さっちゃんの源氏物語

「源氏物語」の楽しみ方、お伝えします

梅の花  太宰府  大宰大弐

2012-02-21 18:20:22 | 源氏物語

 梅の花と言えば、天満宮。どこも、梅が見事です。

 勿論、「東風吹かば…」の菅原道真のゆかりの花だからですが、この大宰府、源氏物語では、度々登場します。但し、役所ではなく、そこの役人さんたちです。

 ダ宰府は、役所名の時は「大」で、地名の時は「太」です。修禅寺と修善寺の関係と似ています。

 さて、その大宰府。遣唐使時代は、外交の花形の役所でしたが、廃止後も、海外交易の重要な拠点でした。「唐物」と呼ばれる、陶磁器・錦の織物・瑠璃(ガラス)・香料・紙… 貴族たちの贅沢生活を飾るものは、大宰府を窓口に入ってきていたのです。
 そこの役職が、どれほどの利権ポストだったか、公正さや人民への倫理など縁遠かった時代ですから、想像を絶するほどだったでしょう。地方官が見下される中で、これは、別物でした。

 長官は「帥」と言いますが、親王が充てられ、赴任せずに、相当する給付がありました。光源氏の弟螢宮は、最初帥の宮として登場しています。源氏物語では、帥の宮→兵部卿の宮→式部卿の宮と、重んぜられているようです。

 実質的な長官が次官である「大弐」、従四位相当、上流貴族の一歩手前です。あちこちの地方官を経て、やっと成り上がれる憧れの地位であり、時に京官が、進んで行くものでもありました。

 源氏物語に登場する「大弐」は、①乳母子惟光の父 ②光源氏の愛人であった「筑紫の五節」の父 ③末摘花の叔母の夫 ④玉鬘の下仕え三条がその奥方を「うちのお姫様も…」と願った、現地で見た大弐 ⑤明石姫君入内の時に、唐物の香料を贈った大弐 たちです。

 ①では、さすがに光源氏の乳母は大物だなぁと感じます。
 ②が、大弐の地位を得たのは、光源氏と娘のお陰でしょう。帰国時、須磨の浦の沖合で停泊し、息子を申し訳のようにお見舞いに送るという、小心さ・若しくは慎重さです。尤も、このお見舞いで、復権した光源氏に目を掛けてもらえたかもしれません。
 
③の妻となった叔母は得意満面で、箔付けのために末摘花を女房として連れて行きたかったのです。乳母子の侍従が大弐の甥について行ってしまったのは、やはり、大弐の羽振りに目が眩んだのかも。
 
④の奥方が、末摘花の叔母だったら面白い。
 ⑤は、どのように権力者に富が集中するかの証左でもあります。

 道真や、道長に敗れた伊周が配流された時の職「大宰帥」は、本来現地にはいない「帥」で、京にいる帥の宮に対して、「権帥」つまり、臨時の官です。権限は無論ない幽閉状態で、当時はそんな場合でも、官職を充てたのです。

 伊周の弟隆家が「権帥」になったのは、眼病治療が目的という申し出でした。加持祈祷だけが医療ではなかったことがわかります。さすがに、隆家級を「大弐」にはできなかったのでしょう。

 猶、今回直木賞を受賞した葉室麟さん『刀夷入寇』は、隆家を主人公に、権帥時代刀夷が攻めてきたのを撃退したことをクライマックスに描かれています。
 描かれることの少ない題材を興味深く仕上げておいでです。


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