【渡月橋と大堰川のほとりにて の巻】
宮中で囲碁が盛んだったのは
平安初期の第54代仁明天皇の頃
御一代の記録書「続日本後紀」には
碁の記述が至る所に出てくる
80年ほど後になり
第60代醍醐天皇の治世には
いよいよ盛んとなり
初めて碁聖と呼ばれた人物が現れた
高級官吏だった寛蓮法師は
帝のお気に入りだった
第66代一条天皇の御代には
紫式部や清少納言が現れ
源氏物語や枕草子には
碁の専門用語がふんだんに出てきて
ともに相当の打ち手だったことが
うかがい知れる
現代の著名な国文学者でも
碁の用語が分からぬゆえ
解釈に誤謬がままあるという
笑いごとで済まないことも……
碁は、俗世にあっても
別世界を形成しているのだ
いずれにしても
貴族社会のなかで
囲碁は身近にありながら
日常に潜む魔界であった
◇
わたしが
久々に訪れた嵐山・嵯峨野は
紅葉の兆しがみえる冬日和である
千年前、この佳景はどんなだったろう
多くの観光客が往来する今日の賑わいは当然なく
夕暮れの静寂に時折かすかに石音が響く――
そんな幽境の風景だったのではあるまいか
▼コロナ一時下火により人影が戻りつつある
歩きゐるうちにすつかり冬日和 岩田公次