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VAMOSの小学生チームを、1997年(平成9年)に創設することになりました。
その時に、VAMOSの小学生選手募集!を新聞記事に出したのです。
スクールの選手から移籍してくれた8人と、募集の記事を見て来ましたと言って岐阜市の北の伊自良から、入りたいので入れてくださいと言って、情熱のあるお母さんと6年生の元気そうな佐村勇樹君が来ました。
6年生9人、5年生8人、4年生5人でした。
このチームが、我が小学生(U-12)チームの始まりです。
その時の6年生が中3までプレーしてくれたのが、古田、大橋、古畑、山本、永井、横山、そして、佐村でした。
この学年は、第15回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)東海大会では、1回戦小牧サッカースポーツクラブに1-0の勝利、2回戦は、エスパルスSSには1-1PK4-3の勝利するが、準決勝に、ジュビロSS掛川に0-1で負け、3位決定戦は、清水エスパルスに敗れ、4位決定戦に回るも、グランパスにも0-1と負け、念願の夏のクラブ全国大会出場を逃すこととなりました。
秋の岐阜県選手権では、圧倒的な勝利で優勝して、第12回高円宮杯全日本ユース(U-15)サッカー選手権東海大会に進み1回戦は、愛知FCに勝利、準決勝にまたしても清水エスパルスと対戦して敗れ、3位決定戦で名古屋FCにも負け、残念ながら最後の全国大会に出場できませんでしたが、本当にいい試合をしてくれました。
DFセンターのキャプテン江島を中心とした守りとGK磯谷の頑張り、中盤で動きまくりゲームを作る渡辺に牧村、岩田、FWの市原、左の村橋など闘志を出して、名古屋の港サッカー場での試合ぶりが頭に浮かんできます。
その中で、右サイドDFとして、能力の高い守りと、積極的な攻撃参加で、右サイドからの攻撃の起点となっていた佐村でした。
佐村はその後、各務原高に進み、1年で岐阜県高校選手権の決勝で優勝した岐阜工と戦い、相手のセンターFWの片桐(グランパス→FC岐阜など)をマークするという逸材でした。今後を期待される選手でしたが、東海リーグ2部の日本福祉大に進むことになり、将来性を伸ばすことができなかったのです。伸びる選手だったと思うので、もっと高いレベルでやれたらよかったと私は、思います。
大学卒業後からは、VAMOSスタッフとして活躍してくれています。これからも貴重な選手上がりのスタッフとして、選手に伝えていってほしいと思います。
佐村に聞いたのですが、VAMOS時代の時にどんな指導を受けたか、あまり覚えていないと言っていました。中学の時の年齢は、体で覚える時で、頭で考えながらプレーする時ではないと思います。楽しかった、面白かった。とはよく聞きますが、どんなアドバイスを受けたか覚えていないかもしれません。
この年代は、頭の理解力に柔軟性があるのだと思います。だからこそ、面白いと夢中になって、集中してプレーすれば、成長も早く、すぐうまくなる時です。
指導者の話を聞き、意識して体でプレーできるようになれば、直ぐ何でもできます。夢中になって、言われたことを考えながら思いっ切りプレーして体で覚えてください。できるようになれば、可能性が広がります。
サッカーがんばっている多くの皆さんに期待しています。!
つづく
VAMOSの小学生チームを、1997年(平成9年)に創設することになりました。
その時に、VAMOSの小学生選手募集!を新聞記事に出したのです。
スクールの選手から移籍してくれた8人と、募集の記事を見て来ましたと言って岐阜市の北の伊自良から、入りたいので入れてくださいと言って、情熱のあるお母さんと6年生の元気そうな佐村勇樹君が来ました。
6年生9人、5年生8人、4年生5人でした。
このチームが、我が小学生(U-12)チームの始まりです。
その時の6年生が中3までプレーしてくれたのが、古田、大橋、古畑、山本、永井、横山、そして、佐村でした。
この学年は、第15回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)東海大会では、1回戦小牧サッカースポーツクラブに1-0の勝利、2回戦は、エスパルスSSには1-1PK4-3の勝利するが、準決勝に、ジュビロSS掛川に0-1で負け、3位決定戦は、清水エスパルスに敗れ、4位決定戦に回るも、グランパスにも0-1と負け、念願の夏のクラブ全国大会出場を逃すこととなりました。
秋の岐阜県選手権では、圧倒的な勝利で優勝して、第12回高円宮杯全日本ユース(U-15)サッカー選手権東海大会に進み1回戦は、愛知FCに勝利、準決勝にまたしても清水エスパルスと対戦して敗れ、3位決定戦で名古屋FCにも負け、残念ながら最後の全国大会に出場できませんでしたが、本当にいい試合をしてくれました。
DFセンターのキャプテン江島を中心とした守りとGK磯谷の頑張り、中盤で動きまくりゲームを作る渡辺に牧村、岩田、FWの市原、左の村橋など闘志を出して、名古屋の港サッカー場での試合ぶりが頭に浮かんできます。
その中で、右サイドDFとして、能力の高い守りと、積極的な攻撃参加で、右サイドからの攻撃の起点となっていた佐村でした。
佐村はその後、各務原高に進み、1年で岐阜県高校選手権の決勝で優勝した岐阜工と戦い、相手のセンターFWの片桐(グランパス→FC岐阜など)をマークするという逸材でした。今後を期待される選手でしたが、東海リーグ2部の日本福祉大に進むことになり、将来性を伸ばすことができなかったのです。伸びる選手だったと思うので、もっと高いレベルでやれたらよかったと私は、思います。
大学卒業後からは、VAMOSスタッフとして活躍してくれています。これからも貴重な選手上がりのスタッフとして、選手に伝えていってほしいと思います。
佐村に聞いたのですが、VAMOS時代の時にどんな指導を受けたか、あまり覚えていないと言っていました。中学の時の年齢は、体で覚える時で、頭で考えながらプレーする時ではないと思います。楽しかった、面白かった。とはよく聞きますが、どんなアドバイスを受けたか覚えていないかもしれません。
この年代は、頭の理解力に柔軟性があるのだと思います。だからこそ、面白いと夢中になって、集中してプレーすれば、成長も早く、すぐうまくなる時です。
指導者の話を聞き、意識して体でプレーできるようになれば、直ぐ何でもできます。夢中になって、言われたことを考えながら思いっ切りプレーして体で覚えてください。できるようになれば、可能性が広がります。
サッカーがんばっている多くの皆さんに期待しています。!
つづく