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Dr. フロッガーのブログ

内科医フロッガーのブログです。

生命システム

2009-05-11 | 医療

Self Artificial life and multiagent system. 人工生命モデル(多分)
 

生命とは何か、という事を考える。

生命はいくつもの遺伝子を持ち、その遺伝子は科学的に証明しやすい比較的単純な役割を持っている。その遺伝子がお互いに相互作用を起こしつつ、マクロな(より高次な)生命としての振る舞いが表れ出ている。マクロでの振る舞いがさらに下位の遺伝子に作用し、また外界や他の生命ともかかわりあっており、開いたシステムでかつ自己を維持している。
それは複雑系であり、おのおのの遺伝子の機能がわかったからと言って、生命の振る舞いの説明は出来ないだろう。分子生物学の発展により、単純な要素としての、ミクロな生命現象が日々解明されているが、それと実際の生命の振る舞いとは大きなギャップがある。簡単に言えば、木を見て森を見ず、といった感じである。

そのギャップを埋めるには、いくつもの要素が自律的に、そして互いに干渉しつつ、更に大きな秩序を作り出す(創出、現れ出る、と言った方が良いのかもしれない)ことのメカニズムを考える必要があるだろう。そのモデルとして、コンピューターによるシミュレーションを行っている研究者たちがいる。

たとえば、セルオートマトンという計算プログラムなど。これは数学的なことで、僕の頭では具体的な事はよく分らないが、簡単な規則の組み合わせにより、複雑な生命が織り成すものに似た図形が描けると言うものらしい。その規則がもつパラメータ(これがよく分らないが)により、ある秩序をもったパターンが表れ出て、また無秩序なカオス状態になってしまったりするようだ。カオスになってしまわずに、複雑な秩序を持った状態となることをカオスの縁と呼ぶようである。さらに発展しコンピュータ上などで人工生命を作り出す試みもなされている。

このカオスの縁が生命と相似なのかは、議論の分かれるところだが、直感的には似ているように思う。生命はカオスの中から生まれ出てきたと思われるし、死というのは秩序が崩壊しカオスに向かう事に思えるから。
その表れ出た生命は振動のようなもので、出ては消える、すなわち生と死を、繁栄と絶滅を繰り返す。これは、カオス研究におけるカオス的遍歴と似ているように思う(といいつつあまりよく分っていないが・・)。

僕は癌の研究をしているが、この複雑系の中で癌を考えると、癌と言うのはただそこに悪い出来物が出来るというだけではなく、人体の生命システムの破たんと言う側面があるように思う。つまり、いくつかの遺伝子の機能不全が、生命システムの秩序を壊し、カオスになっていく現象なのではないか。逆に言えば、癌とは生命システムを崩壊させるような遺伝子異常の組み合わせであろう。これは、癌細胞だけに起こることもあるだろうが、正常な部分の機能不全、例えばある種の免疫系の異常なども要因となりうるだろう。

達観してしまえば、生命とは生と死を繰り返すもので、遺伝子がある一定の不安定性を持つ以上癌が出て来るのは自然現象でありしょうがないのかもしれないが、やはり人間の業と言うものが抜け切れないため、何とか癌を克服したいと日夜頭を悩ませている。
その為には生命システムを知ることが必要である。複雑系の考え方も大きなヒントになるかな、思った。


科学の進歩と倫理

2008-11-10 | 医療

このところ学会やセミナーが多くいろいろと情報を仕入れた。また、生命科学の分野で重要な報告も多いため、思うところを書きたいと思う。

新しい技術の進歩は世界を変える。技術以外のことでももちろん変わるだろうが、技術の進歩こそ世界を最も変化させるものだという思想を僕は持っている。いわゆるパラダイムシフトである。

生命科学の分野はここ何年かで飛躍的な進歩を遂げたが、ヒトゲノム計画の完了というのはとても大きな出来事だっただろう。ヒトゲノム計画は、人間の遺伝情報を全て解析するというプロジェクトで、実に13年もの歳月を費やし、2003年に完了した。驚くべきことに、人間の遺伝子は30000個程度で、予想よりもずっと少なかった。

ヒトの遺伝子のほぼすべてがわかったことから、ヒトの細胞でどのような遺伝子が発現しているのか(働いているのか)、を網羅的にマイクロチップで測定することが出来るようになった(マイクロアレイ)。このことで、病気にかかわる遺伝子をスクリーニングすることが容易になった。

最近は、遺伝子のスイッチがどのように制御されているのかについて、研究がすすめられているようだ。例えば、DNAのメチル化やヒストンのアセチル化、micro RNAなど。研究にはますます加速度が付いているように思う。

テーラーメイド医療と言われて久しいが、その現実のイメージが見えて来た様に思う。ヒトゲノム計画は13年もかかったが、今や全ゲノムを解読するのに1週間程度で出来てしまう。病気の原因遺伝子が分れば、その遺伝子に対する治療をすれば良い。
例えば、癌では分子標的治療が進歩してきているが、同じ大腸癌でも異常な遺伝子は違う。その遺伝子にたいする薬をいかに組み合わせるのか、それを網羅的な遺伝子解析を用いて決定する日も来るだろう。これは、大きな技術革新だ。
しかし、遺伝情報は究極の個人情報でもある。この取り扱いは人間の尊厳にかかわる場合もあるだろう。社会や人間像を変化させるかもしれない。

さらに、他の大きなトピックスとして、iPS細胞がある。これは京都大学の山中伸弥教授らのグループによる我が国からの技術。多能性幹細胞という、体のすべての細胞に分化できる細胞を、人工的に作り出す技術である。これは、再生医療に新たな扉を開ける大きな技術革新である。以前からES細胞というものがあったが、これは受精卵から作るため、倫理的な問題があった。しかしiPS細胞は皮膚などの細胞から作れてしまう。いますごい勢いで、iPS細胞からいろいろな細胞を作り出す方法を研究している。今までの医療は、主に悪いものを取り去るという物が多かった。iPS細胞による再生医療は欠損を補う医療である。これからこの技術を用いた新しい医療が出現するだろう。例えば、神経障害の人に神経細胞を植えたり、心筋梗塞の人に心筋を植えたり。自分の細胞由来であれば拒絶反応もない。

これと若干関連して、怖ろしいと感じる報告もあった。
死体からES細胞を作る技術である。理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの若山照彦らが成功した。冷凍保存した死体マウスの細胞から核を取り出し、核移植を行う事でES細胞を作り出した。そのES細胞からさらに核を取り出し、受精卵に核移植を行いクローン個体を作り出した。死体復活の術である。iPSと組み合わせれば、受精卵を用いなくても出来るだろう。人間では難しいとのことだが、規制がありやらないだけで、頑張れば出来てしまうように思う。
死体からクローンを作ることが可能になった。細胞を冷凍保存しておけば、復活させることが出来るのだ。クローンが本人と同一か、というと、そうではないだろう。しかし、例えば子供が不慮の事故で死んだ時に、その子の体の一部を保存して、もう一度誕生させたい、と思う人や、自分が死ぬ時に復活を願って保存を希望する人はいるだろう。これは、常に先へと世代とつないできた人類にとって、大きな変化である。大きな問題もはらんでいる。

iPSについてもそうであるが、科学技術の進歩は、(意図しているのかは分からないが)、人間をいかに作り出すか、つまりクローン人間を作り出すことに方向が向いているように思う。生命の設計図を解読し、多能性幹細胞という個体を作り出す根源を人工的に作り出し、さらには死体からも作ることが出来る。この技術はパラダイムシフトを起こすだろうし、場合によっては原子力のように、人間の限界を越える問題を起こすかもしれない。

ここで我々は、生命に対する深い敬意を持ち、過剰な欲望に対する自制心を持ち、次の世代に対する責任感を持たなければならない。
頭だけでなく、最終的にはハートが大事なんだぞ、と思う。