バス・船舶硬券切符ジャーナル 本編

主として民営バス・船舶・ケーブル等、普通の鉄道以外の古い硬券切符情報です。

硬券追究0300 関東鉄道(バス)

2024年09月07日 | 硬券追究

このシリーズも300回となりました。

一回一回の内容も不充分で、最近は読者も少なく、今後も細々の
マイペースになります。
沿革等の解説文も、信憑性に欠けると思われるものは詳しく書けず、
一般的な最低限の表現になると思います。( `・∀・´)ノヨロシク


関東鉄道(バス)

昭和40年に鹿島参宮鉄道と常総筑波合併して、関東鉄道㈱が発足しました。
バス事業も引き継がれ、社の大部分の収益となりました。
昭和62年には、つくば線高速バスにも参入するなど、高速バス・長距離バスは
その後も盛んに行われてきたようです。

私が興味をそそられるのは路線バスの方なのですが、珍しいものは資料になく、


昭和56年 B型硬券 赤PJR地紋 金額式  水海道


これは合併後に社名が変わっただけの、よく見る水海道の金額式硬券でした。

 


昭和54年 B型硬券 赤PJR地紋 金額式  鉾田


これは鉾田のものですが、金額が補充になっていたものでした。


金額式でも、この他、珍しい売札所のものもあると思いますが・・・

 

高速バス関連の硬券は多種出されているようですが、私には完集意欲はそそられず、
あまり集めておりません。
他のご立派なサイトを参考にされることをお勧めします~

 


平成6年 A型硬券 緑PJR地紋 矢印式 常磐高速バス乗車券

筑波営業所の発行でした。


平成6年 A型硬券 赤PJR地紋 矢印式 常磐高速バス

つくばセンター(何処かも存じません)の発行でした。
同じ平成6年で区間も似ていますが、様式、運賃が結構異なるのですね。



平成6年 A型硬券 黄PJR地紋 矢印式 東関東高速バス

鹿島営業所の発行でした。



平成22年 A型硬券 黄BJR地紋 金額式 東関東高速バス かしま線

東京での発行で、確か他社共同運行路線かと思います。共通乗車券。
金額式は比較的近年に出てきた様式だったでしょうか。

 

奥が深いとは思いますが、当方では、たかがこの程度のみでございます。


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硬券追究0299 常総筑波バス

2024年08月17日 | 硬券追究

常総筑波バス

常総筑波鉄道の直営バスですね。

昭和20年に戦時合併で常総筑波鉄道㈱となっており、そのバス事業として
戦後の昭和22年頃より運行してきておりましたが、前回に述べました通り、
昭和40年に鹿島参宮鉄道と合併し、関東鉄道となりました。


最低限の硬券資料です。



昭和37年 B型硬券 緑系PJR地紋 金額式  水海道


今回は、この硬券資料のみですが、筑波方面の他の券種を時折見かけることが
ありました。


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硬券追究0298 鹿島参宮鉄道バス

2024年08月03日 | 硬券追究

鹿島参宮鉄道(バス)

会社は大正11年に設立され鉄道事業が13年に開業していましたが、
同社バス事業は昭和6年からの運行開始ということでした。
路線は順次広がっていきましたが、昭和40年に、常総筑波鉄道と
合併し、関東鉄道となりました。

 

硬券資料は乏しいですが、

 


昭和36年 B型硬券 赤地紋(不鮮明PJRか?) 矢印式  土浦

土浦からの金額式でした。
表記は、鹿島参宮鉄道バス。

 


昭和30年代? A型硬券 赤PJR地紋 往復券 赤線1条

これは少し変わった券種だと思いました。
往復ながら、金額式の要素が含まれていたものです。
表記は、鹿島参宮バス。

 


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硬券追究0297 十勝バス

2024年07月06日 | 硬券追究

十勝バス

大正5年、十勝自動車が設立されました。  
昭和17年、合併により帯広乗合自動車となります。  
昭和30年、十勝バスに改称されます。  

 

まずは、ありきたりの硬券を。


平成12年 B型硬券 青HPRしてつ地紋 一般式  帯広

まずは着駅も常備印刷のものを(補充のものもあるので)。


平成10年 B型硬券 青HPRしてつ地紋 一般式  帯広

 


平成12年 B型硬券 青HPRしてつ地紋 一般式  愛国

国鉄時代からの広尾線の縁起切符は有名でしたが、十勝バスでも、この区間のものは
古くから常備券で設備されていました。
鉄道線廃止後も、こちらは現役路線で残りました。

 


平成26年 B型硬券 青HPRしてつ地紋 一般式  愛国

いつしか新地紋になってからのものですが、新地紋の後に特に関心を持った訳でもなく
新地紋のものは、現状はこれしか資料がございません。
現在は存じません。

 


平成10年 B型硬券 青HPRしてつ地紋 一般式  広尾

広尾や帯広空港でもバス硬券は発行されていたようで、これも旧地紋時代です。

 

十勝バスも結構な広範囲で、鉄道駅の足寄駅の外側部分にも十勝バスの窓口があり、
着駅補充ながら硬券が設備されていました。
鉄道廃止後や新地紋後の事情は全く存じません。
下記3枚とも自分で現地で購入しましたが、日か時間かにより、
窓口が閉まっていて買えない時もあったと記憶しています。

 


平成12年 B型硬券 青HPRしてつ地紋 一般式 着駅補充  足寄

下足寄(補充)ゆきは当時の収集の定番で、最安区間だったかと思います。


平成12年 B型硬券 青HPRしてつ地紋 一般式 着駅補充  足寄

仙美里(補充)ゆき。


平成12年 B型硬券 青HPRしてつ地紋 一般式 着駅補充  足寄

本別(補充)ゆき。

折角なので、3枚買ったようです。

 

さて、少しかわったものでは・・・


昭和52年 B型硬券 淡緑地紋 一般式  

これは、何色と言ったらいいのか、パッと見で淡緑で、地紋も当時の通常のHPR地紋とは
違っています。金額表示もなく、優待券の類だったのでしょうか。
阿寒湖畔から然別湖という山間の観光路線(ルート)のようでした。

 


昭和52年 B型硬券 灰HPRしてつ地紋 一般式  

これも同時期の阿寒湖畔からのもので、クーポン券引換用に備えられた硬券でした。

 

最後になりますが、


時期不詳 A型硬券 灰HPRしてつ地紋 往復券  帯広

帯広駅発行ながら、発駅表記は帯広駅前でした。
金額からも、そう古くはないと思いましたが、平成12年頃に確認した時点では、
もうこういう口座は無くなってしまっていたと記憶します。

 

他社共同運行の長距離バス路線系の硬券は、他社コラムで既に公開済だったと思いますので
ここでは割愛いたします。

 

過去の面白いものには興味は湧きますが、現在の切符事情は存じません。

 


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硬券追究0296 東伏見 早大プール

2024年06月01日 | 硬券追究

東伏見 早大プール

戦後すぐにの時期にも既にあったらしい早稲田大学のプールですが、
昭和36年頃より早大から借り、一般客用にも開放されたプールでした。
時期は存じませんが、既に早大のプールは別のキャンパスに移されたようです。

 


昭和45年 B型硬券 西武地紋 早大プール入場券 小児

 

西武鉄道がプールを借りていたのか提携していたのか存じませんが、駅前ということも
あってか、企画券や、こういう施設入場券を時折見ます。

 

番外編的な今回でした。


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硬券追究0295 フランス モンブラン ロープウェイ

2024年05月04日 | 硬券追究

エギューイユ・デュ・ミディのロープウェイ

ヨーロッパ、アルプス山脈のモンブラン山系(最高峰標高4810m)の
展望台(標高3842m)へ上がる観光のロープウェイで、昭和30年に
造られています。

フランス東側のシャモニー・モン・ブラン麓駅(既に標高1035m)
から、途中駅を経てエギーユ・デュ・ミディ山頂駅(標高3777m)
までを結んでいるロープウェイです。

 

下記のような硬券が、結構よく見かけます。

 


時期不詳 A型硬券 往復 赤色 PLEIN TARIF

着札らしき放出券は、結構見かけます。

PLEIN TARIFは、訳せば「普通料金」(大人料金)、
これが往復乗車券でしょうか。

 


時期不詳 A型硬券 往復 黄色 CONTREMARQUE

着札らしきこうした放出券は、こういう黄色も見ますので、券種のバリエーションも
ありそうです。

CONTREMARQUEは、訳せば「一時外出券の半券」とか「手荷物等の預り証の半券」といった
意味らしいですが、実際のこの切符の効力は存じません。
赤色の券とセットで利用されていたのでしょうか??

ALLER-RETOURは、「往復」。上記二枚は、いずれも往復用となります。
何十年か前の硬券だったようですが。

 

詳しい解説も追いつかず・・・

また、現在の切符事情は、全く存じません。


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硬券追究0294 筑波山鋼索鉄道

2024年04月07日 | 硬券追究

筑波山鋼索鉄道

大正末期頃より営業が始まっていましたが、戦時に一旦廃止され、
昭和29年に営業が再開されています。
平成11年に筑波山ロープウェーを合併して、運営会社名は
筑波観光鉄道という社名になりました。

筑波山鋼索線は、宮脇と筑波山頂の両駅を結んでいます。

 

ここの硬券は、ある程度出ているはずですが、当方にはあまり
資料がございません。

 

古そうなもので

 


昭和(時期不詳) A型硬券 青JPRてつどう地紋 優待乗車券 往復


より ゆき の表記は気になりますが、やはり戦後(昭和30年前後)のような
感じでしょうか。

 


昭和(時期不詳) A型硬券 青JPRてつどう地紋 優待乗車券 往復


上段の券と似たものなのですが、発駅・着駅もなく、下段の社名が2社連名になっている
ものでした。
これは、連続券として回遊してくる仕様なのか、どちらかの会社線の往復で使用されて
いたものなのか、私は存じません。
時期は上段側の券より後のような感じがしますが。

 


昭和40年頃?? B型硬券(半硬券の域か) 赤JPRてつどう地紋 一般式


これも年代が読み取れません。上の優待硬券よりは後の時期のように思います。
中段の切符での筑波山ロープウェーの開業が昭和40年というのを考えると、
古さの順序は微妙です。

また、この券は一般的な硬券よりは薄く、半硬券の部類かな、と思います。
裏の券番と切符の状態からでは、正式な判断が出来兼ねる状態なのですが、
千切りの半硬券タイプであった可能性もあります。
それなら特段、何ということもない券です。

関東の鋼索線や索道線はかなり多いので、あまり多くの硬券は所持していないのです。

 


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硬券追究0293 野尻湖観光汽船

2024年03月16日 | 硬券追究

野尻湖観光汽船

これも前回の「野尻湖」で運行するもう一社、
始まりが昭和33年であったこと以外の詳細な事は存じません。

ネタ資料がが少ないのだから、前回と一緒にまとめても良かったのですが、
違う会社のようなので、分けました。

 


年代不詳 B型硬券 無地 遊覧船 一周券 野尻湖観光汽船

 

前回の「野尻湖定期船会社」と様式も差がなく、時期も印刷所も同じでしょうね。

2社で便数を補って、共に運航してきたのでしょうか。

 

こちらも、これしか硬券資料がなくこれ以上の詳細は検証出来兼ねます。
すいません。


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硬券追究0292 野尻湖定期船会社

2024年03月02日 | 硬券追究

野尻湖定期船会社

長野県北部の黒姫山の近くにある野尻湖。
かまり小さな湖ですが、戦後はここにも遊覧船を運行する会社が
出来ました。

会社の始まりは昭和23年。
その後の詳細は存じません。

もう一社?と共に、運航してきたようです。

 


年代不詳 B型硬券 無地 遊覧船 一周券 野尻湖定期船会社

 

これしか資料がないので、すいません。
これ以上の詳しい検証は出来兼ねております。


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硬券追究0291 有鉄バス

2024年02月03日 | 硬券追究

有鉄バス

有田鉄道のバス事業の通称でしょう。

大正初頭から鉄道の運行は開始されましたが、鉄道線は平成14年に廃止になりました。

バス事業は戦後から開始されたようで、現在もやっているようです。

会社自体は鉄道廃止後も続いているようであります。

 

鉄道硬券が話題にはよくあがりますが、古くは路線バス専用の硬券もありました。

 


昭和40年代? B型硬券 青TTD地紋 一般式


新子は、和歌山の高野山にも近い花園村にあり、かなり奥地の場所でした。
路線は高野山千手院まで結ばれていたと思います。

 

連綴の半硬券は多かったですが、しっかりとした硬券もみられました。

昭和40年代の日付の入った硬券を時折拝見することがありました。

 


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