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落合氏が現代音楽作曲家で指揮者の巨匠故ピエール・ブーレーズ氏に初めて会ったのは1990年代の初頭らしい。
米国ニューヨークのカーネギーホールで行われた作曲家のためのマスタークラスに選抜された事が始まりらしい。
当時落合氏は氏に相当興味を持っていたらしく、その作曲作品やその指揮者としての演奏等について良く知っていたらしい。
NYであったピエール・ブーレーズ氏について落合氏はこう語っているらしい。
ピエール・ブーレーズ氏はありとあらゆることに関して非常に批評的であり、その方向性は常にというかどちらかと言うと非常にネガティブなベクトルの方向性を持っていたという事であった。
ブーレース氏は、フランス人であるが、それこそかれの母国であるフランスに非常に誇りを持っており且つ特に自国の文化は世界最高のものであると思っているように感じられたという。
文化、特に音楽については落合氏はブーレース氏と相当語る事ができたらしい。
その音楽の処々についてのブーレース氏の見解についてだが、全体的に世界的な超一流の作曲家達についても非常に否定的であったそうだ。
西洋の大作曲家についてもそうであった様である所から、東洋の一国である日本のそれについてブーレース氏が語る事は、、、、、非常に厳しかった。
確かに落合氏もブーレース氏に自作品をブーレース氏に見せてかなり褒めては頂いたとの事だが、全体的に、その他の日本の現代音楽作曲家に対する彼の評価は非常に低いものであったらしい。
演奏家についても、ブーレース氏が当時監督していたアンサンブルに日本人の演奏家もいたのに、日本の演奏家には全然興味がないような態度であったらしい。
そのアンサンブルのメンバーについて聞いてもブーレース氏は”そんなメンバーがいたのか?”と言う様な事を言われたらしい。
日本を代表する現代音楽作曲家の武満徹氏や三善晃氏等についても”よく知らない、、”と言われたらしい。
話は変わるが、落合氏は幾度がブーレース氏とNYで会食する事があったらしい。
NYの最高級レストランであるという事もあるのだろうが、ブーレース氏と同席して食事を取っているととにかく非常にその食事が味わい深く美味しく感じられたらしい。(その後同じレストランで同じメニューをひとりで頼んで食してみてもその時のように美味しくは感じなかったそうだ。)
でもブーレース氏と交流していてもっと驚いた事があるらしい。
それは音樂に関する事であるが、何か人間の五感のもしかしたら根源の神秘性に関わる様なものかもしれない。
それはブーレース氏と数時間一緒にいるとその後非常に音感が良くなっていたという事である。
とにかく音が、それも音楽であれは非常に聴き取りにくい一度に何十も鳴らす様な現代音楽の非常に複雑な不協和声の内声なども、良く聴こえる様になっていたらしい。
とにかく彼といるだけで、音楽と携わらなくてもそのような現象は現れたらしい。
ブーレース氏の演奏のリハーサルにも随分行く事ができたらしいが、かれはそのリハーサルの中で変わったことをよくするらしい。それは全ての演奏家に各々好きな音程の音を一度に奏でさせ、その後止めさせる。その後ブーレース氏がすべての音の音程をほぼ確実に当てていくという様な具合だ。
オーケストラであれば60-70人以上の音がいっぺんに鳴らされているのにそれをすべて一度に聴き分けていると言う事なのであろうか?
通常かなり耳の良いものでも一度の10個の音を聴き分けていれば大したものであるとの事だが、ブーレース氏の絶対音感のその能力のレベルの高さはすごいものであったと落合氏は回述しているらしい。
指揮者としてのブーレース氏についても落合氏は語っていたらしい。
一見非常にメカニカルにブーレース氏の指揮は見られている。確かにそうだろう。しかしそれはどうやら、その演奏する音楽を完全に理解しそれを音楽として完全なものにするために、肉体の動きは合理性を極めてそのような動きに見えているのではないかという事であった。
ブーレース氏は現代音楽作曲家としては世界超一流であるのは周知の事実であるが、指揮者としても、とにかく現代音楽、それも難解になればなるほど、ブーレース氏の作り上げる音楽は素晴らしいものであるという事と語っていたらしい。
ある意味で、その作品を作曲した作曲家が、ブーレース氏の演奏を聴いたら、その原風景より素晴らしいと思う事もあるんじゃないかと思うこともあるんじゃないか?と思えることもあるんじゃないかとも落合氏は語られていたらしい。
その後落合氏はブーレース氏から連絡を受け、彼が要職を務め研究所の処々の方向性に大きな影響力を持つ、フランスのパリにある音楽の高等研究所であるIRCAMにも行かれたらしい。(当時このIRCAMにはパリの予算の3%が当てられていたらしい。その額は一年間で日本円で1000億円?である。さすが芸術大国のフランスは国家予算の使い道がこの様なものに当てられている。ひたすら素晴らしいし日本もこれを見習って欲しいと落合氏は語っていたそうです。)
その研究所はどちらかと言うとアナログで制作された音楽とデジタルのそれを融合させる等を当時進めて行こうとするような趣を持ち、落合氏は大きな疑問を持ったとか????(ちなみに俗に言うデジタル文化は当時米国のニューヨークが最先端であるとか言われていたが、、、、。)
このような現代音楽の巨匠故ブーレース氏だが、その人柄の中には処々の点でひたすら人間臭さを見せる事も多かったらしい。”自分は時計集めが好きだ、、。”と言われたり、突然”フランク・ザッパはなかなか良い、、。”と言われたり、、、、。実は非常にウィットが効いた話も多かったらしい。
ブーレース氏の話す英語はそれこそフランス人の話す特有のそれであったらしいが、彼が他界した今落合氏には、彼のフランス語訛り?のする様な英語のアクセントを持つ話し方を非常に懐かしむ思いとそれ且つこれ程素晴らしい世界の巨星が消えてしまった事を非常に残念に思う悲しい気持ちが入れ乱れている様な状態が未だにあるようだ。