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Dr. フロッガーのブログ

内科医フロッガーのブログです。

医療大麻の建設的な議論のための考察

2019-07-28 | 大麻-医療用


ツイッターで医療大麻についての議論を見ることがある。特に最近は医療者と大麻開放論者の議論が目を惹く。しかし、その議論は往々にして噛み合わず、しばしば両者が感情的となり後味の悪い結果となる。今まで接点があまりなかったところ、対話が行われるようになってきたのは有意義なことであり、出来れば建設的な議論が行われて欲しいと思う。

なぜ議論が噛み合わないのか、その大きな理由として、医師が考えている医療大麻と大麻開放論者(非医療者)が考えている医療大麻にズレがあるのではないかと考える。
医療大麻とは、、、大雑把に言えば病気の治療や症状緩和目的で大麻を使用すれば全て医療大麻なんだろうけど、その中にも色々なものが含まれる。それを上の図のように分類した。

A. 医療機関で処方される医療大麻
病院で処方される処方箋医薬品の様に使われる大麻、狭義の医療大麻といっても良いだろう。
例えば、難治性てんかん、多発性硬化症、神経障害性疼痛と言った専門的な治療が必要な疾患に対して、医者が診察して処方することを想定した大麻の使い方である。
B. 民間で入手される医療大麻
医療機関ではないところで使用者が入手して、主に自己治療的に民間療法薬として使われる大麻、これも医療大麻と言えるだろう。広義の医療大麻とも呼べる。
この利用法は医薬品として区分すると一般医薬品、すなわち町の薬局で購入できる薬となる。例えば、ガスターやロキソニンなどは町の薬局でも買えるが、病院に行くまでもないちょっとした不調の場合はよく利用する人もいるのではないだろうか。
これと同様に、ちょっとした不眠、痛みなどに大麻を利用することも想定できる。
c. 緩和ケアでの大麻
緩和ケアにおける大麻は少し特別な点があると考える。緩和ケアは良い最期を迎えるためにサポートする医療と言える。身体的な症状緩和とともにその人の精神面やスピリチュアルな面のケアも重要なのである。その点で緩和ケアでの大麻は痛み、不眠、食欲低下などの身体症状を緩和する目的だけではなく、より人間らしく暮らすために大麻の精神作用を利用する目的ももつだろう。ここは医療大麻とレクリエーション大麻の境界が曖昧な部分である。
分かりやすくアルコールの例を出すと、例えば最期に好きなお酒を飲みたい、という患者の希望に対して、身体的にはむしろマイナスかも知れないが、より人間らしく過ごしてもらうケアの一環でアルコールを適量飲むことを許す場面がある。大麻でもその様なことが想定されるだろう。

さて、ということで、なぜ 医師 vs 大麻開放論者の議論が噛み合わないのかに戻る。
それはフロッガーが思うに、ズバリ、医師は「A. 医療機関で処方される医療大麻」を想定し、大麻開放論者は「B. 民間で入手される医療大麻」を想定し議論しているからなのである。言い方を変えると、医師は自分が患者に処方することを想定し、大麻開放論者は自分が使うことを想定しているんである。

A. 医療機関で処方される医療大麻 について議論するのであれば、まず重要なのはその効果、その次が毒性である。その薬が処方箋薬として認可されるためには、臨床研究に基づいた効果の証明が必要なのである。いわゆるエビデンスに基づいた医療が重要となる。ツイッターでの議論では医師は大体においてエビデンスを持ち出す。1つの論文だけではなく、システマティックレビューやメタ解析も参考にして、本当にこの薬が効果的なのかを吟味する。既存の標準治療があればそれと比較する。また、医療機関で管理するので、毒性があっても利益が上回れば良いのである。

B. 民間で入手される医療大麻 について議論するのであれば、毒性や社会への害が最も重要になる。それを一般に売っていいの?ということである。これは嗜好目的大麻の議論と大部分オーバーラップするだろう。
医療目的で使用する根拠はエビデンスに基づく吟味ではなく、自己決定権や自己治療の権利である。ちょっとした不眠や落ち込みに大麻を使用して楽になった経験があり、害も大きくなく誰にも迷惑をかけていないので、自由に使わせて欲しい、という訴えなのである。
もちろん効果についてのエビデンスの蓄積も重要であるし、いわゆる素人判断の自己治療で重要な疾患の治療が遅れて悪化するリスクもある。ただし、メインの議題は害が許容範囲か否かなのである。

お分かりだろうか。イメージしている医療大麻が違うも議論の上での論点が全然違ってくるのである。これでは建設的な議論は出来ないだろう。お互いがどの様な使用法を想定しているのかをイメージすれば、論点は一致させていける。

その上で各論的な指摘をすれば、
A. 医療機関で処方される医療大麻
エビデンスレベルの高いデータがある疾患としては 多発性硬化症、難治性てんかん、神経障害性疼痛、次点としてはがん緩和医療 が挙げられるだろう。
真にエビデンスベースで考えれば、1st lineで用いるべき疾患は少ないだろう。2nd line以降の治療としては有用な疾患があるだろう。

B. 民間で入手される医療大麻
毒性や社会への害は日本国行政機関の見解よりも低いものである。
規制緩和をしている国や地域が増えており、絶対的に危険なものとは言えなくなっている。規制緩和した各地域の今後の動向を注目すべきである。害についてのエビデンスも蓄積されていくだろう。
自己決定権、自己治療権の主張はアングロサクソン系の国で強いだろう。一方日本では、お医者さんに任せる、という風潮がいまだに強い。しかし今後発展していくだろう概念であり、議論は重要と思う。
大麻がどの様な病気にも効くという主張には注意が必要であり、避けるべきと考える。その様なことはありえないし、オカルトやニセ医療の領域に入ってしまう。そうなると完全に議論は出来なくなる。

C. 緩和ケア領域については、人はどのように生きどのように死ぬのか、人間らしく生きるにはどうすれば良いのか、幸せに最期を過ごす権利について、といったスピリチュアルな議題が多くあるだろう。個人的には緩和ケアのスピリチュアルケアに大麻の精神作用を利用していく方法もあると思う。その辺も議論するには面白い点じゃないかなと思う。

などなど、皆さん仲良く喧嘩しなー。


小児がんに対する医療大麻の映画 Weed the people の感想

2019-04-25 | 大麻-医療用

大麻解禁を主張する人たちの間で weed the people という映画が話題になっていました。小児がんに対する医療大麻のドキュメンタリー映画です。

”はたして子ども達のがんは治るのか? 貴方自身の目で確かめてください。” と銘打っており、がん医療に携わるものとして見なくてはいけないなと思っていました。19年4/20に時間が取れたのでユーロライブというインディペンデント系の映画館で鑑賞してきました。

まず前提として、、、アメリカではがんの代替医療として大麻が行われることがあるようですが、最近の流行は大麻オイルのようです。Rick Simpsonという人が開発したRick Simpson Oil (RSO)と呼ばれるものがその源流です。高濃度で粘稠度が高い黒褐色のオイルをシリンジに詰めて用いています。また大麻の成分で重要とされるものはTHCとCBDですが、THCが主成分のオイルとCBDが主成分のオイルを2:1とか1:1とか症状に合わせてブレンドして使うようです。

大麻解禁論者の間では「大麻には抗がん作用がある」ということが広く信じられており、更には「がんに効く大麻が禁止されているのは製薬会社や医療業界が自分たちの薬が売れなくなるのを恐れて圧力をかけているためだ」とまで言う人が多くいます。私にはそれは真実とは思えませんが、映画も見ないで批判するのもどうかと思い、この映画をみて判断することとしました。

【総評】これは医療大麻のプロパガンダ映画だと思いました。5人の小児がん患者のドキュメンタリー部門が中核にあり、そこに医療大麻代替医療家、大麻医師、研究者のインタビューと、アメリカの大麻の規制についての解説などが挿入される作りになっています。病気と戦う子供の話であり見た人の心を揺さぶると思います。また、アメリカの大麻規制の矛盾について怒りを呼ぶ作りになっています。医療大麻問題の社会運動を盛り上げるプロパガンダ映画としては成功であろうと思います。しかし大麻の抗がん作用については弱いエビデンスしか示せていないと感じました。この映画から大麻が「奇跡のがん治療薬」というような結論は出せません。まあこれは映画であって医学論文ではありませんので当然ではありますが。

がんに対する効果には、腫瘍を縮小させる「抗がん効果」と痛みや吐き気などを取る「症状緩和効果」があります。
まず、抗がん効果がどうだったのかについて。2症例は最初に抗がん剤や放射線治療を行っていて、途中から大麻オイルを追加しています。最終的に腫瘍の縮小を認めています。また1症例は最初に大麻オイルのみで治療しましたががんが大きくなり、その後抗がん剤を追加したところ腫瘍が縮小しています。1例は抗がん剤を途中で中止しその後大麻を投与し腫瘍が縮小しています。1症例は大麻を投与するも残念ながら効果なく亡くなっています。
腫瘍が縮小した4例中3例は抗がん剤と大麻治療が併用して行われており、大麻単独の治療効果は不明です。1例は一度抗がん剤を中止してから大麻を使用しており大麻が抗がん効果を示している可能性もありますが、画像の経過や時系列の情報がないので前に行っていた抗がん剤の作用が影響したことも否定できません。以上から、大麻単独の効果は評価できないと思います。これらの症例から逆に抗がん剤が役立ったと主張も出来ます。実際に、小児がんは抗がん剤が効果的であることが多いです。Chemo the people-抗がん剤が救う命の物語、でも良いのではないでしょうか。
症状緩和については、抗がん剤の副作用や痛みでつらい状況で大麻を服用した2例において、患者が症状緩和効果があると述べており、有用である可能性があると思いました。彼らについては、大麻が抗がん剤の副作用を和らげることで抗がん剤をきちんと遂行でき、抗がん剤の奏効率を高めた、と言えるかも知れません。医療大麻はがん領域においては(というかあらゆる医療において)抗がん剤の代わりとなる代替医療というよりは、補完医療であると思います。
また、症状が緩和した症例のエピソードで、大麻医療家が「これで必ず良くなる」と患児を励まして寄り添う映像が印象的であり、大麻自体というよりはそのような献身的なケアが患者の心を癒した可能性もあるのかなと感じました。

大麻医療家の悪い点もあり、医療のトレーニングを受けていないのに医療者のように振る舞っている点や、効果が否定的なのに大麻にのみこだわりすぎて患者を大麻に縛り付けているかのような場面もありました。ここに出ていない症例もあるでしょうし、大麻をやることでかえって良くなかった例がある可能性も否定できず、客観的な立場からの研究報告が待たれると思いました。

 症例についての詳細を記憶とメモを頼りに以下にをまとめます。

【症例1】1才 神経膠腫(低悪性度) 脳腫瘍の症例。母親が抗がん剤に対して強い抵抗感を持ち、大麻医療家とともに大麻オイルによる治療を選択した。大麻オイルのみで治療を行うも、腫瘍が増大した。その後抗がん剤を行った。同時に大麻オイルを増量し併用した。映像では大麻オイル増量か抗がん剤の影響か、かなりふらついている様子であった。その後腫瘍は縮小し手術を行った。手術での病理検査で低悪性度である事が判明した。その後に化学療法を追加し、脳に嚢胞(水の詰まった袋状の組織)が残ったがサイズが変わらず経過している(1年間?)。なお母親は大麻が効いたと強く信じており、医療大麻のNGO活動を開始した。
考察 本症例は大麻のみで増大しており大麻単独の腫瘍縮小効果は認められていない。低悪性度の脳腫瘍であり基本的には手術が効果的であったと考える。また抗がん剤で縮小を認めたこともあり、抗がん剤も効果的であっただろう。
この子に大麻の効果があったのか疑問である。むしろ親の自己満足の面が大きいように思った。

【症例2】13才 骨肉腫 肺転移の症例。原発巣の骨の手術、その後に抗がん剤を投与した。しかし抗がん剤の副作用で食事が取れず痩せてしまった。その時に大麻オイルを試し、食欲が回復して元気を取り戻した。抗がん剤を遂行でき、肺転移は消失し元気に過ごしている。
考察 本症例はステージ4の骨肉腫、肺転移症例の5年生存率は10-40%である。厳しい予後ではあるものの比較的抗がん剤が効きやすい腫瘍であり、長期生存がないわけではない。
本症例における大麻単独の腫瘍縮小効果は不明である。注目すべきは抗腫瘍効果ではなく、大麻による吐き気と食欲の改善である。本人も直接効果的であったと述べている。これにより抗がん剤をやり抜く事が出来、治療が効果的になったのかも知れない。抗がん剤の副作用に対して大麻が効果的な可能性があることを示唆する症例である。

【症例3】10-14才 横紋筋肉腫。詳細は語られないものの横紋筋肉腫の標準治療をやっていたようである。抗がん剤を行なっていたようだが副作用と痛みのためかずっとソファーで横になっていた。前の症例と同様、その時に大麻オイルを試し、症状が改善して抗がん剤を遂行でき、また痛みに対して用いていた医療麻薬を減らす事が出来た。それによりQOLが改善した。治療を遂行しその後は再発なく学校にも通えている。
考察 前症例同様、大麻の腫瘍縮小効果は不明だが、大麻による症状緩和効果があり、麻薬を減らせたようである。
横紋筋肉腫の標準治療は手術と抗がん剤であるが、その予後は悪性度により違い、5年生存率低悪性度 80-90% 中悪性度50-80%程度である。本症例も抗がん剤をやりきれた事が良かったと考える。
【症例4】3才 腎芽腫 肺転移再発の症例。 抗がん剤を途中でやめて大麻オイル使用、肺転移消失した。
腎芽腫は小児腫瘍でも予後が良い。標準治療は手術、抗がん剤、放射線治療で、5年生存率は90%とされる。しかしこの症例は一度病気が消えた後に、しばらく経ってから肺に再発した。その後に抗がん剤治療を行うも副作用で中止し、大麻オイルによる治療を行った。幸運なことに腫瘍は消失し、元気に暮らしているようであった。
考察 腎芽腫は予後良好であるが、再発した場合の標準治療は定まっていない。通常は抗がん剤治療を行う。5年生存率は50%程度のようである。
本症例は途中で抗がん剤をやめている。その後大麻オイルを内服し、肺転移が縮小したとのことである。途中まで行なっていた抗がん剤が効いたのではないか、また、肺転移が本当に転移だったのか(肺炎などではなかったのか)など疑問な点はあるが、大麻が効果的であった事が否定できない症例である。詳細な経過を知りたいので症例報告してほしいと思った。5症例の中で一番気になる。

【症例5】8-10才 脳幹部膠芽腫
膠芽腫 が脳幹部にでき、主治医より予後が厳しい事、緩和的な放射線治療しかできないことを告げられ、大麻医師を訪問した。その後に大麻オイルによる治療を行なったが残念ながら亡くなった。
考察 膠芽腫非常に予後不良な脳腫瘍で、5年生存率は10%程度である。小児では脳幹部に起こる事があり、その場合は手術も困難である。放射線療法や抗がん剤が行われるが効果は限定的である事が多い。本症例では大麻オイルの効果も認めなかった。