あなたは自分の親を
素直に自慢出来ますか?
僕の両親は正直
自慢出来る様な人ではありません。
※注1
この記事は、親が精神的に幼い
狂っている、価値観がおかしい等
基本的に親が嫌いな人向けに書いております。
自分に流れる血
つまり「自身の遺伝子が許せない方」向けに
書いています。
親が優れている方、親に恵まれている方
親を尊敬していて大切に思える人は
不快な表現もありますので
今回は読まない方が良いかも知れません。
※注2
親や家族を非難している
表現があります。
僕はそういう面を乗り越えて
今は家族を許して居ます。
本当は、今更悪口みたいな事は
書きたくはありませんが、
同じ思いをしている人の救いになれば
と思い記事を書いています
ご了承下さい。
では、はじめて行きます。
僕はある貧乏家庭の三男として産まれました。
「なんでこんな情けない親なんだろう?」
僕は小学生低学年の時点で
父親に対して、そして母親に対しても
そして2人の兄に対しても
「頭おかしい」と本気で思っていました。
こんな人達と同じ血を引いている
僕も頭おかしいのではないだろうか?
そう思う度に泣きそうになります。
「…と、言う事は産まれながらにして
僕は価値が無いと言う事だろうか?」
そんな事を幼少期から思っていました。
僕の父親は借金をしていた
幾らかは知らないが直ぐには返せなそうでした。
自分が借りた立場なのに腕組みしながら
借りた人と話しているのを憶えています
ハッキリ言って引く程ダサかったです。
酒乱で家族に暴力を振るう様な人です
僕には手を上げなかった気がしますが…。
白ブリーフ一丁で部屋で過ごし
パチンコ等しているのに
金がなくなると母に喚き散らす。
「怒鳴り喚けば解決する訳でも無いのに」
子供でも分かる簡単な事がわからない親
まるで赤ん坊だ
僕にはそうにしか見えなかった。
お酒はこんなにも
人を狂わせるのだろうか?
それとも元々なのか?
馬鹿で卑しい人間というのは
こういう人なのかも知れない。
幼い僕にそう思わせる父
ここまで酷い人は
中々居ないのでは無いだろうか?。
「自分が悪いのになんでこの人は人に当たるのだろうか?」
浮気もしていたが、それは
自分に実害は無かったので許していた
それくらい許せる精神でないと
多分僕も狂っていたと思います
寧ろどっか行ってくれて嬉しいくらいでした。
何より食べる音が汚い
同じ環境で
ずっと育っているのにそう思わせるなら
相当だと思います。
そして母親に対しても
なんでこんな父と結婚したのだろう?
なんで他の家のお母さんみたいに
若くて綺麗では無いのだろう?
…いや、これは仕方ないにしても。
なんであの容姿で昔はモテたなんて
嘘を付くんだろう?
納豆なんて食わなくても生きていけるのに
なんで無理矢理食べさせるのだろう?
一つ位嫌いなものがあって何が困るんだろうか?
丸刈り以外の髪型にどうしてさせてくれないのだろうか?
何でこの親は毎回不要に劣等感を感じさせるのだろうか?
お金がないからそうなら
お金掛けないで自分で切った方が
マシなのに、お金掛けてまでそれを強制する。
僕にとって母の親と言える部分は
強制力と飯のレパートリーが
多い位だった。
いつも不要に心配して
信頼という言葉は
この人の心にはないのだろうか?
そして
この人は何が面白くて生きているのだろうか?
それ以上に思っていた事があった
『なんでこの人達は親なのに
僕の本当に知りたい事を何一つ教えてくれないんだろう?』
いつもそうでした
生意気とは自覚していましたが…。
遠慮がちに考えても
子供の僕の方がまともな考えをしている様に思えてしまいます。
この人達から
「人間としての品性」
「お金の稼ぎ方、使い方」
「大人としての振る舞い」
「聡明な知識、優れた道徳観」
「人生を豊かにする様なより良い生き方」
そして何より
『この世で何よりも確かなモノ』
は学べないんだなと
何となく気が付いてしまいました。
何が言いたいかと言うと
僕が親に求めている部分に対して
親は明らかに幼かったという事です。
次男はオタク気質で根暗な性格でした
傷付き易い性格でちょっとした事で機嫌を損なう感じでした。
オタクなゲームをやらせてくれて
性格はどうかと思ったけれど
そういう面では感謝はしていました。
長男はカッコ良いと思っていました
良くあんな父親からあんな人が産まれたものだ
僕なんかよりもずっと漢らしい
そんな憧れもありました
でもある事で、そんな憧れも崩れてしまいました。
原因はよく分からないのですが
同じ家の中で長男が
漫画を読みたがって先に読ませろと言っていただけの次男の腕の骨折ったのです。
幼い僕はトラウマになり
「こいつヤベェよ…」
と、長男に対して思っていました。
詳しい事情は分からないにしても
そこまでの暴力を振るうならば
やはりあの親の子なのだな
とも思いました。
そして自分の無力さを痛感し
家系や遺伝子を呪いましたました。
それからは何故か感じ悪かった
次男が、少し僕に対して優しくなった気がします。
自分自身はどうか?と言うと
絵が多少上手かったり位で
努力しても大した能力もなく
近所の年上の子供にいじめられて
楽しい事もありましたが
屈辱的な幼少期でした。
あんまり話すと長いので
この辺にしますが
つまり僕にとってこの家族は
「呪われた遺伝子」の証明でした。
※お前何様だよと思われそうですが
これは当時の僕の心境であり
今の僕の心境ではありませんのでご了承下さい。
そんな状況で
僕は大人になり
劣等感をどうにかしたくて
成功者を目指している時期に
自己啓発を学んでいました
すると、ある動画で…
「成功出来るかどうかは親との関係で決まります」
得意げにそんな事を語る男を見ました
そして僕は思いました。
「それ、成功するより難しくね?
それ本当なら成功とか無理じゃん…」
そんな事を思っていた僕も
数十年経って
やっと家族を許せる様になりました。
では、家族を劣等種
呪われた遺伝子とさえ思っていた僕が
どうやって
家族を許せたのでしょうか?
それは家族の事を
「本当の家族」だと思わない事でした。
つまりは
「家族の役割を演じてくれていた他人」
だと思う様にしたと言う事です。
自分の本当の血縁だと思うと
「これくらいは出来ていて欲しい」
みたいに思ってしまいますが
「偶然居合わせた他人が家族を演じている」
と考えれば、能力や精神が違うのも納得が出来るし、自分にしてくれた優しさも
「家族だから」という変な眼鏡が外れるので
ただの他人がしてくれた事のように
素直に感謝出来る様になります。
父親に対しては
精神的に未熟な人間が、お金を出して
世話をしてくれたな等感心します。
母に対しては
趣味も持たず、世話をしてくれて
毎日ご飯を作ってくれて居たんだなと
気付かされます。
長男も次男も、幼いながらに
気は使ってくれてたんだなと思えます。
何が言いたいかと言えば
そこに過ちや未熟さはあれど
それなりの愛はあったんだなと
気付かされます。
許したからと言って
無理に仲良くしなくても良いと僕は思っています、家族だからと言って
合わないモノは合いません
一緒に暮らしたり
ご飯も食べなくていいのです。
ただ、その人達の罪と思っていたモノを
ただの過ちと知る事によって
その人達と自分は
「罰する必要は無い者」に変えられたのです。
それと、僕の本当の親は
この未熟な親ではなく
神そのものだと信じられたので
この呪われた遺伝子を気にせずに済んだのですが…。
それをここに収めるのは難しいので
違う記事で書きます
今日はこの辺りにしますね。
では、こんなネガティブな文章を
ここまで読んで下さって
ありがとうございました!
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