トウキョウジョウ

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4:地震のその後の話

2016-03-11 15:38:06 | チャリティトウキョウジョウ

あんまり、浸ったり、発言したり、
どーもね、アレだな~~って思ってやめておこうとしたんだけどさ

いざね、その時間を思い出したりするとね~

黙祷したら、意外にも涙がでたよ、びっくりした。

あ、まだ枯れてない!て。




自分の経験としては、揺れたな・・なんかすげーな

って事くらいしかなかった。


被害は酷く、検索すればいくらでわかるので自分は言わない。

いやいや、画像や情報がわかるだけで、わかった気がするだけだ。


今でも、困っている方も沢山いると思う。
いると思うというだけで、本当のことは分かっていない。

しかし、わかろうとするのは大事なことだ。


戦争のような、「繰り返してはいけない」というものとは、ちょっと違う。

繰り返したくなくとも、自然なものはね・・・

あ、原発やらの二次災害などはまた違うけどね、サラっと。


自分は地震が怖いからと言って、外国へ逃げたりはしない。

それも込みでの日本を出る気はない。

この国で生きていき、全うするだろう。


5年前の今日~しばらくの間に何をしてきたか?

たいした事はできていないが、チャリティーイベントを開催したり。
復興支援へ行ったりした。

復興支援というよりは、復興支援をする人たちを支援する作業かな?
自分しかできないであろうことをしたと思っている。

たいしたことはできなかったが、その時の現場のことは確実に脳裏やココロに
焼き付いている。
それを事あるたびに語ることはできる。

チカラは無くても、語ることくらいはできる。

そして、その場所を何度も訪れる。


金が無ければ、

体力もない、

頭も良くなく、

時間もない。


しかし、しかしだ、オレが見た物や感じたことは、
オレの言葉でオレの口からしか語れない。


現場でご一緒した仲間へ、「考えるな感じろ」ってことを素で言っていた。

人によってできることは違うんだ。

感じた事を何に転換できるかが問題なのだ。

例え、その時に感じたものがすぐに役立ったり、動けたりしないかもしれない。


それでも、その時、その場所で、「感じたという行動」が自分のモノになる。

確実に自分にしか得ることのできないモノだ。




感じたからって、

「だから、どうした? どうもしねーよ。」

それでもいいんだ。


オレは、あの場所に行きたい、何かの役に立ちたい!と思って
たまたま行くことができ、感じて、今に至る。


「行けて良かった、見ることができてよかった」
と、思えただけでも、糧になっている。



人の為に尽くすだけが、支援ではない。



~~~~~~~~


以前、ブログにも書いたが、良い事言ってたオレ。。。


「祈るという行為は誰にでもできるようにみえるけど
あなたが祈る心を持つということは他人には代われないのだよ。
あなたにしかできない、そのココロは。」




今、実際に思うことは、「祈る=思い出すこと」これが大事だなと。

思い出すことで、次世代へは伝えることができる。


まだまだ、広い範囲の現地では、多くの土地や人々が頭を抱えている。


そう簡単には元には戻らない。


しかし、人間は逞しい。


絶対に前に進む。


これだけは、間違っていない。



現地を大して知るワケではないが、ちゃんと見ています。

今でもココロの何処かではしっかりと覚えております。

そして、オレも共に進んでいると思っております。


これからも、前へ、少しずつでも前へと・・・・



以前のブログはこちら
1:地震の時の話
2:地震の前からの話
3:地震の現場に行く人の話

ふんず

2016.03.11 記






・・・・・・・

5年経ちましたが、当時お逢いすることが皆さん、
奇跡のようなタイミングで話をすることができた皆さん、

出逢えただけでも、ありがとうございます!!!

オレの事は忘れてOKです!
でも、オレは忘れません。

いつまでも忘れません

またいつかお逢いできればと思っております。




ジャンル:
災害
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