えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

マフラーの行き先

2017-12-07 23:45:09 | 書き物
幼なじみの健は、手芸部の部長。
筋金入りの編み物男子だ。
教室でも部室でも、いつも飄々と編み棒を動かしてる。
ごついのに長い指がテンポ良く編んでいくのを、同じ教室でも席が遠いのについ見てしまう。
天パ気味でふわふわな髪。
メガネを時々くいっと上げる癖。
俯いた横顔がキレイで、気づかれないように見とれてる…私の好きな人。




子供の頃からいつも遊んでた。
ずっと一緒に通学していて、同じ高校に進んだらまた、当たり前のように迎えに来てくれた。
ぶっきらぼうでも、いつも穏やかに笑ってる。
私のことを何でも知ってる、幼なじみ。
私も、健のことを何でも知ってる。
…はずだった。
今年の春までは。



高2になったばかりの春。
隣のクラスの子に告白されたことを、クラスの友達経由で知った。
ええ?アイツを好きな子がいるんだ~って、笑い飛ばそうとした。
…笑うつもりが、出てきたのは『へえ…そうなの』という、間の抜けたただの相槌。
興奮したクラスメイトが、『断ったんだって!』と、続ける。
『好きな人がいるから』と、断ったそうだ。
私が幼なじみと知ってるその友達が、「好きな人って誰?」って、聞いて来た。
初めて聞いた、そんなこと。
健に好きな人がいるなんて。
幼稚園の頃から遊んでた男の子が、誰かを好きになってる。
私の知らない誰かを。
なんだか、一人置いて行かれたような気がした。

誰なんだろう…健の好きな女の子。
考え出したら、胸がザワザワした。
そのうち、その子に告白するの?
その子がokしたら、付き合うの?
そしたら、私じゃなくてその子と一緒に学校に行くの?
そんな疑問符ばかり思い浮かべてたら、寂しくてたまらなくなった。
ずっと、一緒だったのは私なのに。

え…
なんでこんなことばっかり考えてるんだろう。
私、もしかして落ち込んでる?
わたし、、
私、健のことが好き、なんだ…
今まで考えなかった言葉が、すっと出てきた。



好きな人がいるくせに、健はそれからも朝、私を迎えに来た。
1回だけ、勇気を出して聞いてみた。
からかってるふりをして。
「告白されたんだって?なんで付き合わないの?勿体ない」
「誰に聞いたの?」
「同じクラスの子。」
「そっか。すぐ、広まっちゃうんだな」
「告白された話してるのに、なんでそんなテンション低いの?」
「いや、べつにそんなつもりないけど…」
「好きな人いるから断ったってとこまで、広まってるよ」
「それも?参ったな」
「告白して、付き合えばいいじゃない」
「簡単に言うなよ。タイミングってものがあるし、そんな感じじゃないんだよ、今は」
「…ふ~ん」
告白の話をしたのは、それっきり。
それからはまた、今までと同じ。
朝、並んで歩いて学校へ向かう毎日。
でも、ずっと気になってた。
今はそんな感じじゃない…じゃあ、タイミングがいいときに告白するんだ。
何も気づかないふりをしてたけど、隙を見て横顔を盗み見ながら、モヤモヤしていた。


11月の末、私の誕生日の前日。
ちょっと前に買った、薄いマフラーを巻いて出て思いのほか寒くて後悔していた。
そこへ、健が普段言わないようなことを言って来た。
「おまえのマフラー、ずいぶん寒そうだな」
健が普段、言わないようなことを言って来た。
「ああ、これ?ちょっと薄手なだけだよ
。気に入ってるし、そう寒くもないよ。」
「そっか。」
気に入って買ったはいいものの、真冬には厳しい薄手のおしゃれマフラー。
買ったのを後悔してたけど、認めるのが癪だったから強がって答えた。
それよりも。
そのあと、教室で気になることがあったのだ。
休み時間になると、健はよく毛糸を出して編み物をする。
取り掛かってる物があると、少しでも早く仕上げたいらしい。
昨日までは濃いグリーンの毛糸で、大作らしいセーターを編んでた。
なのに、今日紙袋から取り出したのはスモーキーなピンク。
見たところ、マフラーを編むつもりみたい。
スモーキーピンク…私が好きな色。
いつだったか、健が見てた毛糸のカタログで、見たピンク。
カタログのページを見て、「あ、この色好き」と、指したことがあった。
「こういう色、好きだった?渋い色だな。前、赤が好きって言ってなかったっけ?」
「それは、子供の頃の話。今は、ピンクなの。ピンクだけどくすんだところが好き」
そんなやりとりをした。


健は色んな色のものを編んでるけれど、ピンクは初めて見た。
健の隣の席の子が、
「ねえ、そのピンク、自分で使うの?」
と、聞いてるのが聞こえた。
健は言葉少なく「いや…」と返しているだけ。
「じゃあ誰用?あ、好きな人にあげるんでしよ!」
すっかり広まってしまった、「好きな人」のワードを持ち出されてる。
参ったな、と黙るかと思った時。
「そうだよ。」
はっきりと、答えたのが聞こえた。
聞こえて、しまった。
「へえ~やだ、もう付き合ってるんだ」
告白するのか!と、突っ込むつもりがあてが外れたらしい。
そのあとの返事に興味がないのか、別の方向へ、顔を向けてしまった。
そこへ健がぽそっと
「いや、違うけど」と呟いた。
モヤモヤしてたこと、的中したんだ。
健は、あれが編み上がったら告白して、あれをあげるんだ。
それが、健の言ってたタイミングなんだ。


翌日、今日は私の誕生日。
健は、朝会ったときには何も言わなかった。
さすがに幼なじみでも、もう誕生日を覚えてる年でもないか。
教室では、例のピンクの毛糸はほぼマフラーとして、完成してた。
形もキレイだし、モコモコとしていて暖かそう。
さすが、手芸部の部長、仕上がりが早い。
昼休みに、器用にフリンジを付けているのが見えた。
ほんとに、誰にあげるんだろう…
まさか、私?誕生日だし、と一瞬虫のいいことが浮かんだ。
いやいや、健が私を好きなはずない。
そもそも、ちっともそんな素振りを見せてないし…
毎朝迎えにくるほどマメなのに、私にはぶっきらぼうな口しかきかない。
私は、しょせん幼なじみなんだ。
もういいや、健のこと考えてもし
ようがない。
授業が終わって、私は部活に向かった。


部活が終わったら、外は冷え込んでいた。
もうすぐ12月だもの、当たり前か。
マフラーは巻いてるけど、やっぱり今日みたいな日には向かないなあ。
首がスースーする…
しようがない、もっと厚手のを買おうか。
また、健に突っ込まれるけど。
校門を出て右を向くと、暗い門に誰かが寄り掛かっている。
目を凝らして見ると健だった。
「どうしたの、こんなとこで」
「もう暗いし、部活終わった頃かと思って」
「待ってて、くれたの?」
「うん、まあね」
いつもみたいに、並んで歩きだそうとしたら、
「首、寒くない?」と、聞いて来た。
「うん…やっぱりちょっと薄手だったかな。真冬には厳しいみたい。ちゃんとしたの、買った方がいいのかも。」
「…買う必要、ないよ」
「え?」
何言ってるの、と言おうと健の方を向いたら、アイツが手にしてるのは例のスモーキーピンクのマフラーだった。
黙ったまま私に向き直り、びっくり目になってる私の首に、ふわっとピンクのマフラーが巻かれた。
「おまえのに、編んだんだ。」
と、俯いたまま低い声で言った。
「え…と、誕生日のプレゼント?」
「まあ、そうかな。おまえが好きだって言った色にしたんだけど」
「…そうじゃなくて。これって…
「ん?何?」
「…好きな人に、あげるって…」
そう口にした途端に、健がものすごく照れた。
「…そうだよ」
言ってる内に、耳たぶが真っ赤だ。
「え、でも、じゃあ、これ…」
しどろもどろになった私を見て、ますます照れる健。
「…だから、今あげてんの。分かんないヤツだな~」
ぼーっとしてる私に、健が焦れた声を出した。
「いいか、1回しか言わないから。」
「うん」
もう、健が分からせようとしてることは察したけれど、ちゃんと言葉で聞きたくて、待った。
動悸が、ひびく。
「おまえのことが、好きなの」
言い切って、顔を真っ赤にさせてる健。
私は私で、嬉しくて嬉しくて、やっぱり顔が真っ赤になってた。
何か気の効いたことを言わなきゃと思ったのに、
「嬉しい…あったかい」、しか出て来ない。
でも、健がいつもの穏やかな目をして見てくれたから、もうこれでいいんだと思った。


「ほら、帰ろう」
バッグを左手に持ち変えて、手を繋いでくる。
健と手を繋ぐなんて、幼稚園以来だ。
ゴツゴツしているけれど、大きい手のひらと長い指にすっかり包まれて、ホッと安心する。
私の知らない誰かに渡ってしまうと思ってた、ピンクのマフラーと健の気持ち。
私に来てくれるなんて思ってもいなかったから、嬉しくて頬が緩む。
「ねえ、私の気持ちは聞かなくていいの?」
「え?」
「そのう…私が健をどう思っているかってこと」
健は、くるっと私の方を見て少し呆れた顔をした。
「いまさら何言ってるんだよ。嬉しいって言っただろ」
「そっか、まあそうだよね」
「それとも、はっきり言ってくれるの?」
「え…それは…」
自分から言い出したくせに、好きと口に出すと思うとものすごく恥ずかしくなった。
「…いいよ。それに、おまえは自覚ないみたいだけど」
「自覚?なんの?」
「おまえの気持ち、ずっと顔に出てたよ」
「えぇ~そうだった?」
「そうだよ。子供の頃から思ったことみんな、顔に出てた。…分かりやすいな~って思ってたんだよ。だから…」
「え?だから?」
聞き返したら、健の顔がまたぽっと赤く染まった。
「いや、もう言わない」


健に言われて、力が抜けた。
なんだ、そうだったんだ。
じゃあ、私の気持ちなんて健にはお見通しだったのかな。
マフラーの行く先で、さんざん悩んだのにな。
口をきゅっと結んで、私と歩く健。
横顔を近い距離でじっと見てしまう。
もう、盗み見じゃなくてじっと見てもいいんだ。
健がチラッと私を見て
「もう…おまえ、見すぎ」
そう言う健は、耳たぶが真っ赤になってる。
すぐ耳たぶが赤くなるのは、子供の頃から変わってない。
恥ずかしがりのままだ。
そこが可愛いと口に出したら、困ってしまうだろうから、まだ言わないでおこう。