帰ってきたFamily Physicianの独り言

札幌で家庭医療研修プログラムのディレクターをしています

それは相反するものではなく、曖昧な境界をもつ命の事象

2008年01月28日 | 家庭医療
Carnegie Mellon UniversityのRandy Pausch教授によるLast Lectureを見た。

エネルギーにあふれる口調、言葉の早さ、体の動き。固そうな髪の毛。白髪が目立ち始めた頃。

優しそうな目。決意にあふれている。深いまなざしの奥に隠れているBig Elephant、それがPausch教授を襲う病魔である膵臓癌と転移。

このレクチャーに至るまでの経過、そしてその決意を想像すると言葉が出ない。どれだけの悲しみとかなわぬ希望、後悔と未達成感を味わったのだろう。そしてそれを全て抱えたままそれでも前に進もう、進むだけではなくそれ以上に何かを噛みしめようとしている姿には「感動」という言葉では言い尽くせないものを感じる。

これまでたくさんの人が死んでいく場面に関わった。つくづく医者というのは特別な職業だと思う。どの一人にもたくさんの物語があって、そこに深く関わると医者を続けていくことが危うくなる。医者は病院では涙を流さない。本当は流すこともあるけれど、その感情を深く心の奥にしまっておく技術を医者は本能で学ぶ。それが悲しみで潰されないで医者として生き抜く術。

生と死。

たくさんの生命誕生の瞬間にも立ち会って来た。この手で取り上げる新しい命の重さ。家族の想い。妊婦健診をすることでしか得られない家族との関係。新しい家族の一員を生まれる前から診る。これが家庭医の醍醐味でもある。

生と死。

死を意識することでしか生を感じられない。それは対立するものではなく、本当に曖昧な境界を持っている。この両方に関わることでバランスをとっている自分を強く意識している。


死ぬ時は看取って欲しいと言われる医者になりたい。
自分の子供を取り上げて欲しいと言われる医者になりたい。

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1 コメント

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泣いてしまいました (familymed758)
2008-01-30 15:26:45
Hajさん、以前のSteve Jobsのスピーチといい、いつもすばらしいものをご紹介いただきありがとうございます。
長編だったのですが、普通に最後までみれてしまいました。
educateではなく、help them realize their dreamという表現が良かったです。
スピーチの最後に「2番目のhead fakeは?」
「このスピーチは実は、自分の子供に向けたものなのです」という所では、思わず涙が出てしまいました。
いや~インターネットって、すごいですね。自宅でこんなすばらしい講義に出席できるんですから。
とても良かったので、私のブログでも紹介することをお許しください。
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