな映像で幻想を見せる。それは、人自らが作り出す幻想である。それは疎外感から生まれるのか、自己愛から生まれるのか。それを生み出す、『オープン・ユア・アイズ』(1997)での人と人との関係も、『アザーズ』(2001)での幽霊と幽霊の関係と変わることはない。デビュー作から堅実に成功を収めたスペインの若き映像作家は、本作で、米国のアカデミー、ゴールデングロー . . . 本文を読む
日本でも有名なスペインのペドロ・アルモドバル監督。『オール・アバウト・マイ・マザー』(1998)では、子を失う哀しみにありつつも、他者への愛情を失わない母、その愛情の力強さを雄弁に語り、『トーク・トゥ・ハー』(2002)では、シンプルで力強い脚本で観客を引き付け、愛の二面性を巧みに語った。そして、本作『バッドエデュケーション』では、闇と光の重なり合う映像を駆使し、現実と幻想の空間的・時間的な交錯 . . . 本文を読む
『ニュー・シネマ・パラダイス』、人の人生を変えうるほどの大きな恋を描くロマンティシズムに溢れ、そして心の中に暖かいものを残していく映画。主人公のサルバトーレが映画監督になり、劇場で一人映画を観るシーン―アルフレードおじさんが愛の意味を伝える感動のシーン―その監督サルバトーレ役の俳優が本作『コーラス』の製作者ジャック・ペランであり、その甥が監督クリストフ・バラティエである。この二人が関わった『リュ . . . 本文を読む
本作のイヴァン・アタル監督の俳優としての出演作「哀しみのスパイ」(1994)を、劇場で観たのを微かに記憶している。イスラエルの諜報組織モサドで活動する若き青年の苦悩を描いた映画だが、監督自身がイスラエルのテル・アビブ出身のユダヤ系移民である。俳優としては、「愛さずにいられない」(1989)でセザール助演男優賞を拝して強い印象を残した。主に恋愛映画に出演していたイヴァン・アタル氏は、初の監督作とし . . . 本文を読む
70年代から始まったマーチン・スコセッシ監督とロバート・デニーロのコンビは、「タクシードライバー」(1976) 、「ニューヨーク・ニューヨーク」(1977) 、「レイジンブ・ブル」(1980)、「キング・オブ・コメディ」(1983)と数多くの作品を生み出してきた。特に、「"Are you still looking at me?"お前、俺を見てんのか?」という名台詞に代表される「タクシードライバ . . . 本文を読む
映画「ステージ・ビューティー」は、シェイクスピアの死後50年ほど経過したロンドンを舞台とした映画です。シェイクスピア劇を基にして、非常に多くの映画が作られていて、最近では「O(オー)」(ジョシュ・ハーネット主演、2001)などが挙げられます。本作はシェイクスピア劇を基にしているわけではなく、劇場の裏側を描いています。当時、変声期前後の少年が女形役者として演劇の舞台に立つことを王の命令で中止された . . . 本文を読む
20世紀前半という時期は、人類にとっての激動の時期であったという印象があります。2度の大戦を含む幾多の不条理を目の当たりにした人類は、如何にしたら自分という個を確立し、自律した生を歩めるか、そんな問いに対して多様な価値観が生まれたのもこの時代だったのではないでしょうか。このような激流のなかで、芸術家も分野を越えた複合的な影響を受け、その作風を確立していき、そして、作家の強い独自性から新しい潮流を . . . 本文を読む
最近、公開された「ロング・エンゲージメント"Un Long Dimanche De Fiancailles"」のCommeauCinema.comにあった映画評を訳しました。フランスの批評サイトでは、なかなかどこも好印象のようでした。ただ、カイユ・ド・シネマはあまりいい得点ではありませんでした。僕は、ジャン=ピエール・ジュネ監督の映画作品は、あの世界観というか、映画の雰囲気が好きですね。その独特 . . . 本文を読む
続きまして、結論の部分です。
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Daniele Hibon氏は、Jeu de paume美術館(注1)の映画プログラム責任者であり、何年かの間に、有能な日本人映画作家である河瀬直美や、他の映画作家、Arnaud de Pallieres、アトム・エゴヤン(Atom Egoyan)、アンジェラ・リッチ・ルッキ(Angela Ricci Lucchi)、Yervant Gianikian、 . . . 本文を読む
続きまして、今後のシネマテークの役割について述べた部分です。
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監督であり、前批評家であるPascal Bonitzer氏は、この協会に、より伝統的なアプローチの存続を望んでいる。「シネマテークは美術館の役割もあり、映画の保存の役割もある。そして、映画の歴史や膨大な無形の映画資産を学べるように維持していなければならない。」もし「精力的に」という新しい機軸のなかで復活することを望まれて . . . 本文を読む
続いて、シネマテークが今まで果たしてきた役割に関する内容です。
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移設は一時代の終焉だった。「それは世界のなかで一つの特異な現象として起こりました。映画愛好者cinephilieから女性まで影響を受けた1950年代半ばからの10年間でした。」エッセイスト、批評家であり、パリ第8大学の映画講師Jean Narboni氏は強調した。「シネマテークは映画製作の世界で中心的な存在でした。"Cah . . . 本文を読む