例えば悪い例で言うと↓
A「次の村に行くには、近道と迂回道がある」
A「近道は手ごわい敵がいるが、迂回道にはいない」
A「しかし迂回道を行くと倍の時間が必要だ」
A「とは言えども仲間がピンチなんだ」
A「俺たちに悠長な時間はないだろ?だから近道を行くんだ」
B「わかった、そうしよう」
※改善例↓
A「次の村に行くには、近道と迂回道がある」
B「ほう…どっちがどうなんだ?」
A「近道は手ごわい敵がいるが、迂回道にはいない」
B「だったら迂回道で決定だな」
A「しかし迂回道を行くと倍の時間が必要だ」
B「急がば回れという言葉もあるが…悩ましいな」
A「とは言えども仲間がピンチなんだ」
A「俺たちに悠長な時間はないだろ?だから近道を行くんだ」
B「わかった、そうしよう」
というようにAは同じセリフを喋っているが、Bが合いの手を入れるだけで随分 会話らしくなる。非常に面倒ではあるが、こういった作り方を心がけた方が良い。またポイントなのは上記Bの「ほう…どっちがどうなんだ?」というセリフであったりする。公の文章としては少々稚拙なセリフである。本来であれば「そうか…それぞれの利点や欠点を教えてくれ」というセリフの方がその場に適しているように思えるが、あくまで「会話」なのである。ここまで固くする必要はない。このように少々砕けた語彙を敢えて使った方が良い。もちろん、さじ加減は必要だ。ゲーム内でも かしこまったシーンでは使わない方がベターであるし、乱発しすぎるとゲーム自体が幼稚になってしまう。塩梅はテストプレイをしながら調節してほしい。このように場面を演出させるためにも会話文の作り方は色々と変えていかなければならない。まさにテクニカルさを求められるのである。
前回の投稿で①結末 ②世界観 ③過去 ④テーマを決めることが重要だと書いた。考えることはまだ必要だ。今回はシナリオの構成について記述したい。まずシナリオの構成はよく言われる起承転結に区切って分けると作りやすい。
「起」は物語の導入から序盤の一山を終えるまで。通し30時間程度のプレイ時間であれば4.5時間程度がここにあたるかと。ここでは世界観であったり主人公の旅立ちとなる理由付けをプレイヤーに落とし込むシナリオを考える。また初期の仲間キャラがINするのもこのタイミングだ。物語としては大きな動きはなく退屈なシーンが多くなりがちである。この時点で退屈を押し切ってでも ぬるい展開とするのか、序盤から波乱の展開を見せるのかは作り手次第ではあるが、小難しい情報を張り巡らせてもプレイヤーが置いてけぼりになるので、無難に世界観と主人公キャラをプレイヤーに知ってもらう程度で済ましておけばよい。ただしこの時点でラストにおける伏線を張っておくと非常にgoodである。とは言えども「起」の終盤シーンではある程度含みを持たせたイベントを作った方が良い。序盤からパーティーINしていたお世話役のキャラの離脱であったり、故郷を追われる等。もう後戻りできないと思わせる何かである。「show mast go on」の感覚を植え付けさせることだ。
「承」で前半部を終わらせるイメージだ。15/30時間程度となるボリューム感か。ここのパートではとにかく色々なことを巻き起こすことが大事。敵勢力の刺客を出すとか、物語の根幹とも言える不可思議なイベントを提起するであったり、主人公キャラのライバルの出現等。このパートではプレイヤーへの情報過多と言っても良いほどの謎めいた何かをばらまくことである。ただし無作為にイベントをまき散らすと、これもプレイヤーが置いてけぼりになる。だからこそ「起」の段階で退屈ながらでもシナリオに紐づく世界観の落とし込みが必要なのだ。「この世界観の中でなぜこんなことが巻き起こっているのだろうか?」とプレイヤーに思わせたら成功である。極端な言い方かかもしれないが伏線を張りまくる、という言い方だと わかりやすいかもしれない。またこの辺りで仲間キャラのほぼ全てをINさせることも重要だ。これ以上遅くなってしまうとキャラクターへの愛着が湧かなくなってしまう上に、仲間キャラ自体がシナリオと紐づく個別ストーリーも入れ込むべきパートであるからだ。もちろん この後に続くパートで仲間キャラをINさせても良いが、この手法はどちらかというとストーリーの盛り上げに使うための演出という見方が強い。仲間キャラにも相応のシナリオを用意するなら早めにINさせるべきだろう。そして「承」の終盤となるシーンでは物語の根幹を揺るがすようなイベントを作るべきだ。FF6で言うと魔大陸→世界崩壊であったり、DQ6でいう目下のラスボス的な立ち位置のムドーとの対決など。ここの激震っぷりが「転」の出来につながると言っても過言ではない。
前回はシナリオについて書こうと思ったが脱線に脱線し結局のところ「歴史を学べ」という結論で終わってしまった。実際のところコレに尽きるのだがそれでは身も蓋もないので嚙み砕いていこう。偉そうなことは言えないが、一つのゲームを作り終えた人間として伝えられることは伝えておきたい。
作る前に決めることがいくつかある。①結末 ②世界観 ③過去 ④テーマ が少なくとも必要かと思う。
①結末・・・ゲームのエンディングである。世界(物語の舞台)が平和になるのか破滅するのか。主人公は英雄となるのか、旅に出るのか、死ぬ(消滅する)のか。もちろん これらの結末が全てではなく色々な物語の終え方はあるだろう。自分自身がどのような終わり方が一番達成感があるか、まずはそこに注視すれば良いと思う。無難なのはやはりハッピーエンドだ。プレイヤー自身も悪い気はしないしエンディングまでたどり着いたご褒美として最も相応しいラストであろう。しかし個人的には単なるハッピーエンドは好きではない。何故なら単純につまらないからだ。エンディングに至るまでに主人公が想像を絶するほどの苦労・苦痛・絶望を味わせないとハッピーエンドの美しさが際立たないと考えている。例えば 「FF9」、「幻想水滸伝2」、「シュタインズゲート」。この辺りが個人的に絶賛したいハッピーエンドであった。(もちろん他の名作も多々あるがキリがないので)どの作品も主人公に定められた宿命や逆境が物語の随所に散りばめられ、苦難を乗り越えられた末に手に入れたハッピーエンドであった。ここまでの逆境シナリオを自分自身で作り上げるのは理不尽だと刷り込ませるシーンを複数用意しなければならないので精神的にしんどいところもあるだろう。ハッピーエンドの質を上げるにもちゃんとした下地が必要だということだ。ではバッドエンドにすれば良いか?これは愚問と言わざるを得ない程にNGだ。何をバッドエンドと定義するかにもよるが そもそもバッドエンドであった作品の大概は続編があり、続編でスッキリさせるという建付けが一般だ。単発作品でバッドエンドという作品はちょっと思いつかない。何よりも夢も希望もない、悲しさだけのエンディングなんてのは胸糞が悪いだけである。実は一番しっくりくるエンディングは大団円とも言えずとも後味も悪くない「ベターエンド」なのかもしれない。犠牲は大きいが得るものも大きかったというエンディングはプレイヤーの気持ちの落としどころとしてもしっくり来るだろう。また、ちょっと違う切り口で言えば、「これでよかったのだろうかエンド」も個人的には嫌いじゃない。主人公キャラの正義が勝利を勝ち取るが、果たしてそれは絶対に正しい正義なのか…という含みを持たせるものだ。これを代表させる作品は「ブレスオブファイア3&4」である。この作品は思想や哲学に訴えるような側面が強い。だがしかしコレは諸刃の剣である。作者は何を伝えたかったの?とか結局は投げっぱなしかよ。とか、しっくりこない。等の批評はあるものと考えておいた方が良いだろう。余程説得力のある物語を作らないとプレイヤーに伝わらない。素人が手を出す手法ではないかもしれない。・・・とまあ色々と結論は出せていないが、やはりハッピーエンドを前提にどのようなハッピーにするかを最優先で考えるのが一番宜しいかと思う。
②世界観・・・世界観を統一させることは当たり前のことだが重要である。ペルソナシリーズのように現実社会に近い世界観にするのか。剣と魔法のファンタジーなのか、中世を連想させる王国主義なのか。亜人種(モンスター)を討伐する世界観なのか、人間対人間の国同士の戦いがメインなのか。考えれば考える程 色々なイメージが湧くだろう。それで良い。想像を膨らまして固めていくものである。問題は世界観のちぐはぐを極力なくすことだ。例えば特殊能力(所謂 魔法)。この概念はゲームでは至極一般的だ。ただコレが厄介なのである。ファンタジーの世界観であれば魔法という概念はなんの違和感もないが、現実社会に近い世界や、スチームパンクな世界で当たり前のように魔法が扱えてしまうのは少々力技すぎる気がする。何故、この世界で特殊能力が使えるのか、という前提部分の理由付けは必要だ。ペルソナであれば「影の世界」という現実社会と逸脱した異空間がありその舞台で特殊能力が使える。であったり、FF7のようにマテリアという特殊な物質を媒介として武具に装着させることで特殊能力が使えるという理由付けである。プレイヤーが感じる世界観の違和感をクリアにする理屈は必要だ。もちろん どの作品においてもなぜを繰り返せば違和感だらけなのだが、少なくともなぜ・なぜの2回分くらいにの掘り下げには答えられる理屈はあった方がいい。特殊能力に限らず世界観の統一にはいずれにしても必要な検討事項だろう。
③過去・・・シナリオの本編の前に起きた出来事(過去の物語)を最初の時点である程度想定しておいた方が良い。前回の記事でも記述したように良いシナリオとは過去の物語がしっかりしている方が厚みを増す。過去の物語を本編で少しずつ小出しにしていくことで本編の真相が紐解かれる、なんて言う手法は良いゲームのセオリーだ。この辺をある程度固めておけばラスボスを誰にするか、ラスボスの使命というところも無理なく収まっていくかと思われる。理想を言えば自分自身の構想の中で過去の物語で1作品のゲームが作れるな、という程度まで練られると満点だ。とは言えそこまで念入りにやってしまうと本編が手つかずの本末転倒となってしまうため、そこまではやらなくても良い。しかし最低限過去の物語も含めた本編エンディングまでを通した時系列の出来事(年表)は作った方が作っていく中で齟齬は出ないだろう。
④テーマ・・・シナリオを通してプレイヤーに訴えかけるテーマがあった方が良い。なくても良いが、あった方がキャラクターのセリフや動きに躍動感が出るような気がするしシナリオもブレない。「恋愛」であったり「家族愛」「友情」「復讐」「自分自身の存在意義」「命の尊さ」「環境問題」「国盗り合戦」「差別」「民族問題」「宗教」「パワーゲーム」…と、まあ色々ある。これまで自分自身がプレイしたゲームのシナリオなどを思い返せば何かしらテーマと思われるものがあったはずだ。また、テーマは極力一つに絞った方が良い。作品に複数のテーマを持たせてしまうと何が主軸だったのかわからなくなってしまうからだ。多くても二つまでが限界だろう。更に言えば嚙合せの良いテーマを選ぶのが肝要。上記の例で言えば、「友情&国盗り合戦」というテーマを選べば「相反する敵国に属する友との板挟みで苦悩する主人公を描く」といったメインシナリオが作りやすい。しかし「環境問題&差別」というテーマを設定してしまうとどうにも一つのメインシナリオに落とし込むのが難しい感じがする。また、むやみに「民族問題」や「宗教」に首を突っ込むのも避けた方が良い。社会風刺として刺さる部分も多いが、不特定多数の人間にプレイしてもらうと考えたときに言い回しや表現を考えないといけないデリケートな問題だ。特に日本人は海外と比較して民族・宗教に対しての理解はかなり乏しいと思っておいた方が良い。数あるイベントの一つとして取り上げる程度であれば良いがメインシナリオに据えるならば、しっかりとした知識が必要だ。
このあたりを構想を確定させて、シナリオの全体像が おぼろげになってくる程度であろう。まだまだこれから。シナリオ作りの苦行はイベントを作り始めてからだ。続きは次回。
発売されてから2年も経ち、今更ながらではあるがゼノブレイド3のレビューをする。
本シリーズはPSで発売されたゼノギアスから連なるゼノの系譜をたどる、一応 「ゼノシリーズ」としての位置づけといえる作品である。大人の事情もあってストレートな一連シリーズと評せないところがむずがゆいところだ。ゼノギアスの発売後、ゼノサーガ3部作を発売、その後 本シリーズゼノブレイド3部作へと繋がった。開発はゼノギアス時代から一貫してモノリスソフト(ゼノギアスは厳密にいうとモノリスソフトの前身である、いち開発チームである)であるが発売元はスクウェア→ナムコ→任天堂と遷移しており、まさに大人の事情と察するには十分な背景がある。このように発売元が違う為、ゼノギアス~ゼノブレイドまで直接的なストーリーの繋がりを描くことはないが、要所要所で世界観であったり用語であったりと薄く 薄く、繋がっている部分がある。このように さも知っているかのような口ぶりで書いているが、自分自身としてはゼノシリーズとはほぼ無縁のゲーム生活を送っており、ゼノブレイド2以外は未プレイと言っても良い。youtubeやネットのストーリー考察サイトで全体的なイメージを掴んだだけの にわか者である。しかしこれらの情報収集したことで本シリーズの奥深さやシナリオのクオリティに興味を惹かれ今回ゼノブレイド3のプレイに至ったというところだ。
前作ゼノブレイド2の終盤で明かされた真相は中々衝撃的であった。ストーリー的に交わらないゼノブレイド1と2の接点が描かれたのだ。そういった伏線があった中で、3のシナリオはどうであったか。結論から言うと正直残念であった。というのも自分が期待していた内容と全く違う方向性のシナリオであったからだ。終始ゼノブレイド3としてのストーリーに固執してしまっているような気がした。折角前作の終盤で1と2を繋ぐ事実を明かしたのだから本作ではそれを補完しゼノブレイドシリーズとしての集大成を描くシナリオとして欲しかったのは自分だけだろうか。本作は1と2の世界観を側面として捉えた3単体の物語なのであった。もちろん本作本編の中でも重要なシーンとして過去作との繋がりに触れることはあったが…。シナリオに求める基本軸がズレていたことは興ざめという他ない。では主軸となった本作単体としてのシナリオはどうであったか?コレについてもあまり好感を持つことが出来なかった。序盤は淡々とシナリオをこなす感じである。軍人と戦争というのが表立った舞台であり人の寿命は10年しか生きられないという世界観であるため、それなりに暗い。しかしもっと暗くシリアスでも良かった。全体的にお子様向けな表現が多く、暗い世界観の割には裏切りや捕縛等の緊迫感を煽るシーンが少ないと感じた。また序盤の流れが冗長すぎた印象がある。全7章構成となるが、物語が動き出すのは中盤(4章)からだ。この辺りから初めてストーリー進行がされたと実感した。極端に言えば1章~3章をキュッと詰め込んで1.5章程度のボリュームで良かったと思う。更に言えばサブクエストやサブシナリオも豊富。それに輪をかけて異常なまでのマップの広さ。これで本編も冗長気味とあっては正直疲れてしまう原因であった。極めつけはラストダンジョンの攻略で8時間近くかかってしまうボリュームである。やりすぎ感は否めない。
戦闘システムは正直かなり忙しい。仲間キャラが7名というのは軍人らしい戦いで、試みとしては悪くないがとにかく画面から得られる情報が多すぎて追いつかない。更にボスの耐久力はそれなりに高く、大技を何発か当てる必要がある。その為には「インタリンク」と「チェインアタック」が必要不可欠であり、通常攻撃と特技の火力はこれらに遠く及ばない。これらを如何にピンポイントな場面で発動させるかがカギになる。こんなことを考えていると とても忙しいのだ。ゼノブレイド2の時も思ったがもっとシンプルでも良いと思う。「敵がこうしてきてから、こう対処する」であったり「敵がこうしてくるであろうから、これをやっておく」というコマンドバトルの基本概念である「一手を重んじる」駆け引きが全く成立しない。とにかく自分のやるべきことが多すぎて、アレしてコレしての大技。というゴリ押しをやっていく感覚だ。こういった大技攻めの戦術を基本とする戦闘システムは「閃の軌跡」と通ずるところがあり、爽快感はあるが、戦闘バランスが大味になってしまう上に通常攻撃の存在意義が問われる問題となりえる。雑魚戦は爽快感重視の流れで良いのだが、個人的にボス戦は敵味方一挙手一投足でせめぎ合うバランスが好ましい。アクション性を優先したのであろうという結果にも思えるが仲間がどこで何をしているか全くわからないという状況になってしまうのは少々お粗末かなと感じてしまう。
クラスが設定されているのは面白い。FFのジョブ、ドラクエの職業のような感覚で楽しめる上に衣装もちゃんと用意されているのは良い配慮だ。クラスランクもストレスなく上がっていくため、FF5のようにマスターするまで時間を目一杯要するという事態も回避できている。しかしながら新たに解放されるクラスが仲間の一人にしか解放されず、他のキャラクターは経験値を積上げないとクラス変更できないという仕様は頂けない。クラスが解放されるまでがそれなりの時間をかけなければならなく、アンバランスになっているように見受けられる。
楽曲は正直なところ敢えて取り上げる必要もないかと思う程 凡作であった。世界観自体がそれなりにシリアスなので、それに伴った楽曲が多い。そう言った意味では世界観とはマッチしたものであったがコレは良いという楽曲はなかった。相対的には良いが、絶対的には不可 という具合か。逆にゼノブレイド2は世界観にマッチしていなかったが楽曲一つひとつのレベルはそれなりに高かった。
グラフィックはゼノブレイド2から様相を変えてトゥーンシェイドに寄せた仕上がりになった。個人的にはフルCGとアニメーションの間に位置するこの技法は好きな為、見栄えとしても納得できるものであった。また敵やら味方やら、マップやらとオブジェクトの数が半端じゃない本作において全く処理落ちしていない点は天晴れである。PSやXBOXの同世代マシンと比較しても性能で格が下がるswitchで、ここまでハイスペックな作品を仕上げたのは技術力の高さを伺わせる。
操作性・快適性は文句なし。特にカーナビとも思えるナビゲーションシステムを取り入れたのは革命的と言っても過言ではない。本シリーズのウリはオープンワールドと言っても遜色のないマップの広さであるが、横(平面)のマップに加えて縦のマップも作りこまれている。横の広さはマップ画面で認知することはできるが、縦のマップはレイヤーなどが重なって非常に見ずらい。ゼノブレイド2の時もそうであったが今作もやはりレイヤーが重なる場面はマップで位置情報を理解するのは難儀である。ゆえに目的地はわかっているがどうやって辿り着けばよいかわからない、というのがゼノブレイド2の常であり、個人的には爆発寸前のストレスであった。そういったプレイヤーへの配慮か、今作では次の目的地までキャラクターが辿りつくための道筋を視覚的に導き、懇切丁寧にナビしてくれるのだ。あさっての方向に走って行ってもタイムリーに道筋が書き換わり案内してくれる。まさにカーナビそのものである。またこのナビゲーションはクエストの対応も可能でクエスト進行を目的とした場合、クエストの進行方向を誘導してくれる。技術的なことは全くわからないが、こういった仕組みを実装するには相当の苦労があったのではないだろうか。更にキーレスポンスやロードといった点でのストレスもなく、いつでもセーブが出来てオートセーブも有能である。本作をやる前にプレイしていたのが「百英雄伝」であっただけに本当に同じswitchの作品なのかと疑問に思えてしまう程であった。
操作性辺りの環境は抜群に整っているにもかかわらず、本作への熱中度(いわゆるハマり方)は低かった。短時間プレイですぐに飽きがくると言えば良いか…。個人的な理由としてはストーリーの進めさせ方に問題があるように感じた。まずイベントシーンが無駄に長い。キャラやシナリオの掘り下げをしていくのは良いがどうにも魅せ方が上手ではなくダラダラとイベントを見せる作りになっている。2~3つ程度のイベントシーンをこなすと既にお腹いっぱいになってしまうのである。またイベントシーンが終え、ストレートに目的地に向かったとして10分後にはまたイベントシーン。基本的には終始コレの繰り返しである。メリハリがなく冗長化していることで次に進めたくなる意欲が湧きづらかった。(この傾向はゼノブレイド2の時点でも見受けられるものであった。)実はこの熱中加減というのは非常に重要であり、感覚的な評価となってしまう点なのだが、それゆえに感覚的にこのゲームが「楽しかった」か「つまらなかった」かを決するポイントでもある。その視点から考えると興味を引く作り方をしていなかったのは残念と言わざるを得ない。